第23話 小さな悪魔が化ける時

 国境付近の田舎街に2人の神童がいる――――。


 転生前のアドヴィナは入学前からその双子の噂を聞いていた。ハンナは聖女として崇められるが、彼らは生まれた時から崇められており、噂を少し聞くだけでも、神話かと疑いそうになるもの。


 魔力量は1歳時点でトップクラス。言語は2歳で覚え、大人たちと張り合うぐらいの発言力を持ち、学園卒業前になってようやく使える上級魔法は、3歳で息をするように扱いこなしていた。


 さぞ大人びているのだろう。

 聡明な人間なのだろう。

 そう勝手に期待していた。


 そして、学園入学式当日。


 神童は自分たちの同級生となる――それを聞いて、アドヴィナはさらに期待が高まった。どんな人なのだろう、どんなことを成し遂げてくれるのだろう――――。


 身分が違うため、急に話しかけても、怖がらせるかもしれない。そう思い、誰かに紹介してもらえることを期待しながら、式終了後。


「――――」


 アドヴィナは取り巻き達と話していたところ、たまたま彼らと目が合った。

 合って、一瞬目の前が光った。


 瞬きの後に広がっていたのは別の景色。しかし、先ほどまで講堂にいた。取り巻きたちと教室に向かおうとしていた途中だったはずだ。


「…………………」


 …………なのに、なぜ自分はここにいる?


 隣にいた友人はいない。そこは講堂ではなく、ろうそく以外の明かりがない、じめじめとした地下室にアドヴィナはいた。不思議なことに、その部屋にはドアがない。見渡しても壁だらけ。


 物1つない部屋にいたのは、私とあの双子神童


「あんた、公爵令嬢か何か知らないけどぉ、偉そうにしないでくれるぅ?」


 双子はへばりつくアドヴィナの頭を踏みつけ、見下していた。子どもらしくない嘲笑。オレンジ色の灯りが彼らの顔を不気味に照らす。

 

 ――――神童は悪魔だった。


 アドヴィナは彼らに何度も殴られ、罵られた。

 ただ目があっただけ……それだけのことで。


 ようやく元の場所に戻された時は、囲むようにいつもの取り巻きたちがいた。あざだらけだった体に暴力の痕はなく、痛みも全くない。


 ――――だけど、恐怖だけは消えなかった。


 その後も会うたびに、双子にめちゃくちゃにされた。

 声が出なくなるまで顔を殴られ、体を傷つけられる。

 そして、ありとあらゆる暴言言葉で殴られる。

 

 アドヴィナは双子のサンドバッグだった。


 でも、あの地下室以外では彼らは天使で、私以外の人間の前ではいい子ちゃんとして振る舞っていた。何でもできる彼らは演技もお手の物。騙すことなんて朝飯前。


「あの2人がいじめ? アドヴィナさんも面白い冗談も言うのね」


 だから、私が先生に訴えても、嘘だと思われ取り合ってくれなかった。

 

「先生にチクるなんて、バカなマネはやめたらぁ?」


 それどころか、先生へ訴えていたことに気づかれ。


「あんたの話なんて、誰も聞きやしないのよぉ」


 誰も見えない所で、私が叫んでも誰にも届かない場所で、踏みつぶされていた。


「豚のように、ブヒブヒ泣いて鳴いていればいいのよぉ?」


 よく耐えたと思う。でも、イジメられるたびに、トラウマは強くなり、恐怖心は大きくなっていく。


 だから、彼女は警戒して平民上がりの子を――――ハンナをいじめたのだろう。また自分がいじめられないように。傷つかないように。


 二度とあんな苦しい思いをしないように――――。


「見てケヴィン。公爵令嬢が私に踏まれて泣いてるわぁ」

「滑稽だね。映像とかに残しておく?」

「必要ないわぁ。見たかったら、またすればいいのよぉ」

「それもそうだね」


 記憶の中の2人の会話。彼らの不敵な子どもらしくない笑みを思い出し、苛立ちがつのる。

 

