29/去っていく月





 繰り返すように、価値観というのは人それぞれだ。


 誰一人だってまったく同じ人間なんかいないように。

 誰かにとっては大事なものが、誰かにとってはありふれたものでもある。


 久方ぶりの夢の旅路。


 それは甘い香りが引き起こした、仄かな記憶の残滓――――










 ◇◆◇










『――――♪』


 微かな音色に意識が浮上する。


 どこか楽しそうに響く声。

 さらさらと髪を梳かすような暖かさ。


 いずれにしろ大切な感覚が充満した部屋の空気。


 ……ぼう、と目を開けてみる。


 見ればその人は鼻唄なんて歌いながら、彼の頭を優しく撫でていた。


『――姉さん……?』

『ん、起こしちゃったか』


 ごめんごめん、なんて彼女は謝る。

 それを彼は寝ぼけ眼のままぼんやりと見詰めた。


 後頭部にはソファより固く、床より柔らかい弾力。

 視界には山がふたつと姉の顔。

 背景にはどこか見覚えのある天井の模様。


 そこまで把握して彼はようやく確信した。


 現在、絶賛姉の膝枕を堪能中ということらしい。


『おはよー彩斗。また作業部屋アトリエで寝ちゃってたよ、もう』

『……そっか、ごめん……』

『良いよー。でも気を付けてね。もっと体調崩しちゃうよ』

『うん。気を付ける』


 謝りながら、そっと瞼を閉じる。


 眠気に襲われてではなく、不意にやってきた眩暈を抑えるため。


 光の遮断された闇の中で目玉だけがゴロゴロと転がっていく感覚。

 脳みそごろ揺らされたみたいな気持ち悪さは払うのにも軽くない。


 時間にしておよそ五分ほど。


 ようやく落ち着いてきた症状に、ほっと息を吐いていま一度瞼を持ち上げた。


『大丈夫?』

『うん』

『ほんとに? 無理してないー? 無理は禁物だよ?』

『……してないよ』

『よし、お姉ちゃんとの約束だからね! 無理しない! ね!』

『……しない、しないよ。別に』


 こうやって会話をしている間も、彼女は頭を撫で続けていた。


 その手は一向に止まる気配がない。

 ともすれば摩擦で髪が焼けるまでやられるんじゃないかという弛みの無さ。


 果たしてそんなに良いものかな、と彼は苦笑する。

 されてばかりの少年にはそのあたりよく分からないのだ。


『起きるの? あ、おやつ食べよっか! さっき作ったんだー』

『……いま、何時ぐらい……?』

『十五時半! ちょうどおやつ時だよ、どう? 彩斗、甘い物好きでしょ!』

『それほどは……でも、ちょっとだけなら食べる』

『そっか! 待ってて、持ってくるから!』


 彼が上体を起こしたのを見届けて、姉はとててーっと小走りで去っていく。


 寝転がっていたのはリビングのソファだった。

 彼女が運んでくれたのだろう、意識を失った作業部屋アトリエではない。


 ならばちょうど背中側に食卓があって、その向こうにはキッチンがあるはずだ。


 作ったというのならそのあたりに置いていたのかどうか。


 そう時間の開けずして、彼女はお皿を片手に戻ってきた。

 その上にはなにやら色とりどりの小さい焼き菓子が並んでいる。


『はい、どーぞ! いや初挑戦だったんだけどね! 上手く出来たんだよ!』

『……なにこれ?』

『マカロン! 知らない? 美味しいよー、ほらほら口開けてー』


 言われるがままに少年はパッと口を開いた。


 そこに羞恥も戸惑いも一切ない。

 まるで躾られた犬みたいな従順さ。


 餌を待つ雛鳥のように焼き菓子が突っ込まれるのを待機している。


『はい、あーんっ』

『あー……、ん……』

『どう? 美味しいでしょ!』

『……うん、美味い』

