東京Re-survive

櫻木いづる

序章 出来損ない

 早く大人になりたかった。

 大人になれば、自由になれると思ったから。

 早く力を身につけたいと思った。

 そうすれば、自分の存在を認めて貰えると思ったから。

 けれど――。

 名家に産まれた瞬間から、運命は残酷だった。

 屋敷の中に、居場所はなかった。


 出来損ない――その烙印が、僕の名前の代わりだった。


 名家の生まれとして、持ち合わせておくべき〝才能〟。

 そのすべてを持たないまま、産まれてきてしまった僕は、家族からも――屋敷の人間からも見限られた。

「なんで、あんな子ができたのかしら」

「なんでも見鬼の才もないのでしょう?」

「剣技のほうもてんで駄目だとか」

 影で囁かれる蔑称。

 クスクスと鼓膜に滲み込む冷笑。

 そのすべてに反応したくはなかった。

 けれど残酷にも、周囲はわざと僕の近くで言葉という名の毒を吐き続ける。

「〝あの方〟のほうがなんでも出来たのでしょう?」

「堕ろしてしまえば良かったのではなくて?」

「そうね。……でも、その話はちょっと……」

 次々と吐き出される、毒、どく、ドク――。

 数多の毒が、僕の感覚を麻痺させていく。

 出来損ないだから、仕方ない。

 出来損ないだから、当然の扱いだ。

 そんな自己否定をどれほど繰り返してきただろう。

 言葉にならない声を吐いた。

 言葉にならない毒を自らも吐き出した。

 何回、何十、何百、何千と――否、数に数えられるような回数ではない。

 そうすることだけがまるで、自分の存在理由だと言わんばかりに――そうすることしか価値を自分自身に見出すことができなかった。


「僕は、出来損ないだ」


 誰に言うでもなく呟いていた。

 いつものように……当たり前だと受け入れていた。

 麻痺した心のまま、自分の殻を破る気力もないまま、僕はそうなんだと半ば言い聞かせていたその時だった。


「そんなことはないよ」

 

 不意に、囁くような声が聞こえた。

「そんなことはないよ」

 再び、言葉が響く。

 空間を奮わせる。

 優しい言葉が、耳朶を打つ。

「おまえさんは出来損ないなんかじゃあないよ」

「ずっと見てきた私が保証しよう」

 初めての肯定の言葉。

 初めての優しい言葉。

 ずっとずっと渇望していたその言葉に、虚ろだった眼に薄ぼんやりと光が灯る。

「ホント……?」

 姿なき声に問う。

「ホントに、そう思ってくれる……?」

「嗚呼、勿論さ」

 壊れた心が、ゆっくりと寄せ集まる。

「僕のこと、必要としてくれる……?」

「勿論だとも」

 それが、神様でも妖怪の類でも構わなかった。

 今の自分自身を必要としてくれるのなら――なんでも良かった。

「お願い。僕のことを……――!」

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