第39話 守護者

 東京を象徴する有名なあの赤のタワー。

 日本の最大都市である東京には名所も多いが、『東京』と聞けば多くの人があれをすぐに思い浮かべることだろう。


「にしても、いい景色ね………」


 現在、その赤いタワーが見える場所まで来ていた。しかし、私の目に映っていたのは別物。真っすぐ先に見据えた先にあったのは、青の鉄塔だった。


 私が転移した先は恐らく東京港区の主要道路。道に沿って植えられた木々には黄色の銀杏や紅の楓があり、飲むほど綺麗な場所だった。その車1つない道路の先に緑と青にライトアップされた鉄塔。


 手元にスマホがあるのなら、連写していたことだろう。


 その鉄塔の麓に向かって、閑散とした大通りのど真ん中を歩いていく。人がいないため、騒音もなく、車の音もない静かな東京。まぁ、遠くで相変わらず、爆発音や破壊音が聞こえるが………ちゃんと戦っている証拠だ。気にする必要はない。


 命をコアにしてよかったかもしれない。普通の殺し合いとなると、血生臭く、戦いを敬遠する。だが、コアの破壊となると、精神面でのハードルは多少下がる。命がかかっているから躊躇う所もあるだろうが、自分の命がかかっている状況でそうも言っていられない。


 生きるのは本当に1人だけなのだから――――。


 気づけば、私はタワーのふもとまで来ていた。気配はするが、敵は一向に仕掛けてこない。私に気づいていないのだろうか。それとも、レイモンドカウンタータイプの子がいるのかしら………?


 階段を探すのも面倒なので、氷魔法を使って階段を形成。鉄塔を上り、展望台まで来ると、ガラスを大胆に蹴りで割って入った。


 赤、オレンジ、緑、青、紫、白。色とりどりの灯りが暗闇の街を照らす、煌びやか夜景。産業の発展とともに形成された景色は、私の目を離さなかった。


 そんな景色に見とれながら、展望台を回っていると、見つけたのは男性のシルエット。先客がいた。潜める気もなかったので、私はコツコツとヒールを鳴らし歩く。


 足音でこちらに気づくだろうに………彼は振り返ることもなく、背を向けたまま夜景を眺めていた。


「この街、凄いでしょう?」

「うん、凄いね。一体どこをモデルにしたんだい?」

「私の前世」

「へぇ………君の前世って僕らの世界とはまるっきり違ったんだね」

「ええ」


 私は彼の横まで行き、並んで絶景を眺める。顔がようやく見えると期待し、横をちらりと覗くとあったのは髑髏のゴールドの仮面。顔面全てを覆う強烈なデザインの仮面に、彼は黒のフード付きコードを着て、フードを深く被りこんでいた。肌はおろか髪の毛すら見えない。


「僕は分からないな……………」


 でも、声で何となく彼が分かった。


「何が分からないの?」

「なぜ君は殺そうとするんだい?」

「死んでほしいからよ」

「僕らが死んで、君は幸せになれるのかい?」

「ええ」

「断言できるんだね」

「もちろん」


 私のほうが分からない。わざわざ1人1人に用意し、会場移動と同時に着替えさせたはずの衣装。それを彼が着ていない………なぜだ。


 着替えたとしても、金の髑髏仮面なんてどこで拾ったの? まさかお店にわざわざ取りに行ったの? 


「僕が誰だか分かるんだね」

「当たり前でしょ」


 エイダンと同じくらい聞いたコイツの声。毎回遠回しに嫌味を言ってきたあんたを忘れるはずがない。


 ベンジャミン・ブラッドベリ――――乙女ゲームの攻略対象者で、エイダンの親友。いつだってエイダンの後ろにいた腹の底が見えない気色の悪い褐色野郎。


「それで、なんでへんてこりんな仮面を被ってるの?」

「変装だね」

「なら、声も変えないと」

「あはは、それもそうだ」


 ベンジャミンはアハハと枯れた笑い声をあげる。だが、仮面で表情は何一つ分からない。


 ………コイツ、鼻から姿を隠す気になんてなかったんだわ。用意周到な彼なら、声も当然のごとく変声させる。おそらく、私は驚かしたかっただけなのだろう。


「なんだか、今のアドヴィナ嬢の方が話しやすいな」

「そう?」

「うん。今までの君、裏がありそうで話しずらかったんだよね」

「お互い様でしょ」


 ベンジャミンコイツはいつだって仮面を――いや、今みたいに本当に仮面を被っていたわけじゃない――“笑顔”という名の仮面をずっと着けていた。


 腹の底を隠して、ニコニコ笑顔ばかり浮かべて。

 いつでもエイダンとハンナに頷いて。

 いつだって自分の内を見せない。


 ハンナを虎視眈々と狙っていたんじゃないのかとも思っていた。ルートを見る限り、計画を綿密にするタイプだし………愛が相当重いので、ヤンデレ溺愛好きな人にはドンピシャだったみたいだけど。