『そっかー、そっかー! お姉ちゃんの手作りは美味しいかー! よしよーし!』

『…………、』


 もむもむと咀嚼する彼にぎゅーっ! と抱きつく六歳年上の姉。


 そのまま頭を撫で撫で、ほっぺたをすりすり。

 肩までぐいっと密着して、髪に耳に頬にと止め処なく唇が落ちてくる。


 彼女の心はただひとつだった。


 〝私の弟の可愛さマイ・ラブリーエンジェルは世界一彩斗たんナンバーワンィ!〟


 もう触れても触れても足りない。

 満ちてはくれない、恒久的に不足している。


 なにがと訊かれると、もちろん彩斗成分アヤトニウムが。


『んふぅー! 彩斗ー、彩斗ー! 彩斗はどうして彩斗なのー!?』

『……言ってる意味が分からないよ、姉さん』

『私も分かんないかな! でも良いの! 彩斗がいるだけでお姉ちゃんは幸せです!』

『……そっか、良かった』

『なら私も良かったっ!』


 ぺかーっ、と満面の笑みで彼女が肯定する。


 不安も悩みも吹き飛ばす翳りのない眩しい表情。

 太陽みたいな輝きはそれこそ彼にとって姉の象徴だった。


 節々の痛みも頭蓋に走る激痛も、その笑顔ひとつでどうでも良くなるほど。


『……ん、もう良いかな……』

『ありゃりゃ。まだ二個しか食べてないのにー?』

『……これ以上食べたらたぶん吐いちゃうよ』

『……そっか。――じゃあ、あとはお姉ちゃんとお父さんで食べちゃうね!』

『…………ん』


 小さく頷いて、彼はゆったりと立ち上がる。


 ……と。


『わっ』

『彩斗っ!』


 ゴトン、と膝から思いっきり崩れ落ちた。


 勢いよく倒れそうになったのをすんでのところで彼女の手が掴む。


 ビックリして、パチパチと目をしばたたきながら――視線は足のほうへ。


 恐る恐る見てみると、これが不思議と何事もない。

 驚きの原因は痛みによるもの。


 あまりの衝撃に、足が千切れたかと思った。


『だ、大丈夫? 怪我は? やっぱりまだ休んでおいたほうが――』

『……いいよ。ちょっとふらついただけ。もう平気』

『で、でもっ!』

『平気。……絵、描いてるから。夕飯になったら、教えて』

『あっ、わ、私も! お姉ちゃんも一緒に行くよ!? というか行かせて!』

『……別にそんな』

『心配なのっ! もう! 彩斗そういうところニブチンなんだからっ!』

『…………、ごめん』


 ぷんすか怒る姉に抱えられてお姫様だっこリビングを出る。


 作業部屋はそう遠くない。

 廊下を少し行けばすぐに見える程度の位置。


 彼の父親と姉が共同でノリノリのままつくった自宅内彼専用スペースだ。


『さっきも言ったけど、無理はダメだからね。絵だってそこそこにしないと……』

『……描いてないと落ち着かないんだ。それに、色々と紛らわせておけるから』

『色々ってなにー! お姉ちゃん許さないからね! 彩斗の健康第一だよ!』

『……もう健康とは言えないよ、姉さん』

『そ・れ・で・もっ! 大事なものは、大事なのっ!』

『…………、』


 彼女の言い分は分からなくもない。


 けれど彼にだってそれなりにワケがある。


 普段の日常生活は慣れ親しんだ痛みとの戦いだ。

 少し気を抜けば息をするのも手足を動かすのも辛い日々。


 そんな中で唯一安らげるのはキャンバスに向かっているとき。


 筆を握って、無心で手を動かして、油の匂いに包まれながら絵を描いているときだけが他のなにも感じないほど没頭できた。


『……寝る前、結構出来上がってたんだ。だから仕上げたくて』

『またそんなこと言って!』

『……お願い、姉さん』

『――――ちょ、ちょっとだけだぞっ、ちょっとだけ!』

『……ありがとう』

『――――この、可愛い顔を卑怯に使う奴めぇ……! ふわりと笑う彩斗はもう、あれだからね! 国際条約で禁止したほうが良いと思う!』