 私は転生前のアドヴィナ彼女の意思を引き継ぐ。

 この2人を平穏な死に方なんてさせない。

 絶対に彼女の苦しみを返してやる――――。




 ★★★★★★★★




 背後には、重力を感じさせることなく、壁をバレルロールする2人。その息ぴったりな動きはさすが双子と言わざるを得ない。


 ケヴィンは日本刀だから近接、カフカは流星錘いがくり鎖武器だから中距離で仕掛けてくる。レッドカーペットの上を全速力で駆けつつ、背後を警戒。


 カフカに光兼白兎から奪った大太刀を投げるも、流星錘ではじかれる。逆に、私が背後を確認する度に、カフカは巨大な金平糖のような鉄のいがくりを飛ばしてきた。


「アハハ! アドヴィナが考え事だなんて! そんなちっぽけな脳みそで考えたって、無駄よぉ! 無駄ッ!」

「そうそう! 何も考えず、ただただ僕らにやられればいい!」


 ………………ほーんとなめた口を利くやつらね。この2人の親を見たいもんだわ。


「これで殴って、バカな頭を直してあげるわぁっ!」


 カフカは流星錘を私の頭部に向かって投げるが、いがぐりは壁へと命中。それを何度も繰り返すせいで、ドアはバキバキに破壊、壁には穴が開いた。


「まずは移動手段から奪ってあげるよ」


 一方、ケヴィンはカフカに合わせて、こちらの隙ができる度に下半身をやたらと狙ってきた。足首を狙ったり、太ももを切ろうとしたり。そのせいで、可愛かった黒のパレオはボロボロ。来ている意味をなさなかった。

 

 今までの戦闘でも複数を相手にすることはあった。

 だが、双子との戦いはこれまでのものとは違う。


 双子がゆえなのだろう……ムカつくほどに完璧――――息が合い過ぎていた。


 一方に隙ができても、一方でカバー。

 こちらが攻撃する暇を与えない。

 だからといって、弱点がないわけではない。


 小さい2人はそこまでの機敏性はない。ジーナやハクトのように反射神経化け物でもなく、俊足や長い足を持つわけでもない。


 要するに足はそこまで早くないというわけだ。

 女子なカフカはケヴィンよりも遅い。


「ねぇ! なんであんたたち弓にしなかったわけっ!?」


 なら、弓にしておけば万事解決だっただろう。高見であれば、やり放題の殺し放題。弓のカフカを狙ってくる者は全員ケヴィンが一掃――――勝ち組確定だったはずだ。


「単にったって、アドヴィナのバカが治せないからよぉっ!」

 

 揺れる絹の糸のように美しい紫の髪の間から、悪魔よりも悪魔な笑みを浮かべるカフカ。

 

「自分の武器はあなたのためだけに用意したのぉ♥ どう? 嬉しいぃ?」

「ええ、嬉しいですとも…………私なんかのために、お気遣いどうも! 神童様!!」


 そう言い返すと、意外だったのかカフカとケヴィンは目を丸くさせた。


「へぇ、こんなに言い返すようになったなんて、随分と喋れるようになったのねぇ、アドヴィナ。じゃあ、叩き直してバカを直してあげるわぁ~!!」


 廊下をダッシュしていたが、私は途中で個室に入り、鍵をかけて、ベランダへと出る。入った部屋が海側ではなく内側。窓から見えた、こちらと同じ作りであろう反対側の個室。下を見ると店などがあるパークが見えた。


 戦闘の音がする………。

 下にも何人かいるようね。

 でも、下には行かない。


 手すりに足を乗せ、逆に上の階へと上がった。


「上に逃げたって無駄よ」


 ドゴッ――ンと破壊音がした後、数秒もしないうちにベランダにはカフカとケヴィンの姿が。小さな体の彼らは容易に上へと上がれないと察したのだろう、カフカが鉄の玉を飛ばしてきた。


「あなたの足元、壊してあげるわ!!」


 カフカの叫びとともにやってきたいがぐりは、ベランダの床を突き抜ける。私はタイミングよくその鎖を掴み、引っ張り上げ。


「バンジーは好きかしら――――ッ!!」


 ぐるぐると振り回して、手を離し、カフカを反対側の個室へとぶっ飛ばす。彼女の体は自身の持つ武器―――流星錘の重りのように飛んで、豪快に壁へぶつかった。


 砂ぼこりで姿は見なくなってしまったが、カフカの体は反対側の壁に打ち付けられたはず。あのダメージなら、すぐには起き上がっては来れないだろう。

 

 邪魔なカフカには一旦退場してもらって――――まずは1人から。


 カフカが反対へ飛んだことを確認し、私は部屋の奥へと進んでいく。すると、背後からカツンと足音が聞こえた。即座に反応、刀を構える。

 

 窓際に立っていた1つの小さな影。


「アドヴィナ、僕らを離そうとしたって無駄だよ。さっさと僕らにやられて、泣いて」


 いつの間にか上に登ってきていた、カフカの相棒―――ケヴィン。彼の声はいつもよりも低く、怪しく星の瞳を光らせていた。


 怒ってる――――?


