第53話 未来に
「アドヴィナさん、やめましょう。こんなこと………」
東京江東区の国際展示場。オタクなら一度は訪れたことがあるだろう、夏と冬に開催される日本最大の祭典の舞台。数々のクリエーターが生み出されたイベント会場。
車などの展示会も行われているが、私がお世話になったのはその同人会イベントだ。なつかしい。
実家のような安心感のある高層部の逆三角形の中心施設。その真下に転移した私はようやく彼女を見つけた。
「アドヴィナさんを殺したくないです。お願いですから………」
「何度も言っていますようにやめませんよ、ハンナさん。死にたくないのなら、どうぞ私を殺しに来てください」
愛らしい顔で訴えるハンナ。
彼女もまたSFチックな服をまとっていた。
短めの白のワンピースに、腰をきゅっと占める黒ベルト。上にはぶかぶかパーカーを羽織り、膝上まであるニーハイソックス。
所々に彼女のイメージカラーである蛍光のピンクラインが入っている。似合ってるわ。
「もう誰の悲鳴も聞きたくないんです。誰も苦しんでほしくない………それはアドヴィナさんにとってもお辛いでしょう?」
「他人の悲鳴は私の大好物なの。聞けるのなら、いくらでも聞きたいわ」
私の答えに顔を歪ませるハンナ。
うーん、この感覚を理解してもらうのは難しいようだ。あの女神なら息を荒げながら「最高♡」とか言っちゃいそうだけど。
「私もね、苦しかった時期があったの。このデスゲームが始まるまではかなり苦しかったの」
「………っ」
「次はあなたたちが苦しむ番よ」
死ぬ瞬間もその先もずっと苦しませる。
「私、あなたに1年前に謝罪をしたわよね? それ以降はあなたをいじめるような、嫌がるようなことは一切していないの。神に誓って断言できるわ」
「ですが………」
「そうね。あなたはアドヴィナからいじめを受けていた―――偽物のアドヴィナから」
「えっ」
「驚きよね。私もびっくりしたわ。自分になりすまして、あなたをいじめる人がいるだなんて………その犯人、誰か知りたい?」
「………」
無言を貫くハンナ。
しかし、顔は答えを知りたいと語っていた。
「私になりすましていたのは、あなたの友人マリーよ」
「………冗談はやめてください。マリーさんがあんなことをするはずがありません」
「そうかしら? 嫌がらせを受けた時、近くにマリーはいた? いつも直前でいなくなるのではなくって?」
「………」
図星なのか、揺らぐハンナの瞳。
彼女は分かりやすく動揺していた。
「受け入れなさい。私の言ったことは真実。あなたは何にも見えていなかったの………分かる? 私は冤罪をかけられて婚約破棄されたの。理不尽な烙印を押されたの………その気持ち分かるかしら?」
婚約破棄されたこと自体はなんとも思っていない。あんなクソ王子、こっちから願い下げだし。ただ………覇気の時にレッテルを貼られたのが嫌だった。
「あなたもエイダンも何も見ずに確かめずに、無実の私を断罪した」
「すみません………ごめんなさい…………」
地面に頭をつけ、土下座をするハンナ。
彼女の声は震えていた。
「アドヴィナさんの言うことは何だって聞きます。だから、お願いします………このデスゲームを中止してください」
「いやよ」
「お願いしますっ! もう誰も死んでほしくないんです! 誰も苦しんでほしくないんです! あなたに優しさがあるのなら、どうかこのゲームを終わらせてください………」
私はハンナの傍まで行くと、彼女の頭を力強く踏みつける。ハンナのうめき声が聞こえた。
「くっ………」
「私にね、あなたたちにあげる優しさなんてこれっぽちもないの。だって、あげる道理がないもの」
「ゔっ………」
「デスゲームが嫌だったのなら、いじめのことをとっとと告発でもしていればよかったのよ」
そうすれば、マリーのなりすましに気づけた。
マリーだけを攻撃対象としたはずだった。
「ぎっ、いっ………」
「謝罪したのに、いじめを続けるなんて違和感なかった? 私がみんなに避けられているのに、なぜいじめなんてするのだろうとは思わなかった? ああ………思わなかったから、こうなってるのだものね」
「………っぅ」
「まぁ、いじめられっ子がいじめっ子に抗議するのは怖いわよね………」
私も自分の訴えが誰にも理解されなかったら、気持ちは分かる。いじめられていた被害者が加害者に直接物申すことができていれば、まずいじめ自体が起きなかっただろう。
でも、それでも、
「私はあなたがいじめを受けていることなんて知らなかった………知ってたら、すぐに解決できていたかもしれないのにっ!! なぜ私に言わなかったの!? エイダンから私へ伝えさせなかったの!?」
少なくとも私たちの間に誤解はなかったかもしれないのに………!!
「ほーんとあなたはいいわよねっ!? いつだって誰かに助けてもらえていたものねっ!? 泣いていたら、困っていたら、誰かに助けてもらえて! あなたは都合のいい時だけ率先的になってっ!」
「………」
「こっちが全生徒から、総スカンされていたのを見ていたくせに、アドヴィナだけは助けなくって! こっちのことを調べもせずに、知りもしない罪を押し付けて! そうやって私を見捨てたのに『ごめんなさい』!? 『ゲームをやめてください』!? はぁ!?」
あなたはさっきから『優しさ』っていうけれど、その『優しさ』で私の状況は変わらなかった!!
「いくら私が優しく接したって、いくら正しい行いをしたって、あなたたちは私への偏見は変えなかったでしょうっ!?」
善意だけでどうにかなるのなら!
優しさだけでどうにかなるのなら!
私はどんなに楽だったかっ!
優しさで解決できるほど、人間は、世界は、そんな単純じゃない。
とんとん拍子で片付くのは物語の中だけよ――――。
………感情が溢れて思わず爆発してしまった。
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「………もうどうだっていいの。謝ろうが、何をしようが、もう関係ない。私は他の人の死であなたに苦しみを与えたかったの」
「………私たち、がっ、全員が幸せになる未来はっ、ないの、です、かっ………?」
「ない。私が幸せになる未来とあなたたちが苦しんで死ぬ未来しかない。あなたたちが未来に希望を持つ資格なんてないの」
「………っ」
ハンナの頭から足を離すと、彼女の腕を掴み無理やり立たせる。
「さぁ、立って、ハンナ」
「………」
私は地面に落ちたハンナの杖を取り、彼女の胸に押し付ける。杖を受け取り、涙目で唇を噛むハンナ。
「………どうしてもアドヴィナさんとの戦闘が避けられないんですね」
「ええ、私はどちらかが死ぬまで戦いたいの」
「………………分かりました………アドヴィナさんの言う通り、1人しか生き残れないのなら、私は何が何でもエイダン様を生かします」
「………」
「私にアドヴィナさんが作った魔法世界を消す術はありませんから」
つぅーと頬を流れる一筋の涙。
ハンナの瞳はもう覚悟が決まっていた。
「私はあなたも、エイダンも、誰も、生かしはさせてやらない―――」
「ならば、私は――――あなたを倒す!!」
叫ぶハンナは杖を構え、桃色の瞳を光らせる。周囲に風が巻き起こる。彼女のオーラが増大していくのを感じた。
………ああ、やっと倒せる。
ようやくメインディッシュに辿り着けるっ!!
「アハハッ!! どこからでもいい!! かかってきなさいなァ――――っ!! ハンナァ――――っ!!」
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