『……なにそれ……』


 激痛の伴う歩行も自然とできる。

 曲がらなくなった指だって気付けば曲がっている。


 なにかが起きているのかも知れないが、医者からは「ありえないこと」としか聞かされていない。


 要因としてはおそらく心的なものとかそこらとかだろう。

 その道の専門家ではない彼からすれば詳しくは分からない。


 どうでもいい。


 ただ、生きているうちにこの胸のモノは吐き出しておきたかった。


『そういえば今の絵、タイトルとかあるのー?』

『……うん。最初から決めてた』

『え、なになに! お姉ちゃんに教えて、彩斗!』

『〝陽嫁はるか〟』



『――――――……、』



『それが、今度のタイトル。……だから、楽しみにしてて』

『――――うんっ! すっっっっごい、楽しみにしてるね!』


 奇しくもその絵が最後の作品になった。

 あとほんの少しを残して未完となった一枚。


 古い記憶の心残りといえばほんとそれぐらい。


 完成間際のなにかを悟った彼は、事あるごとに感謝と笑顔を家族に振りまいていた。

 だからこそ過去は引き摺るものでなく、時の流れに薄れ行くもの。


 幸せな記憶は幸せなまま蓋をされる。


 いつまでもどこまでも。


 大事に仕舞って鍵をかけて、錆び付いても風化しないように――










 ◇◆◇










 そうしてようやく、肇や渚にとって大事なはやって来た。


 意図的に遮断された無言の空間。

 静けさの中に響く物音はいやに大きい。


 コチコチと秒針を鳴らす黒板上の掛け時計。

 時たまわずかに起こる誰かの衣擦れ。

 ガリガリと曖昧に重なって走っていくペンの音。


 試験会場は如何にもそれらしい雰囲気に包まれている。


(――――……)


 一足早く辿り着いた星辰奏学園原作舞台の教室。


 そこに肇が感じたコトと言えば――まあ、広いなという率直な感想だけ。

 見覚えがあるワケでもないし、どこか不思議な感覚があるのでもない。


 思っていたよりも呆気ない接触で。


 そしてなにより、思っていたよりもやれるものだった。


(……意外と分かってありがたい……)


 淀みなく解答用紙を埋めていく。


 去年の春先から続けてきた勉強の成果だろう。

 時折悩む問題こそあれまったく答えられないものはない。


 空白の答えは一切なし。


 今までの知識を総動員すればなんとかなった。

 七割がマークシート方式だったのが非常に救いである。


(国語は最高、社会もそこそこ。数学だって問題なし。いや、調子いいな――)


 試験前の緊張はどこへやら。


 手を動かし始めると肇の集中は酷く高まった。

 昔から根付いた作業への没頭癖だ。


 絵を描かなくなって久しく無かったそれがここ一番で発動したのは……少なくとも悪いことではないと言える。


 結果、午前の教科は無事終了。


 不安も吹き飛び晴れやかな気持ちで昼食と相成った。



「あぁあ……やっと半分……」

「おーい、誰か一緒に食べよう!」

「敵と一緒に飯食えっかよ……」

「てかあれ、国語めっちゃむずくない?」

「たぶんあたし筆記だったら死んでたわー」

「あぁぅお……最悪……時間足りなかったぁ……!」



 周囲の喧噪は悲喜交々。


 頭を抱えて机に突っ伏す者もいれば、コンビニの袋片手に意気揚々と声をかける者もいる。


 気の張った入試における唯一の半自由時間だが……安らげるかどうかはまた別。

 なんなら特別な日に食べるご飯はちょっと喉を通りにくいまである。


 が、そのあたり肇はてんで気にしていなかったのか。


(……よし。俺も弁当、弁当……っと)