 外が明るく、彼の顔ははっきりとは見えない。が、憤怒しているのは間違いないようだ。まぁ、怒ってレイジモードになられても、別に構わない。


 私たちの武器は同じ刀。武器差はない。


 さっきはカフカがいたから、隙がつくことはできなかった……でも、今は違う。身長も低くく圧倒的力があるわけでもないケヴィンが、戦いを仕掛けた時点で私の勝利は確定。


 かかってくるなら、かかってきなさいな――――。


 腰を落とし、刀の柄を握りしめる。


「レポーズ」

 

 部屋に響いたケヴィンの一言。それは魔法を展開する呪文。なぜ今唱えたのか分からず困惑するが、即座にこのラウンドの設定を思い出す。


 魔法はこのラウンドでは使えない。

 そういう設定を組んでるから。

 何をしようとも、展開などできない。


 はったりね――――。


 そう判断し、一歩踏み出そうとした。


「っ――――」


 な、んで………………………?


 なぜか。逆に、力が抜けていく。手から刀が落ちる。意思に反して、体は床に倒れ込む。視界が、世界が傾く。


 これはどういうこと………?


「へぇ、本当に使えるんだ……」


 困惑している所に、ゆったりとした足取りでやってきたケヴィン。少し見下げると、彼は私の前でしゃがみ込み。


「よいしょっと」

「なっ」


 そして、私をお姫様抱っこ。体格差があるにも関わらず、余裕の笑みで私を運び、ベッドへと移動。そして、彼は私の上に馬乗りになり、菫色の目でこちらを見下ろした。


「プリザオ」


 次の呪文で体に力は戻った。が、手足は手錠で拘束され、不自由なままには変わらず。


「ねぇ、聞いて、アドヴィナ」

「…………」

「僕、アドヴィナのことがずっと好きだったんだよ?」


 外そうとするが、いくら動かしても壊れる気配がなく、カチャカチャとただ擦れる金属音が響くだけ――――。


 こんなもの用意させた覚えがない。

 ラウンド途中で魔法を使えるようにした覚えもない。


 フィールドにランダムに配置させたのは、特定の能力を得られる魔法薬と武器だけだ。“とある”魔法薬を選ばない限り、数種類の魔法は使えやしない。


 魔法はなぜ使えている………?

 この拘束具は一体どこから………?


「…………ねぇ、カフカは放っておいていいわけ?」

「アドヴィナの髪って綺麗だよね」


 私の言葉は届いていないのか、1人話し続けるケヴィン。彼は私の髪を一束掴むと、スゥと嗅いだ。


「香りもいいし、肌は透明感があって美しいし、大きな胸もあって……………」


 ボロボロになったパレオは意味はなく、あらわになる足の肌。今の私は下着とも同然だった。その状態で、ケヴィンは私の胸に人差し指を沿わせ、すっーとなぞるように下へと動かし、肌に触れる。


「……………これ以上、魅力的な女性っていないんじゃないかな?」

「んっ、やっ………」


 抗おうにも抗えない。悔しいことに、ケヴィンの手が優しく、思わず体が戦慄く。


 男子のケヴィンは攻略対象者ではないし、だいたい双子は乙女ゲームのメインキャラではない。登場すらしなかった。まさか、ショタがこんなことをするなんて、思ってもいなかった。


「ようやく2人きりになれたことだし…………」


 いたずらな笑みで頬を赤く染め息を荒げる少年ケヴィン。


「――――一緒に気持ちいこと、しよっか? アドヴィナ?」


 彼の――私を映す緑の瞳は完全に陶酔していた。




 ――――――


 第24話は明日7時頃更新いたします。

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