運命の分岐点
前世とは。
たった二文字でありながらも、今日に至るまで、僕が壊れない玩具の如く振り回された原因となった単語であり、今なお僕の心を揺り動かすもの。
ある人生を──僕をベースに考えた場合、今の僕から見た、一つ前の人生。
今の自分自身ではないものの、間違いなく自分自身のものである人生……記憶、記録、経験。
普通に考えなくとも、スピリチュアルというか、神秘的というか、まあ嘘っぽい、フィクションに寄り添ったものであることは明確で、現代において、おおよそ真面目腐って使うことはない単語。
ぶっちゃけ、設定としての魅力を感じないことはないが、しかし信じる価値はなかったし、何ならこうやって、ぼんやりとでも考えるほどのものではない。
だというのに、何故こんなにも真剣に思考を回しているのかと言えば、そりゃもちろん、神騙が原因である。
神騙──神騙かがり。
多々良野高校二年生。文武両道を地でいきながらも、厭味ったらしくはなく、余程性格の悪い見方をしなければ、欠点なんて早々見つからないような、
言ってしまえば高嶺の花で、嫌な言い方すれば、別の世界の住人。
僕みたいなのとは、精々が挨拶するくらいでしかなかったような少女──そんな神騙が、頭のおかしい人間扱いされるのも構わず、詰め寄ってくるというのは、言葉以上にデタラメを言っている訳ではないという証拠でもあるように思えた。
人は一人では生きられない。だからこそ、人というのは、人からの評価で成り立つものなのである。
誰だって、生まれてから意識的にでも、無意識的でにも、それらを積み重ねていくものなのだから。
けれども神騙がやったことは、遥か高くまで積み上げたそれを、一撃で蹴り飛ばしたようなものだった。
しかし、だからこそ、神騙の言葉というのは本気であり、神騙の行動は嘘っぱちではないという証左でもあった。
まあ、未だに大人数でグルになって、僕を騙している……なんて卑屈な考えが浮かばないでもないのだが、まさか僕みたいなのに、そこまで大袈裟なことはしないだろうとも思う。
それに、神騙はそんなことをする少女ではない。
それは、”噂通りの完璧美少女なのだから”という理由ではなく、直接接して見えてきた、理解できてきた、彼女の側面から弾き出せた答えだ。
優しくはあるが、多少の意地悪さも兼ね備えていて。
基本的に甘やかしてはくるが、必要なところで厳しくて。
頭がおかしいくせに、嫌にこちらを見透かしてきて。
そして──そして時折、酷く懐かしく感じる少女。
無論、だからと言って、それらが信じることに繋がる理由にはならない──前にも言ったが、客観的な証拠がないのであれば、僕は姿勢を変える気はない。
基本スタイルは”信じない”だし、それを理由に迫ってくるのであれば、やはり相手にしないようにするのが一番なのだろう。
それがきっと、最終的には僕の為に……僕が、傷つかない為に出来ることだから。
人を信頼するというのは、重大な選択であり、判断だ。
信じれば信じるほど、その人のことは大切になるし。
頼れば頼るほど、かけがえのない存在になる。
だけど、人というのはある日唐突に、前触れもなく消えてしまうものなのだ。
消えて、無くなってしまうものなのだ。
失って初めて気づく大切なもの──だなんて良く言うが、しかし、そうだと言うのなら、大切だなんて最初から作らない方が良いに決まっている。
少なくとも、安易に作って良いものではないのだから。
だから、前世だなんて荒唐無稽な話を、僕が信じることはない。
それで良い──うん、これで良い。
良し、良し。大丈夫。これが僕だ。
これが、僕の在り方だ──なんて、今冷静になって思い返してもみれば、言い訳にも等しい、すげぇ下らないことを考える、とある日の放課後であった。
場所はいつもの
もちろん、まともな活動内容なんて無い。
開かずの教室たちを開放していくという依頼は存在するが、急ぎでも無いし……ということで今日はお休みしていた。
そういう訳で、グッタリだらりと背もたれに、体重を預ける夕方前のこと。
教室の──部室の扉が開かれると、すっかり見慣れたというか、脳に住み着いたかの如く馴染んだ神騙が姿を現した。
いつ見ても美しい、亜麻色の長髪がふわりと揺れて、ぱぁーっと満面の笑みを咲かせる。
