BETABORE

判家悠久

episode.1 At Steam Punk

 まず、世界的流行病が始まった2020年の俺に言いたいのは、8年後にして、普通にライブハウスに通う事が出来るだ。

 世界的流行病は、ワクチン有りきも、推定全生物に感染した事で、自然免疫が出来たと、世界的保険機関が満面の笑みで答えていた。それだったら、大規模国家予算のワクチンはいらなかったのでは。今朝も相変わらず、政府糾弾とワイドショーは忙しい。


 この間で世界が猛烈に変わった事は無い。皆一様に、元の生活に戻ろうと、それのみになっている。

 ただ弊害はある。日本は廃れ行くノスタルジアのみが唯一とはつゆ知らず、観光立国を貫いて没落した。観光客はそれも飽きもするだろう。その結果、日本国の各社は、利益が少なくても、キャッシュフローがあればの自転車操業だったが、力尽きて野垂れる。

 日本国も住み難くなったかは、それは違う。俺の弁護士事務所としては、何かと示談と和解で、金銭で明快に落とし前を着けている。貧しても各人が交渉力を持てる事は、新しい光明があると言う事を日々窺い知る。


 俺日吉三十里は弁護士。曽祖父を通じての家業の跡取りになる。さぞやご立派だろうは、そこはやや違う。

 父は次男坊で、叔父である長男の弁護士事務所から、一定の依頼が溢れた案件を、次男の父である日吉兄弟弁護士事務所が丁寧にこなし、上りは至って呑気なものだ。と言う事で、ほぼ定時で上がれて、サラリーマンらしくもある。

 俺の唯一の趣味は、SNSから辿り着いたアイドルのライブ配信視聴になる。父からは、流行病最中は、感染予防でライブに行くの控えろと、何度も言われたのでそれを固く守った。


 コレクターとして、どのアイドルがダントツとはを語らせると、サンミリオン・フィーユの女性アイドルグループになる。コンセプトがよりアーティスト志向の為、未成年超えの女子がオーディションでセレクトされては、10人のボーカルリレーションにコーラスワークも抜きん出て、端末のスピーカーからでも上手さが分かる真の実力派だ。

 ただ彼女達のツキは、プレイングマネージャーであるかんなさんの節約癖で凋落する。

 サンミリオン・フィーユのはつらつさと躍進は、見る間に日本国内で総合10万フォロワーを獲得する。この勢いならばと、あの渋谷公会堂を押えて、リアルライブに有料配信ライブを敢行する。

 ここだ。レーベルから、Blu-rayの製作費用が出ていると言うのに、伝え聞いた話では、かんなさんが制作費を徹底的に抑えようと、入札で一番安い制作スタジオに決めたらしい。

 いや最新の機材ならば、プロアマ問わず、一定の画作りが出来るは筈も。70年代ロマネスクに傾倒した監督のお陰で、全てが俯瞰でアップが一切ない。

 そう、仮にもアイドルなのに、アップが無いで、リアルライブ参戦したファン以外からは。アップどうしたの大憤慨が起こり、返金活動が持ち上がった。それを運営が、これぞテイストとぴしゃりと断言し、ノー返金を貫く。

 その大事件で、総合フォロワーだけ見ると、活発なのは100やっとあるかの目を覆う状態に陥る。分かる。売れる寸前でついアートに走るアーティストが、どうしても苦手なのは、皆一緒だ。


 それでもメジャーレーベルならばは、それはCDが兎に角売れまくった90年代の幻想だ。既存CDの海外生産は円安から、極端に割高になり、サブスクリプションにほぼ置き換わった。

 それでも、配信利用料は入ってくるが、サンミリオン・フィーユの歌唱印税は、凋落もあって、推定計算上では月に2000円も行かない筈と、俺達コアな壁男子と言われるファンで情報交換される。

 それでも原盤制作費は、低価格の音響機材のAIコンプレッション化が進み、サブスクリプションへの提供はコンスタントに続いた。

 ただ、サンミリオン・フィーユはセンスを拘り過ぎた。所謂アイドルのEDM問題になる。印象を強くしようと、華美な音色で聞き手を魅了するが、あまりにそれが続くと飽きが来る。それで原点回帰すると、整合性なく楽曲が古臭いになる。

