隣の席になった高嶺の花は、僕の前世の妻らしい。

渡路

隣の席になった高嶺の花は、僕の前世の妻らしい。

神騙かがりという、前世の妻。



「初めまして、きみの前世の妻です。どうか今世でもよろしくね」


 高校二年生となり、クラス替えを終え、早速席替えがあった僕の隣にやって来た、神騙かんがたりかがりが、にわかにそんなことを言い出した。

 急にざわつき出す教室の中、なるほど、こいつは頭のおかしいヤバい女だと、一瞬で悟った僕は、曖昧な笑みで濁して、やり過ごそうと思った──のだが。


「あっ、今世でもコロッケ好きなんだ。ふふっ、かーわいい」

「きみ、相変わらず運動苦手なんだねぇ」

「水族館行こうって約束してたよね? 行きましょう──え? いつしたって? そんなの、前世に決まってるじゃない」


 どうやら僕が思っていた、数十倍はぶっちぎりでヤバい女だったらしい。

 おい、誰かこの女早く引き取ってくれ! 好きになっちゃう、好きになっちゃうから!




 一年一組の神騙かがり。あるいは、二年三組の神騙かがり。

 僕は、隣の席にやって来た、その女子生徒のことを知っていた。


 もちろん、親密な仲であった訳でも無ければ、友人でもない。ましてや知人とすらも言い難く、会話だってしたことはない。まあ、友人の一人もいない僕にとって、そんな条件に該当するような生徒は星の数ほどいるのだが……。

 そうであれば、なおさら何故知っているのかと言うと、単純に神騙かがりという少女の知名度が、この学校においては酷く高いものだからである。


 開校以来の才媛。

 創作から出てきたのではないかと、面白おかしく語られるほどの美貌。


 この二つが揃っているのだから、むしろ噂にならない訳がなく、会話をするような相手がいない僕にだって、その噂は耳に届くほどであった。

 だから、知っている──飽くまで一方的に、そういう女子生徒がいるということだけを、僕は知っていた。


 なのでもちろん、神騙が僕のことを知っている訳もなく、隣の席になった時も、嬉しさより面倒さが勝ったほどであった。

 クラスの──いいや、学校のアイドルとも言える女子生徒の隣の席。


 そんな風に言ってしまえば、実に幸運な席であるように思えるが、その実態は全くの別物だ。

 ああいった類の人間には、有象無象の輩がひっきりなしについて回り、休み時間になれば群がるものである。


 当然、僕のような孤高好む人種ただのボッチからすれば、それはたまったものではない。

 何ならお昼休みだって、机を拝借されるのは、最早確定事項と言ってもいいだろう。


 僕は基本的に、教室以外の場所でお昼を済ませてはいるが、だからと言って無害という訳ではない。

 特にアレな、お昼を済ませて教室に帰って来た時とかはもう最悪。


 やつらはチャイムが鳴るまで席にしがみついて、お喋りを楽しむタイプの生命体だ。

 必然、それより前に教室に戻って来た僕の居場所は無いわけで、何か教室の片隅でジッとスマホを叩いてる不審者になってしまうという訳だった。


 つまり、神騙かがりの隣は、一種の罰ゲームとすら言えた。代われるもんなら代わってやりたいくらいである。

 どうしようもなく気が重い。せっかく窓際最後方という、最高のポジションを得たというのに、テンションは相殺されてマイナスに食い込んでいた。


 どのくらいかと言えば、「もうお家に帰ってふて寝したいな……」という思考で満たされるくらいにはテン下げだった。

 しかし、まあ、ここで我儘を言っても仕方がない。


 ここからしばらくの間──再び席替えが行われるその日まで、この苦行を耐え忍ぶしかあるまい……と静かに涙しながら着席した、その時である。

 亜麻色の髪がふわりと揺れて、白魚のような手がすると伸ばされた。


 既に着席していた神騙が立ち上がり、僕の頬に片手を添える。

 まるで、時が止まったようだった──それほどまでに神騙は、そのはしばみ色の瞳で真剣に、僕の瞳を覗き込んでいた。


 それが、どれほど続いただろうか。一瞬にも劣るほんの少しだったかもしれないし、永劫にも勝る瞬間だったかもしれない。


「──見つけた」


 神騙の口から、零れ落ちるように発せられた一言と共に、至近距離にあった彼女の顔が離れる。

 それからパッと笑って、神騙は言ったのだ。


 僕の手を取り、キュッと握って。

 この世にこれ以上可憐なものは無いんじゃないかと、そう思わせられるほどの笑顔を綻ばせ、


「初めまして、きみの前世の妻です。どうか今世でもよろしくね」


 なんてことを。

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