第52話 またね

 あの女神少女は突然現れた。

 多分僕が12歳になったか、なってないかの時だったと思う。


「あなた、随分と退屈そうな顔をしてるわね」


 いつものように地下の寝室で眠っていた時、僕の夢の中に勝手に入ってきた。勝手に入り込んで、聞いてもないのに「私は女神なの」と勝手に自己紹介され、挙句の果てに自分の世界を展開。

 

 僕が地面に座らされ、彼女は無数の画面を前に、椅子に座っていた。勝手に来たくせに、全然こちらを見てくれない。


 これまでも変な神様はいたけれど、こんな堕落したような神様はいなかった気がする。


「………」

「こんな世界なんて、くそくらえみたいな顔してるわ、あなた。子どもなのに、なんて顔なの」

「………えー? そんなにー?」

「ええ」


 これでも楽しんでると思えたんだけどな。


「世界の全てに飽き飽きしてるって感じね。そんなにこの世界がつまらない?」

「………」

「つまらないのね」


 すると、女神はフヒっと笑みを漏らす。


「あなたはもっとこの世界で楽しめると思うのよね。退屈顔を隠すビジネススマイルがいらなくなるぐらい」

「………」

「もしかしたら、未来で面白いことあるかもしれないわよ? あなた、未来が見える能力も貰ってるのでしょう? 自分の未来を見てみたら?」

「………自分のは見れないよ」

「えー? そうなの? ポンコツ能力ね。自分のが見れないなんて…………じゃあ、代わりに私が見てあげる」


 女神様がそんな簡単に人間に未来のことを教えてもいいのかな………女神様、見たがってたし、僕も気になるし、ここは黙っていよう。

 

 そうして、じっと待っていると。


「うーん、そうね……きっとあなたを夢中にさせる素敵な人に出会える。そう遠くないうちに」


 簡単な予言を話す女神。今まではいたずらな顔しかしていなかったが、その時だけは優しい微笑みだった。


 素敵な人か………。

 地下室暮らしの僕にそんな人が現れるのかな………。


 ――――――と、その時は思っていたんだけど。


 時は過ぎて、デスゲーム第2ラウンド終了直後。

 僕は一瞬だけ夢の中へ落ちた。


「久しぶりね、セイレーン」

「………」


 またあの女神が入り込んでいた。彼女は真っ暗な部屋の中で次々に切り替わる複数の画面をじっと見つめていた。勝手に人の夢に侵入しておいて、見向きもしないのは以前と同じ。

 

 ただ彼女の顔が明るいような気がした。


「君がアドヴィナを転生させたんだねー」

「ええ。彼女はどうだった?」

「最高さー。運命の人だと思ったよ。でも、彼女はもう他の人と約束していたよー」

「そっか、それは残念ね」


 自分のことのように悲しげな表情を浮かべる女神様。ちらりと一瞬だけ僕を見ると、考え込み始めた。


「ねぇ、セイレーン」

「なぁに、女神様」

「もし、あなたが迷ってるのなら、私はあなたはあなたの道を進めばいいと思うの」

「………」

「他の神々が何を言おうとね、あなたはあなただから」


 僕は僕………。


「…………もし、したいことをして、ニカイア神が止めてきたら、どうするのー?」

「その時は私が何とかしてあげる。あの老害神じじぃは誰も気づかせずに潰してあげるわ」


 女神様は手で鉄砲を作り、「ばきゅん、ばきゅん」と発砲の振りをする。


 うーん、なんか思ってた人とは違うなー。

 断片的に見えた彼女の光景と、神々から聞く噂。

 それと全然合わない。


 噂からは優しさなんて微塵も感じなかったのに………。


「女神様、優しいね。イメージしていた人と大分違うよー」

「………そうかしら? 結構人が死んでいく様を見るのは好きよ。絶望の顔をして死にゆく様とかね」

「あ、やっぱり僕の思ってた女神様だー」

「ふっ、でしょ?」


 女神はそこでようやく僕に顔を向ける。

 随分と楽しそうな顔だった。


「私は私の道を行く。ざまぁは大好きだし、調子乗ってるやつが潰れていく様を見るのが好き。『こんなやつが女神だなんて………』って思うのなら、私を神にしたやつを恨んでって感じ………話が逸れたけど、まぁ、ようわね。こんな女神もいるんだから、あなたも好きにすればいいってこと」


 好きにする、か………。

 