 学園では、ベンジャミンに対して警戒心が抜けなかった。何か企んでいる、もしくは私の計画を見抜きそうで、怖かった。だからこそ、私は学園ではバカなフリをしてた。


 デスゲームを始めるまで、いや婚約破棄される時まで、自分を隠してきた。それは全部計画のため。反撃の時に備えていた。謝罪以外、決して彼らに本音を話さなかった。


「あなた、ハンナのことが好きなんでしょ」


 乙女ゲームの攻略対象者という時点で、ハンナに気があるのは分かる。でも、この世界に転生して、彼を見て自信を持って言える。


 ベンジャミンはハンナに恋をしていると――――。


「さぁね」


 髑髏仮面の彼は遠くの街を見て答える。その返答には触れられたくない拒絶を感じた。彼がハンナを愛してるとして、レイモンドまでいかなくともエイダンと正々堂々と戦えていた。彼の美貌と優しい心であれば、ハンナを落とせていたはずだが………。


 どうしてベンジャミンは思いを隠す?

 分かりやすい恋心を隠して何になる?


「もしかして、エイダンに譲ろうとしてたの?」


 彼とエイダンは親友。


 私が出会うよりも前から、一緒に過ごし、他の友人と比べ段違いに仲がいい。そんな大親友エイダンくんに気を遣わせたくないと、彼は隠してきたのかもしれない。


 まぁ、本人たちがいくら対等でいたいと願っても、エイダンの方が地位が高いのは変わりない。ベンジャミンは両親から「殿下の言うことは聞くように」と命令されていた可能性もあるけど………。

 

 しかし、ベンジャミンは横に首を振った。


「譲ろうとは思ってないよ。ハンナはエイダンの方がふさわしい。ただそれだけだよ」

「そう」


 “ふさわしい”、ね………。


 先ほどは自分の思いを否定したが、その言葉はもう間接的に『ハンナに想いを寄せている』と言っているようなもの。


 自分が彼女を好いていても、他の男がふさわしい、そう言い訳をしてるだけ。譲っているのも同然よ。器用そうに見えて、彼も不器用だったのか。


「僕は二人が幸せになれればどうだってよかった。二人のためなら、自分の犠牲なんて、なんてことない」


 本音なのだろう、ベンジャミンの声が強くなっていく。


「カイロスたちには申し訳ないけど、エイダンとハンナは結ばれるべきなんだ」


 自分の思いなど後回し。

 全てはエイダンとハンナのため。

 遠慮していただけだと思っていたのだが…………まさか、とんでもない拗らせ野郎だったとは。


「でも、君はそれを邪魔した。彼女たちの道を潰した」


 確かにあのパーティーで何も起こらなければ、お邪魔虫な私は追放され、エイダンとハンナは無事結ばれ、そう遠くないうちに結婚していた。


「そんなエンディング未来で、あんたはよかったの?」


 そのルートで幸せになれるのはエイダンとハンナだけ。ゲームでは、他の男は結婚式で悔しさを笑顔で隠して拍手を送っているシーンが描かれていた。


「ああ、いいさ。それで二人が幸せになれるのなら」

 

 髑髏仮面で見えないベンジャミンの表情。

 彼の声に嘘偽りはなく圧強く、ただ本心を語っていた。


「二人の幸せな未来を、僕は守る――――君と戦うよ」


 うふふ、バカね。夢なんて勝ってから語りなさいな。

 戦う前に話すなんて、死亡フラグよ――――。


 バトンのように右手で、大杖をクルクルと回すベンジャミン。緑の丸い魔法石を包むように、透き通った流水の彫刻が先についたその大杖は、美術品のよう。学園でベンジャミンが愛用していた物だった。彼が得意としているのは、杖にも表れているように水系の魔法だ。


 ああ……………覚悟は決まっているようね。

 

「………いいわ。どこからでもかかってきなさいな」


 二人の未来あなたの希望を壊してあげる――――。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る