SAVE.304:行軍演習①
クリスに付き合わされたあの日から、随分と時間が経ってしまった。学園であの女の後ろ姿を見かける事はあったが――俺は声をかける気にはならなかった。
当然だ、男の俺を捕まえて『人を盟約の聖女だ』と言い張る女がまともな訳はない。それに忙しいというのもあった。ミリアのデートにダンスパーティ……再現しなければいけない神託がいくつもあったのだから。
そして時計の針は進み、不人気極まりない学園の行事……『行軍演習』が始まろうとしていた。
◆
「で、次の行軍演習の流れなんだけど……ミリア、説明してもらってもいいか?」
生徒会室にはいつもの面々が集っていた。今回再現しなければならない神託は、まさしくその不人気行事にまつわる内容なのだから。
「任せて下さい、兄さん」
ミリアに頼めば、彼女は嬉しそうに胸を張る。いつの間にか俺達の間にあったわだかまりは溶けて、いつも通りの仲の良い兄妹に戻っていた。シャロンから責められる事もいつの間にか無くなっていた。改めて思う、クリスと関わらなければ俺は幸せなままでいられるのだと。
――幸せ、これが? 間違っている現実で、正しい神託を演じるこの滑稽な状況の、どこが。
「……兄さん、具合が悪いんですか?」
「いや、何でも無いよ……続けてくれ」
心配そうな声を上げるミリアに、作り笑いを浮かべて答える。余計な事を考えている場合じゃない、今は目の前の事を終わらせるのが先決だ。
「えーっと、まず班分けは……私と兄さん、それにダンテ君、ルーク殿下ですね」
「よしっ」
ダンテがここぞとばかりに声を上げる。それもそうだ、ミリアに自分の存在を意識させられる数少ない機会なのだから。だが俺は知っている……ダンテの出番は殆ど無いと。
「で、私と兄さんがシャロンの手の物に襲われて森に逃げ込みます」
神託の内容はミリアが中心だという、先日のクリスの言葉が思い出される。今回もその例に漏れず、ミリアが俺に助けられるという内容になっている。
「え、オレの出番は?」
「話続けるね」
「はい……」
項垂れるダンテ。まぁ次の機会にでも活躍してもらう事を願っておこう。先があるのかどうかはまだ知らないが。
「それで雨が突然降ってきて、兄さんと洞穴で雨宿り」
ダンテが物言いたげに俺を睨む。言葉にしなくてもわかる、俺と代われと言いたいらしい。
「睨むなよ」
俺個人としてはダンテに代わって貰っても構わないのだが、神託がそうさせてくれない。
神託の再現。結局盟約の聖女について知ったところで、やるべきことは変わらない。主人公なら神託ではなく世界を変えられるとクリスは言っていたが、今のところその予定はない。やり方がわからない上に、話自体も眉唾物だ。
それに俺は、現実ではなく神託を変えるべきだと考えている。ミリアがいて、シャロンが、ルーク殿下とダンテがいる。この現実こそが、俺が守るべき世界なのだ。
例えそれが、間違った世界だとしても。
「それで夜になったらルーク殿下とダンテ君に迎えに来てもらいます。それでおしまい」
ミリアの話が終われば、ダンテが首を傾げて疑問を呈する。
「それだけ?」
そう、それだけの話だ。途中ではぐれて避難して、迎えに来てもらうだけの話。ここまでは、だ。
「ミリア」
この話に続きがあると、俺はもう知らされていた。責めるように彼女の名前を呼べば、ミリアは小さく息を吐き出してからゆっくりと言葉を続ける。
「その……兄さんが捕まえられます。神託の中だと、兄さんはシャロンの義理の弟になっているから」
「あー……まぁそうなるか」
ダンテが苦笑いを浮かべながら納得する。同時に余計なことを聞いてしまったと悔やんでいる事だろう。だが神託の中の俺は悪役であるシャロンの義弟だ、この扱いは当然だろう。
「何か質問がある人は?」
「シャロンの神託とも相違ないのかい?」
周囲にそう尋ねれば、ルーク殿下が小さく手を上げて答える。折角二人も聖女がいるのだから、神託の内容を擦り合わせるのは当然だ。
「いえルーク殿下、私の出番は無いようでしたので……おそらく次も無いでしょうね」
だが、そのやり方はもう通用しない。神託というのはそもそも自分の視点でしか見れない、というのが二人の談だ。つまりこれから先、シャロンが神託を見る事は無いが……あえてそれをここで答える必要もないだろう。
「そういえばミリア、シャロンの手の物って随分あやふやだけど……具体的に誰だかわかるか?」
「ううん、そこまでは……多分私の知らない人」
新しい話題をミリアに振るが、明確な答えが返ってくる事は無かった。正直ここは悩ましいところでもある。神託の再現については公にしていないので、気軽に誰かに頼む訳にはいかない。かといって口の固い身内を役柄からかけ離れた人物に演じさせるというのも、神託を再現するという主旨から外れてしまう。
「あらアキト、安心してもいいわよ? 私は直接行けないけれど、これ以上に無い『手の物』を用意してるから」
そんな悩みを見透かされていたのか、シャロンが随分と嬉しそうな声でそんな事を言い出した。
「そんな都合の良い人いるか?」
「ええ、もちろん」
少しだけ考える。シャロンの手の物という役割から大きく外れてはおらず、口も固い俺達の関係者で、シャロンが頼めば何でもやってくれそうな人物らしいのだが。
「……カイゼル卿?」
最悪の選択肢がつい口から漏れていた。カイゼル=アズールライト、通称アスフェリアの青獅子。将来的に俺の義父に当たる人で、義に厚く国への忠誠心も人一倍持っている。そして一人娘のシャロンを溺愛しており、おまけに俺と剣を交える事を楽しみにしているような男だ。
「当日、楽しみにしていなさいよね」
肯定も否定もせず、そんな言葉を返すシャロン。カイゼル卿が神託の中で出てくるならミリアがわかりそうなものだが、彼女の言う通りこれ以上にない『手の物』だ。ちょっと神託を守りきれてない気もするが……まぁ及第点だろう、きっと。
「カイゼル卿かぁ……」
深い溜め息をつけば、周囲から乾いた笑いが聞こえる。俺としては神託の再現をする前に、死なないことを祈るぐらいしか出来なかった。
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