「ああ、そうだ。彼女に言っておいて」

「彼女ー?」

「あなたの大好きなアドヴィナ、よ。彼女に会えたら『あなた、最高よ』って伝えてちょうだい」

「うん。分かったー」


 そう言うと、女神は画面に向き直る。

 小さな体で椅子をクルクルと回しながら、鼻歌を歌い始める。


「彼女の計画、戦い、成長、全てに面白いのよね。何をするのか分からない」

「僕も完全同意だよー」

「でしょでしょ? 彼女には全力で期待してるわ」


 ぶつぶつと感想を呟きながら、画面を見る女神。

 彼女の瞳にはアドヴィナの姿が映っていた。


 そして、女神は最後に僕に向いて、こてんと首を傾げ。


「ああ、もちろんあなたにも、ね?」


 少女らしい瞳の輝きで笑っていた。




 ★★★★★★★★




 そっと瞼を開くセイレーン。太陽の煌めきを閉じ込めた琥珀の瞳と澄んだ水のようなスカイブルーの瞳が現れる。戦いの最中だというのに、まるで夢を見ていたかのよう。


「女神様、君のこと最高だって言ってたよー」

「女神ってあの子のこと?」

「うん、君を転生させたあの女神様さー」


 へぇ………やっぱりあの神様、私を見ているのね。


「アドヴィナ、空へ飛んでみよっかー」

「いいわね」


 私たちは地上戦から空中戦へと移る。

 雷鳴が響く雲の下、火花を散らしていた。


 神官であるセイレーンは十八番の光魔法、私はそれと反対の闇魔法。白の雷と紫の雷が龍のごとく空を飛び、ぶつかる。同等の力なのか、均衡を保っていた。


 ハリケーン並みの風が吹き、黒い雲が散り、夜空が開く。


 セイレーンのコアは3つ。

 衛生のように彼の周りでクルクルと回っていた。


「アドヴィナ、捕まえたっ!」


 遠距離から仕掛けてくると思ったら、セイレーンは隙を見て私の近くまで転移、コアに向かって攻撃を入れる。私はギリギリ所でコアを、セイレーンのビームから防いだ。


 セイレーンは1つ攻撃を入れるとまた転移して、元の距離へと戻る。


 あはは、転移魔法を使えるなんて。

 さすが神官様ね。


 でも、転移魔法が使えるからといって、こちらが完全不利になったわけじゃない。


 タイミングよく合わせれば――――。


 片手で光魔法に対抗しながら、空いた手を構える。そして、彼が瞬間移動したと同時に空中へ殴りこむ。


「くっ」

「はい、1つ目♡」


 強化された私の拳にぶつかり、パリンと空中で割れる琥珀色のコア。セイレーンのコアを1つ破壊できた。これで私に並んだ。


 その後も、セイレーンは私の赤コアを狙ってきた。

 しかし、彼の攻撃が当たることはなく。


「それが本気じゃないでしょうっ!? もっと全力出してちょうだいっ!! セイレーンっ!!」


 そう煽ると、セイレーンは一旦引きながら、答えるように笑う。


「ああ、もちろんッ!! 君が望むのなら、100%の力でも120%の力でも出してあげるよ――――ッ!!」


 聞いたことのない叫びをあげるセイレーン。

 心の底から楽しんでいるよう。彼の笑みは幸せそうだった。


 ………………ああ。

 あなた、そんな顔もできるんじゃないの……………。

  



 ★★★★★★★★

 



 何分戦ったのだろう………?

 今までに一番長い時間戦っていた気がする。


 セイレーンは確かに強かった。

 本体だったら、もっと強いんじゃないかしら?


「セイレーン、楽しかったわ」

「………ほんとー?」

「ええ。あなた、話せる元気がまだいけるんじゃない? もうちょっと戦う?」

「んー、無理かなー」


 彼の周りにあったコアはもうない。

 ないのに、まだ彼はいた。平然として立っていた。

 全くどんな体をしているのだろう。


 ビルの屋上で対面する私たち。

 隅に立つセイレーンの三つ編みが揺れる。

 東京の景色をバッグに立つ彼は、まさに絵画。

 どこに立っても芸術品を作り出していた。


 彼は私をじっと見つめ、そっと笑う。


「君と出会えてよかったよ」

「……………」

「君がいなかったら、僕はずっとあの地下室で引きこもったままだった。他の人たちの言いなりのままだった」

「……………」

「僕はいつか外に出るよ………君に会いに行くよ」

「そう………」


 神の使いであるにも関わらず、彼は私に攻撃することもなく、デスゲームを止めようとしない、その上私を好いていると言ってプロポーズしてきた、不思議なやつ。


 そんな変人なセイレーンは私に何度も「また会おう」と言ってくれた。彼を信用できなかった私はずっと返せなかったけれど……………。


 次はちゃんと――――――


「またね、セイレーン」

「………」


 一瞬目を見開くセイレーン。

 でも、すぐに笑顔に変わり。


「またね! アドヴィナ!」


 満面の笑みだった。

 手を大きく振る無邪気な少年。

 見たことのない彼の姿に、私は笑みが漏れていた。


「また会おう! アドヴィナ!」

「ええ」


 そうして、セイレーンの体は塵となり、風に吹かれ、金色の粉が飛んでいく。


「………」


 乙ゲーの隠しキャラ、ヤンデレキャラ。

 まごうことなき彼は変人だった。


 プロポーズされたかと思えば、銃を向けたり。

 助けてくれたかと思えば、変な服を持ってきたり。


 でも、何度か助けられた。


「彼がいなかったら、私死んでたんじゃないかしら…………?」


 見上げれば、雲が消えた夜空。

 流れ星が1つ落ち、きらりと光る。


「次は3人でお茶でもしましょうか………」


 そうして、私は屋上にあった転送装置に触れ、次の敵へと向かった。




 ――――――


 今日はあともう1話更新します。

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