 サンミリオン・フィーユは、サバイバルに何としても勝ち抜こうと意固地になってはEDMに拘ったが、チャートは落ち続け、最後は音楽総合誌チャート300にすら入らない。

 活動は尚も、メンバー脱退が続き6人体制になって漸く、時流のガラージハウスフレームの第3次ブリティッシュ・インヴェイジョンに傾く。

 しかし肝心のビートがシーケンスグリッドで縦ノリがダサいと、やっとのリスニングコメントはそこだけだった。ここも、あのかんなさんが制作費をさらに削ろうと、AIコンプレッションに全任せし過ぎてトリートメントしてないからだろうと、壁男子は今も青い吐息になる。


 そしてサンミリオン・フィーユは、いよいよ自主レーベルに陥落し4人体制へと。それでも奮起しようと、EDMの倍音に負けない、胴鳴りのするバンド形態になったが、迷走にも程がある。

 その間に、唯一の救いは世界的流行病が去り。ライブハウスが全面再開された。そこで漸く、過去のサンミリオン・フィーユファンが集結するかだったが、もう20代を過ぎたアイドルには集結しなかった。

 それでもサンミリオン・フィーユは、世界不況で何度も名前の変わらざる得なかったライブハウスの一つ、渋谷駅南口のスチーム・パンクを拠点にし、真摯にアイドルからアーティストを目指している。


 ここでそもそも壁男子誰とはになる。20代後半俺若手弁護士日吉三十里、30代後半実質リーダーのマッチングアプリ:ボナンザ社長明石内匠、40代前半敏腕音楽プロデューサー富永羊山、30代前半中堅アパレルブランドDove & Crownのチーフデザイナー川端界磁の4人。

 接点はまるで無いが、世界流行病から解禁されたゼロデイ以降の、ライブハウス:スチーム・パンクで、皆と出会った。

 この4人、何れも180cm以上で被り付きに居ようものなら、折角の新規ファンの邪魔になるので、常に見渡せる最奥のホールの壁に佇む。

 ホールはやや照明が付いているので、いつもいる俺達に対して、ステージのメンバーから、この立ち振る舞いはどうかなの思惑が来ると、視線が合い、俺達はグッドサインで返す。

 そして俺達壁男子は、何時からか、スチーム・パンクのドリンクスタンドで意気投合し、それぞれ立場は、おおと称賛になるも、サンミリオン・フィーユの箱推し有りきの結束は揺るぎなかった。

 壁男子といると、やたら盛り上がるし、何より身長が図抜けているので、何かとサンミリオン・フィーユのメンバーが挨拶に回って来る。それは3年前なら、絶対あり得ない光景だった。



 そして、毎月末土曜の単独公演、今日はとても寂しいものになった。サンミリオン・フィーユの最後の曲前で、改めてのリーダー水城敬がアイドル時代以来の笑顔が訪れる。


「ええと、サンミリオン・フィーユの活動ですが、今日が最後になります。それと言うのも、日本国のマイ・シリアルのマリッジアプリ有りますよね。来年9月迄にマッチングすると、一人それぞれに100万円の結婚資金給付されるあれです。最初は、お金、割り切ろう、えい結婚しちゃおうでしたけど、これが思った以上に運命の方だったので、結婚します。ああ、ここ、メンバー全員でして。当分家庭に入るのならば、流石にサンミリオン・フィーユの活動は難しくなるので、無期限活動休止になります。解散では無いので、決して私達の事忘れないでくださいね。以上、ご報告でした」


 いや、おめでたいのだろうけど、思い入れの強い最後の曲が全然入って来ない。何で結婚なんだよ。

 そして幕間に入って、定石のアンコールの筈も、そう言う時代だよねとファン皆が逡巡し、誰一人アンコールの声を上げる素ぶりが無い。

 ここで、壁男子リーダー明石さんが、しゃがれた声でアンコールと叫び、皆がお付き合い程度にクラップに入った。

 間も無く、サンミリオン・フィーユのメンバーが神妙に、オリジナルTシャツを着ては、それぞれが39鍵シンセサイザーに向かい、ボトムの深い曲を披露する。新解釈したニューウェイブテイスト。悪くない。いや、それでも頭には入って来ない。

 現メンバー4人、歌えるメンバーが残って、それは鍵盤も弾けようが、バンドに拘ってたのはなんだったのだろうか。それは迷走もしようかだ。そして今日は、消化しきれない夜となった。

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