SAVE.102-1:蒼の聖女とセーブ&ロード④
「アキト、終わったかい?」
クリスの声で現実に引き戻される。状況を完全に把握できる程の頭は無いが、それでも確かな事はわかる。
窓から見える空の色、それから自分が生徒会室の前で立っているという事実で気付いた。
「ここから、だったら……」
「……アキト?」
伸ばされたクリスの手を振り払い走った。向かう先は決まっている、校舎の外れにある倉庫だ。細かいことを悩んでいる暇は無い。足がもつれ、転びそうになりながらもただ前へと進んでいく。視界の隅が黒く染まりながらも、何度も自分に言い聞かせる。
大丈夫、まだ間に合う。だってこの間は、あんなに上手くいったじゃないか。たった一回やり直しただけで、最悪の未来から彼女を救えた。婚約を破棄される姉さんはもうどこにもいないだろう? だから、今回だって上手くやれる。姉さんはまだ生きている。大丈夫、大丈夫だと。
呪詛のように繰り返しながらただ前へと進んでいく。大丈夫、大丈夫大丈夫だ。何度も頭の中で繰り返しても、心臓の鼓動は収まらない。
倉庫へと近づくたびに吐き気が喉をこみ上げてくる。一歩前へと進むたびに、不安で膝が折れそうになる。
――もし、手遅れだったなら。
必死に押さえつけていた感情が言葉になった瞬間、首を締め上げられたかのように呼吸をするのが辛くなった。それでもなお前に進めば、あの匂いが鼻についた。
「アキト、これは」
追いかけてくれていたクリスが、聞き覚えのある台詞を漏らす。それから顔をしかめながら、袖で口を覆った。
――違うだろ、そんな訳は無いだろう。やり直したんだ、俺は。間に合う筈なんだ、絶対に。
自分に何度も言い聞かせながら、俺は必死に扉を開ける。開けてしまった。気丈ないつもの姉さんが、またいつもの小言をくれると信じて。
目の前の光景を見た瞬間、その場に崩れ落ちることしか出来なかった。血の海に横たわる姉さんの死体と、地面に転がる短剣。薄暗い倉庫に充満する血の匂いが現実を肯定する。
「なんで、だよ……」
ようやく口から漏れた言葉が虚しく倉庫に響き渡った。彼女からの返事も、あの自信たっぷりの悪態も、呆れ混じりのいつもの皮肉も、二度と返ってくる事はない。
「アキト、シャロン様はもう」
クリスの声が素通りする。俺の頭にあるのはもう別の事だけだ。視界の角に捉えた短剣にゆっくりと手を伸ばす。
駄目だった、間に合わなかった、助けられなかった――今回は。
次があるのかなんて、わからない。保証なんてどこにもない。それでも俺はこんな場所になんて居たくなかった。
姉さんがいない、こんな世界には。
『ロードしますか?』
▶SAVE.102-2:蒼の聖女とセーブ&ロード
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