幻栄

荘園 友希

廃墟のとある悪戯

私はどこかで囚われていたのだろう。精神的にそして肉体的にとらわれていたのだろう。今でも思い出したくない。それは半年前の私で今にも続く苦痛の日々である。


八月

 私は写真を撮るのが趣味で大学生になると同時にバイクの免許を取って親に借金をしてバイクを買った。一度はスポーツタイプに乗りたいと思っていたけれど今思えばアメリカンで悠々と走るのもいいなと思い始めていたころである。

 とある温泉に廃墟群があると聞いて私は北へとバイクを走らせた。前傾のつらい車体で長距離には不向きだったがそれなりの速さで現場に到着するのとツーリングをする喜びは格別なものだと思う。

「ふぅ、やっと宇都宮かー」

東京から宇都宮も腰が爆発しそうなくらいには痛くなる。これでカメラバッグも持っているのだから余計に腰への負担は増す。朝六時に出てきて今九時だから三時間程度走ったことになる。当時の私は精神的に幼いからバイクなんて身を出した乗り物で飛ばす気にはならず法定よりちょっと出したくらいだった。これがまた悪くて、一度直線でスピードを出した事があるがあれはあれで楽でいい。空気が体をふわっと持ち上げるように上半身が風を受けて体が軽くなる。宇都宮で軽い休憩と軽い食事をとったら現地まで急いだ。

 現地についてみると思った以上にさびれている。

「うわーこれはひどいな…もう少しましだと思ってたんだけど…」

早速廃墟群の入り口で写真を撮ったが普通に営業しているところも含めて廃墟にしか見えないありさまだった。特に西側が顕著で廃墟化が進んでいるようだった。近くの駐輪場にバイクを止めて廃墟を背景にバイクと写真を撮る。その時何かが私の中で泡立つように文字が浮かんできた。

‐こっちにおいで、あっちにおいで‐

気味が悪いがこの手の話はよく聞くし、そんな経験もしていたからただの悪霊の塊だろうと思っていた。

 一つ目の廃墟。エントランスのガラスは割られていて、雨が入ったのだろう。水たまりができていた。廃墟とはいえ人の所有物なので入ることができない。だから私たちは裏口や、従業員通路にうまく抜けてもぐりこむのだけどマナーが悪い人は一定数いてドアをけ破って入る廃墟マニアがいる。これは当然器物破損だし、よほどの廃墟でなければ通報されるのが関の山だったが結局警察が着くころにはすでに逃げているのでイタチごっこだった。

「ここにも窓の破片が、これはよっぽどの台風かなんかにあったんかな」

ガラスの破片はエントランスの中央部まで来ていて、もしかしたらこれは割られたのではなく管理が悪かったせいで割れてしまったのかもしれない。特に川側はひどく割れていた。エントランスのガラス戸は人が入れる程度にしか割られていなかったのでおそらく天災で何かあったんだろうと推測する。

‐シャリン、シャリン‐

ん?何か金の音が聞こえた?私は耳を澄ましてもう一度耳を立てた。

‐シャリン、シャリン。こっちおいで、あっちにおいで‐

さっき写真を撮った時と同じ言葉だ。声が聞こえると同時に大きく風が吹いた。思いっきりガラスの破片が飛び、また吹き抜けになっている上のガラスが割れて落ちてきた。

「危ない。なんかがいるのはいつもあることだけどこれは超常現象かなんかじゃない?」

突然体が冷たくなって震えそうになる。まだ八月なのにこんな事ある?

気味が悪くなって一棟目は早めに写真を撮って外へ出た。外へ出るとともに私の前でよくわからない現象が起きた。

‐サララー‐

ふっと思い気が付くと今いたはずの建物が消えていたのである。そんなはずないと思った私はカメラの画像をみて確認する。確かに撮れている。きっと幻想かなんかを見ているんだ。そう思った。

 二棟目、かなり年期の入った建物で老舗旅館だったに違いない。私は通用門を探すといつもだったらよじ登るのだけど扉が開いていた。

―サララ‐―

という具合に風が中へと誘う。私はされるがままに中に入る。エントランスにつくと今度はどこも壊れていなくて、電気がついていない程度で手入れをされているような建物だった。