「お待たせ、邑楽くん。ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「別に、待ってたわけじゃない。今日はちょっと面倒だったから、部室でだらついてただけだ」
横暴にして鬼畜、社畜にして子供らしいと名高い高槻先生には、勝手に”奉仕活動への従事”なんて内容を与えられたが、我が多々良野高校には既に、ボランティア部が存在する。
そう考えるのであれば、やはり活動内容なんて無いにも等しいものであり、仮に何かがあるのなら、それはきっと高槻先生の私的なものになるだろう。
それこそ、今回の鍵開けだったり、清掃だったりというように。
僕と違って神騙には、放課後を無為に潰す理由は無いのだし、いくら部員と言っても、わざわざ律儀に足を運ばなくても良いのにな、と思った。
まあ、そんなことを言ってしまえば、いつも通り「わたしが好きでやってるんだよ」なんて言われそうなものであるのだが。
「きみのそういう、捻くれたこと言いながらデレを隠すところ、全然変わらないねぇ」
「いや全然デレてないんだが? どっちかって言えばツンだったろ、今のはよ」
「えぇ~? でもきみに、ツンデレって言葉は似合わないからなあ」
「まずデレたことがないって話をしても良いか?」
どうにも神騙の僕を見る目には、何かしらの超好意的フィルターがかかっているようだった。これもう何言ってもポジティブ捉えられちゃうんじゃないの?
無敵の人間過ぎるだろ……。
どっちかっていうと、そっちがこっちにデレデレなんだよね。
意図がちゃんと読み取れないので、嬉しいより疑念やら恐怖が勝るのが良くなかった。
いつも通り、窓際に座る僕の真横に椅子を持って来て、ちょこんと座る神騙。
あんまりにも距離が近いのだが、離れれば離れるだけ詰められるだけである。
生半可な抵抗は無意味、という訳だった。
「でも、新鮮ではあるかな。付き合ったばっかりの頃みたいで、とっても楽しいよ」
「あたかも本当にあったことのように、僕の知らない、僕についての妄想を楽しそうに語るんじゃない。心の準備が出来てないと、ビックリしちゃうだろうが」
「本当にあったことだから、言ってるんだよ。まだ信じられない──いや、違うね。きみのことだから、信じたくないんだ」
「だからそう、一撃で当ててくるのは何なんだよ……」
完全に心理を分析されてる患者の気分になる僕だった。神騙の前だと心が丸裸みたいになってるんですけど?
きゃー! えっち! とか言ってる場合じゃない。ガチで通報するレベルの警戒ラインである。
「ま、今更その辺で、口論する気はあんまりないんだけどな。結局は、信じるか信じないかに尽きるだけだし」
「うんうん、そうだね。きみならそう言うね──だから、証拠を見に行こっか」
「……え? なに? 見る?」
「うん、きみとわたしが、二人揃ってこの世界にいた証拠を、見つけに行こう?」
キュッと僕の手を握った神騙が、小さく微笑む。
ふわりと飾られたように、可愛げのあるそれには、しかし、大きく重い感情が乗っているように見えた。
「大丈夫。この町で再会できたのは、きっと運命だから。きみが納得するような証拠だって、見つかるよ」
「や、別に僕は、証拠を見つけたいとは言ってないんだが……」
とはいえ、拒絶するような提案ではない。
いつまでもうだうだと、思い返す度に考えてしまうくらいならば、いっそしっかりと向き合った方が良いというものだろう。
「分かったよ。それじゃあ、暫くの活動内容は、前世電波の真相解明だな」
「うわ、そうやって仰々しい名前付け始めるの、凄い中二病が残ってる感じがするね……」
「おいバカやめろ! 口に出して言うんじゃない、恥ずかしくなってきちゃっただろうが!」
顔が熱くなってきたのを察して隠せば、「そういうところも、大好きだよ~!」と擦り寄ってくる神騙から逃れながら、深々と溜息を吐く。
しかし、まあ。
個人的には、正しく言葉通り、真相を知る機会ではあると思うのだった。
前世では妻。そう言い張る、今世では他人だったはずの少女。
今世でも妻だと迫ってくる、頭のトンだ高嶺の花。
隣の席になったのは僕の人生において、最も大きな分岐点だったんじゃないか……なんてことを、少しだけ思った。
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