SAVE.301:婚約破棄①

「残念だよシャロン……まさか君が、このような事を」


 吹き抜けのある聖堂、ため息混じりに首を振る王子、彼に寄りかかる涙目のミリア。


「今ここに宣言しよう。私、ルーク=フォン=ハウンゼンは」


 そして下唇を噛み締めながら、じっと耐える悪役令嬢。


「『蒼の聖女』、シャロン=アズールライトとの婚約を……破棄する!」


 そして俺は――エルディニア王国の王太子、アキト=E=ヴァーミリオンは――。


 


 たまらず吹き出してしまった。


「……アキト!?」


 飛んでくるのは悪役令嬢――もとい、シャロン=アズールライトの怒声だ。


「いや悪い悪い……さぁシャロン、続けてくれ」


 笑いながらそう答えれば、彼女が暗記していた台詞を続ける。なにせ彼女は蒼の聖女、それぐらいは朝飯前だ。


「『殿下、私の話を聞いて下さいませ! 私はこの女に、ミリアに嫌がらせなど』」

「そうだそうだー! 俺の婚約者の話を聞け―っ!」


 目の前の光景に向かって茶々を入れれば、ルーク殿下が苦笑いを浮かべる。そしてシャロンはと言えば、呆れたような溜め息と冷たい視線を俺に送った。


「……貴方って人は、本当、自分の出番がないからって」

「まぁまぁシャロン、兄さんは緊張を解してくれようとしたんですから……ね?」


 シャロンの隣に立つ妹が、その肩を優しく叩いた。ミリア=E=ヴァーミリオン……俺の双子の妹にして『翠の聖女』その人である。事ある毎に俺の肩を持ってくれるのはありがたいが、いい加減兄離れをして欲しいというのが正直な気持ちだ。


「そうだぞシャロン先輩、ミリアはそういうつもりで」


 俺の隣に座る第二王子ダンテ=フォン=ハウンゼンがミリアの肩を持とうとする。


「あの、ダンテ君の意見は聞いてませんから」

「そんな……」


 が、返ってきたのは冷たい対応。どうやらミリアはダンテの事がお気に召さないらしい。現実的に考えればミリアの将来の結婚相手は彼になるのだが、諸事情によりまだ婚約もされていないのが現状だ。ダンテとしてはそれまでにミリアに惚れられたいと考えているのだが……その道は険しい。


「そもそもダンテ君は出番がないのに何しに来たんですか? もう何回も確認したでしょう、あなたの登場はまだ先だって」

「それを言うならアキトだって……」

「兄さんは良いんです。この計画の発案者ですし……何より兄さんですから」


 そう、ミリアの言う通りこの生徒も観客も居ない茶番劇をやると言い出したのは他でもない俺なのだ。


「まぁ、アキト君のおかげで緊張が解れたという事にしようか」


 と、見かねたルーク殿下が助け舟を出してくれた。やはりこの人は頼りになる、このまま次のアスフェリア王になってくれると嬉しいのだが……そうはならない理由はある。


「ルーク殿下も申し訳ございません、政界から身を引いた貴方をこのような舞台に立たせてしまって……」


 殿下に対してシャロンは深々と頭を下げる。政界から身を引いたという言葉通り、彼は王位継承権を放棄している。なのでこんな茶番に関わらなくても良いのだが、俺達の事情を知って快く手伝ってくれている。


 そして人格者の彼に王位を継いで欲しいと願っているのは何も俺だけじゃない。アスフェリアの一部の貴族達もまた、彼こそが次の王に相応しいと今でも考えているのだ。表立って対立している訳では無いが、水面下では派閥同士の牽制と探り合いが続いている……それがアスフェリアの現状だ。


 というわけで、そいつがダンテとミリアがすんなりと婚約しない『諸事情』という訳だ。


「これぐらいなら構わないさ。それにこうやって君達と過ごせるのは楽しいぐらいだよ」

「恐れ入ります。本当、私の婚約者にも見習って欲しいものですわ」


 しれっと俺を刺してくるシャロンだったが、今日の俺は一味違う。そう、王子として教育を受けた俺は知っているのだ、人を動かすには何が必要なのか。


 ――飴だ。


「あーあ、そんな事言われたらこの用意したフルーツタルトを下げたくなっちゃうなー」


 そう、この日のために注文しておいた巷で大人気のフルーツタルトだ。そしてシャロンは、本人は隠しているつもりかもしれないがこういう流行りのお菓子に目がないのだ。


「た、食べないとは言ってないわよ!」


 少しだけ照れたような、上擦った声を出すシャロン。それから俺達はタルトと紅茶を囲むことになった。準備から今までずっと続けていたんだ、休憩を挟むには良い時間だろう。


 甘すぎる菓子を紅茶で流し込みながら、改めて舞台を見る。先日終わったばかりであるミリアの認定式と同じ物が並べられている。けれど先程まで俺達が演じていた光景は、先日とは……いや、『現実』とはあまりにかけ離れていた。


 何故か平民になっているミリア、ルーク殿下とシャロンの関係、シャロンの義弟になっている俺。極めつけはヴァーミリオン家どころかエルディニア王国の名前すら存在しない事だろうか。


 あり得ない、馬鹿げている……だがそれは、聖女が守るべき神託が描いていた世界だった。


 現実は変えられない、だが神託は守らなければならない。だからこそ生み出したのは、苦し紛れで苦肉の策。




 神託の再現。




 それがこの学園生活で、俺達がやるべき唯一にして最大の課題だった。

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