そのサンタは泥棒ですか?

物部がたり

そのサンタは泥棒ですか?

 泥棒が最も注意しなければならないのは、住人と鉢合わせすることである。もし泥棒慣れしていない新人泥棒が住人と鉢合わせしてしまったら、パニックに陥って何をしでかすかわからない。

「ママ……」

 だが、泥棒慣れしているベテラン泥棒のれいは違う。れいは落ち着き払って、人差し指を唇にかざし小さな声でいった。

「サンタクロースだよ」

 子供はまだ四、五歳。あるいは六歳ほどで十分にダマすことができると踏んだ。

「サンタクロース……。今、ふゆじゃないよ……」

 最近の子供は夢もへったくれもなかった。

 子供の言う通り、今は戸締りの甘くなる夏だった。

「うっかりもののあわてんぼうサンタなんだ。ちょっと早く来過ぎてしまったね」

「で、でも……あかいふく着てないよ……」


「赤い服は目立っちゃうから最近のサンタは着てないんだよ。最近のサンタは黒い服が主流なんだ。サンタは見つかっちゃいけないからね」

「でも、ヒゲもないよ……」

「夏は暑いから剃るんだよ」

「でもでも、ふとってないよ……」

「夏は暑いから痩せるんだ」

「でも、わかすぎない……」

「世代交代したんだ」

 最近の子供ときたら、サンタクロースを泥棒を見るような目で見るらしい。

「あ、そうそう遅くなってしまったけど、これプレゼント」

 れいはポケットの中に一個だけ入っていたアメを子供にあげた。


 だが子供はアメ玉を手のひらで払って「サンタだっていうのウソでしょ!」と静寂をぶち破るような大声で叫んだ。

 さすがのれいも慌てて「シー……、お父さんとお母さんが起きちゃうよ」と子供の口を覆った。

「だいじょうぶだよ……。ママいないもん……」

「パパは」

「いないよ」

「そうなの。それはよかった」

「よくないよ! どうしていいの」

「見つかったらサンタ界の法律で裁かれちゃうからだよ」

「ウソでしょ。サンタさんじゃないんでしょ」


 れいは目を剥いて子供を見下ろした。

 子供は毅然としてれいを見返した。

「ここにいるじゃない」

「ウソだ。だってサンタさんなんてこの世にいないもん……」

「いるよ。ほら」

「ウソだ。本物のサンタさんじゃない。だっていい子にしているのに、サンタさんはお願いをかなえてくれないじゃないか……。だからサンタさんなんていないんだ!」

 子供はついに泣き出した。

 れいは優しい声で「願いって? サンタさんあわてんぼうのサンタだから、ついついド忘れしちゃうんだ。もう一度願い事を教えてくれる」と訊いた。

「ママがかえってきますようにって、お願いしてたじゃないか」

「ああ、そうだったね」

 れいは初めから散らかった部屋や、台所に積み上げられた食器、インスタントのゴミなどを見て大体の事情を察した。


「じゃあ、ママが帰ってきたらサンタさんがサンタさんだって信じてくれるかい」

 子供は涙で腫らした顔を縦にふった。

「ママを呼び戻すから部屋に戻って少し眠ってなさい」

 子供は半信半疑の面持ちで了承し、最後まで泥棒を見る目でれいを見据えたまま部屋に消えた。

 では、泥棒は泥棒らしく、悪さをすることにする。

 れいには、ここの家族がこれからどうなろうと知ったことではなかった。なるようになるさ、と思った。

「あの、今家に泥棒が入ったんです……。すぐに来てください。子供が一人なんです」

 れいは近所の交番に家の住所を伝えた。

 サンタ界の法律では、サンタは誰にも見つかってはならない。れいはトナカイに乗って立ち去ることにした――。

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