「これじゃ廃墟というにはきれいすぎるな…」

私は来たからにはと思いしぶしぶ写真を撮り進める。客室のほうは手つかずのようでなんだからいろんな用途に使われていたらしい。それは宿泊施設のような、ラブホテルのような。いたるところに結んだコンドームが落ちていることから廃墟になった後も若者が集まるのに使っていたらしい。どの部屋を開けても同じようなありさまで、少し埃くさいような生臭いような最近まで使われていた形跡が見られた。廊下は中央に通っていて両端に部屋がある。当然片側は道路と山に面していて景色もへったくれもない宿としては失敗作だった。珍しい光景だなと思い、写真を撮りためていく。するとまた私の頭の中に音が聞こえだした。

―ここはどう?いいところだった?―

今度は文字情報じゃなくって少女の声が明瞭に聞こえた気がした。そしてまた気が付くと私は一階にいて、それも建物がなくなっていて川に面した荒地に私一人がポツンと立っている状況である。

「??」

何が起きているのか私は処理ができなくて街を見渡す。さっきいた場所が今度は戻っている。つまり私のいる建物以外は建っているのだ。神隠しの逆か?これは建物隠しなんだろうか。そうなると興味がわいてきて何棟もわたり歩いた。そのたびに写真に収めた建物は消えていて気が付くと私は一階部分に降りていて、建物はなくただ川を眺めているのだった。そして毎回毎回少女の声は大きくなっていっていろんな言葉が聞こえるようになってきた。

―あっちは楽しいよ―

―こっちもいってみたらいいよ―

―あっちにいってほしーな―

といった具合でどんどん北へ向かって写真を撮って歩いていった。

「北側最後!よししっかりため込んでいこ!」

私は恐る恐る最後のホテルにたどりついた。が今度はどこの鍵も施錠されていて入る事が出来なかった。かといってよじ登るための通用門的なものもなくて入るところがなかった。周囲を回ってよく見ていると何か不思議なたたずまいをしている。まるで幻想を見ているような。廃墟としてはあまりにも美しすぎる。川辺によって外から中を見るときれいに割られたガラス、きれいに待ったガラス片。周囲は老朽化してところどころ塗装に限界がきている。ホテルの看板こそとられているが壁に残っている取った後で察しがついた。

「大沸円…」

箱根の有名地をもじったような、そして確かに何かがわいているようなそんな感じのネーミングだった。

―さぁ、こっちにおいで、入り口をおしえてあげる―

また風が吹きサラサラというガラス片が飛ぶ音とともにエントランスへと誘われた。すると自動ドアがあいた。

「え、うそ…」

私が見たこれは現実ではありえない。内装は完璧で掃除も行き届いているさっき外から見た廃墟の雰囲気とは違い、モノが生きているのである。しかしおかしいのはこれだけではない。人が犇めきあっているにもかかわらず無音で人々は止まっているのである。美しい木のしつらえのエントランスのカウンター。目の前に川の景色がうかがえてところどころで温泉が湧いているのか湯気が見えるカフェ。そしてどこにも人がにぎわっているのだ。動かないけど、そこに確かにいて、それは奇妙だけれど私の創造する廃墟の完璧な形なのだった。

 思えば数年前廃墟を撮りに行こうと決心したのも廃墟が廃れているから美しいのではなくて廃墟を通してうかがえる人の営みを想像することが楽しかったのだ。エントランスは人でにぎわっていて、風呂に向かう家族がいて、時にはプールで遊ぶ子供たちがいて。そんなものを想像できる、妄想の世界に浸れる廃墟が私を惹きつけるのだった。

 今はそれが完璧な状態で再現されている。

―ふふふ、わたしたちの街でたのしんでくれたかしら―

―たのしんだにちがいないよ―

今度は男の子の声も聞こえてきた。彼らはずっと会話をしてきたに違いないと私はなぜか断言できた。いつも話かける一方で私からは一言もしゃべることができなかったからだ。なのにいつも彼女はしゃべっていた。

 そして気づくとまた一回に降りてきていた。しかし今度はいままでとは違って一本の通路が私の目の前に現れた。これはわたれという事なのだろうか

―こっちへおいで、あっちへおいで―

―さぁ―

この手の霊感には強かったので私は言われるがままに行くと何か私の望んでいるものが手に入るのだろうとおっかなびっくりだがそう思っていた。私は通路を渡ると。今度は川の頂上。ちょうど温泉が湧いているところに立っていた。そこには赤い鳥居がいくつもあって途中で曲がっているため奥に何があるのかはわからない。きっと何かに連れてこられたのだろうと高をくくっていたのは間違いなかった。そこからが私の判断ミスだった。

