SAVE.101-2:婚約破棄とセーブ&ロード③

「アキト、ねぇアキト」


 体を誰かに揺らされる。ゆっくりと目を開ければ、そこにいたのはクリスだった。


「クリス……?」


 顔を上げて間抜けな声を漏らせば、クリスは……彼女はため息をつきながら小声を漏らし始めた。


「おはよう、じゃないよ全く。授業なんてとっくに終わって……君は一体いつになったら真面目」


 思わず俺は立ち上がり、クリスの両肩を強く掴んだ。だって俺は、死んだはずなのに――。


「ちょ、ちょっと痛いじゃないか……」


 驚きで声を上擦らせるクリス。耳まで赤くしている事に気づいて、思わず俺は両手を離す。


「あ、いや、悪い……」

「きょ、今日は随分と聞き分けがいいじゃないか」


 前髪を指で弾きながら、クリスがそんな事を言い出す。その仕草を見てようやく、俺は自分の頭の悪さに呆れた。こんなのどこからどう見たって女じゃないか、と。

 

「だって、お前は」


 そこで自分の言葉が詰まる。性別を偽り男装して学園に通うなんてどう考えたって異常事態だ。今日まで隠していたその秘密を、俺がここで指摘するなんて不用意にも程がある。


「いや、その……何でもない」


 クリスの性別についての考えを棚に上げ、ゆっくりと周囲を見回す。何の変哲もない教室は、見慣れたいつもの光景だ。


 ああ、俺は確かに覚えている。この代わり映えのないというには、あまりに変わらなさ過ぎた時間の事を。


「それより見に行くって約束だろう? 噂の『翠の聖女』をさ」

「いや、それは先週の話で……」


 ――先週。


 そこでようやく俺は、自分の置かれてる状況を少しだけ理解した。


「今日、なのか……」


 そうだ、今日は俺がクリスと一緒にミリアの野次馬に行く日じゃないか。だけど俺は知っている、この先に起きる出来事を。


「そうだよ、それが?」


 ため息交じりの呆れた声を出すクリス。わかっている、この状況を表す言葉を俺の記憶は知っていた。


「なぁクリス」

「なんだいアキト」


 前世の記憶という奴を辿れば、やり直しだとかループしたとか色んな単語が出てきたが、一番伝わりそうな言葉を選ぶ俺。


「俺、死んで戻って来たみたいなんだが……」


 沈黙が俺達の間に漂う。無言のクリスは腕を何度か組み直し、数度頭を捻ってからようやく答えを返してくれた。


「……なんだって?」

「だから、認定式の時に転落死して、一週間前の今日に戻ってきたっていうか」

「わかったよアキト」


 クリスは優しく微笑んでから、俺の肩を小さく叩いた。


「頭、ぶつけでもしたんだろう?」

「……だよな」


 当然の反応が返ってくる。頭がおかしいと言われないだけまだマシかもしれないが。


「今日はいつにもまして変だよ君は。熱でもあるんじゃ……」

「いや、いい! 無いから、大丈夫!」


 そっと手を伸ばしてくるクリスに、思わず距離を取る俺。少しだけ気まずい間が流れたものの、何とか安堵のため息を漏らす俺。そうだよな、こんな与太話を信じられるほうが余程問題じゃないか。


「悪い、今のは忘れて」


 くれないか、という言葉は続かない。ああそうだ、つい先程目にしたばかりの、今日から一週間後に見るべき言葉が、俺の視界を過ったせいだ。




『ロードしますか?』




 なんだよ、それ。俺は死んでいないってのに、やり直さなくちゃいけないのか? 何が起きてるっていうんだよ、一体――。






▶SAVE.101-3:婚約破棄とセーブ&ロード

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