 鳥居の奥に行くと小さな社が見えた。小さな地蔵がおいてあって金がサラサラと軽く重石がなでるように触れていた。この音は最初に聞いた音に違いない。きっとこの音につられて私は来てしまったんだ。社を見ていると両隣から人が現れる。黒いワンピースを着た小さな男の子と同じく白いワンピースを着た女の子だった。

「どうだった?私たちの街楽しめたかしら」

「楽しめたよ。あれだけ写真を撮っていたのだから」

「っえ…」

やっと私は声を出すことができた。

「どう?たのしい?」

「どうって…あなたたちがこんなことをしたの」

「私たち?あなたが望んだんでしょ?」

そうだけど。でも私が望んでいたものに変わりはないのだけれどそれがジオラマのように再現されていたのだとしたら興ざめだった。

「あなたはね、これから一緒になるの」

一瞬なんのことかわからなかった。

「土地神様もお許しになられるよ」

男の子がそういうと手を差し伸べてきた。

「ちがう!私はこんなところに来たんじゃない!」

そういうと走って鳥居をくぐり抜けた。男の子と女の子は私と同じ速度でついてきてたまに私の横に現れては言葉を発した。

「ねぇ、土地神様がお呼びだよ」

「そう、あなたはここに来た444番目。あなたは来るべきよ」

二人は私の頭の中に語り掛けるようで頭がガンガンうるさかった。

「ねぇ、どこに行くの?」

「君はどこにもいけないよ」

思えば鳥居をいくらくぐっても元あった温泉の湧き口に出ない。いくつか折れたけどこんなに道は遠くなかった。歩いて五分もかからなかったのにもう何分も走っている。

「いや!私はあなたたちとちがう!」

「なんで、こっちにくればたのしいよ」

「違うの!ごめんなさい!だから助けて!」

とっさに私は叫んでいた。すると二人とも目の前から消えて街の喧騒の中にいた。ふっと出たところは私がバイクを止めていたところ。街を改めてみるとどこの建物もにぎやかだった。


九月

 そんなことがあって私は写真を見るのもいやだったがこれは何かの体験談としてブログで記事にしたら話題になるかもしれないという個人的な承認欲求で軽い気持ちで記事を書いた。どこにもない廃墟を、私だけの廃墟を映したその写真たちは美しく儚かった。

 書き終えて数日、コメントがあるか見てみうとブログが奇妙な変貌をしていた。乗せたはずの写真の中に人がざわめいているのである。そして一言コメントがのこされいた。


―こっちへおいで、あっちへおいで―


 私はこのことを忘れないだろう。そして今自分が1999年にいる。2022年にいたはずなのにまだ温泉街は栄えていて、私はというと家に帰ろうとしたらちいさな頃の私が出てきて入ることができなかった。どこか私自身が浮いた存在になってしまって私の存在を誰もが許さない。そんな世界線に来てしまった。私はカメラを片手に写真を撮るが撮れるのは2022年の現在。そこに私はいないし、1999年にも私はいない。私は時空に縛り付けられてしまったんだ。そう気づいたのは2000年だった。ノストラダムスの大予言があった年、その年に私は深く暗い闇へと落ちていった。


 余談

 そのあとのことはあんまり記憶にない。しかし2000年を境にして私は現在に帰ることができた。今でも私は友達と大学に行くし、バイクで旅をする。けど廃墟を撮ることは二度となかったし、旅行の写真をせいぜいSNSに上げる程度でそれ以上の事はしなかった。

あの日を境に私の人生は変わってしまったのだ。私の人生は目まぐるしく彩り鮮やかだったがなぜか今もあの温泉街を忘れることができずあの日から誰に誘われても廃墟になんて行くことはない。私は大学を出ると一般企業に行かず院生になって過ごした。学士の時とは違う分野を選択して今はスピリチュアルな世界を専攻している。霊媒には会うことが増えたし、皆見えないというけれど私には確かに見ることができるのだった。

―シャララ、シャララ―

―こっちへおいで、あっちへおいで―

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幻栄 荘園 友希 @tomo_kunagisa

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