 ごそごそと鞄の中を漁ってお目当ての昼食を取り出す。

 忙しい母親がこの日のためだけに早起きして作ってくれたお手製だ。


 ガンガンに隈のできた顔と血走った眼で「受験ッ! 頑張れぇッ!!」と親指を立てながら見送ってくれた姿が記憶に新しい。


 なお本日は有休消化で半休のため即座に爆睡したとか。


 証拠は父親からのメッセージで『うちのママ倒れてて草。ファイト、肇』と写真付きで受け取っている。


「なぁなぁ、あんた――」


 と、不意に後ろから肩をトンと叩かれた。


 振り向けばなんともまあ凄まじい。

 トンデモないレベルのイケメンが、爽やかフェイスでエンジェルスマイルを放っている。


「? どうしたの?」

「折角だし昼メシ一緒しない? ほら、席近いしさ」

「……ん、良いよ。俺もちょうどひとりで寂しかったんだ」

「こっちもだよ、よろしく。……あ、名前は?」

「水桶肇。君は?」

海座貴かいざき三葉みつば。好きに呼んでくれ」

「そう、海座貴く――――」


 ――海座貴、三葉。


 あれ、ちょっと待てよ、と。

 そこで肇の思考はちょっとガコンと何かに引っ掛かった。


 レールの上に置かれた石みたいに、淡く記憶に触れるところを感じる。


 目の前の少年は彼と同年代の美男子だ。


 髪は紅葉を思わせる赤色で、瞳の色はビー玉みたいに綺麗な青。


 前述のとおり容姿は酷く整っている、いや整いすぎている。

 パーツひとつひとつがとかそういうのではなく、纏う雰囲気からして段違いのような完成度の高さ。


 今更ながら遠巻きに女子陣営がチラチラと窺っているのも目についた。



「――――あ」

「……あ?」



 薄らと覚えていた記憶のフィルターが重なる。

 数にして言えば二度目の感覚。


 ……間違いない。


 彼の記憶が狂っていなければ確実にそうだ。


 この男――――攻略対象ヒーローである。


「なるほど、たしかに……」

「……あー、水桶くん……?」


 イケメンだ。

 それはもう超絶イケメンだ。

 これ以上ないぐらいのイケてるメンズだ。


 比良元某が足下に及ばないぐらいの格好良いの体現者である。


 肇はぐるんっと椅子を後ろに回転させて、その男子――三葉と向き合った。


「どうぞ宜しくお願いします」

「え、なに急に……」

「なんとなく伝えておこうかなって。うん、是非とも頑張ってほしい」

「頑張れって……独特な人なんだな、水桶くん……」

「クラスメートによく〝クソボケ〟とは言われる」

「シンプル悪口じゃないかそれ」


 もぐもぐと箸を動かしながら益体もない会話を繰り広げていく。


 気分はちょっとした有名人に会ったようなものだ。


 この場に渚がいないのが本当に惜しい。

 彼女は別の教室かいじょうで食事中。


 肇が初対面の男子とおかしなやり取りをしているとも知らず、わりとテスト簡単だったな……なんて余裕でおにぎりを頬張っていた。


「それより試験どんな感じだ? 今のところ」

「結構いけてる。全部書けてはいるし。でも満点はないかなー」

「……いや試験で満点なんて取れないだろ、普通」

「俺もそう思ってたんだよ……あの頃まではね……」

「??」


 ふっ、と遠い目で薄く微笑む肇。


 さながら菩薩の如き表情。

 悟りの極致に身を置いた少年に、さしものイケメンもたじろいだ。


 そう、普通は満点なんてありえない。

 どんな試験だろうと分からない問題、小さなミスはあって当然のこと。


 それを軽く飛び越えるようにして五教科オール百なんて取った暁には人外認定もしたくなる。


 ……という電波が飛んだのか、別の教室では「へくちっ!」と誰かさんヒロインがくしゃみをしたそうだが、それはともかく。


「水桶くんって頭良いのか」

「星辰奏受ける人は大体頭良いと思うよ?」

「……三学期の期首とか、いくつ?」

「五教科で四百九十八点」

「人外だな」

「えっ」


 それこそだった。


 たしかに学内では他者を寄せ付けないぶっちぎりのトップである。

 だがその裏で肇以上のとんでもない点数を叩き出した怪物がいたのだから仕方ない。


 自分が人外だというなら彼女は一体なんになるのだろう。


 もはや生き物ではないのか、惑星とかそこらか。


 遠い教室では「くしゅっ! ……風邪気味……?」なんて声が洩れている。


「……にしても水桶くん、珍しいな」

「? 珍しいって?」

「いや、ここ受けるの金持ちが多いから。ご令嬢とかご令息とか。ほら、周りの奴等もこっち見てるだろ。興味あるんだよ庶民に」

「ごめんそれ絶対勘違いだと思う。見られてるの俺じゃないよ間違いなく」

「そうか?」


 あとそういうあなたも総合商社の跡取り息子では? とは言わないでおいた。


 どちらにせよ付き合いがあれば後々耳にする内容でもある。

 彼のほうから切り出さない手前、わざわざ口にする必要もないかと。


「ねぇいま水桶肇って……」

「聞いた。私、去年の秋の風景画コンクールの作品覚えてる」

「え、うそ。受かったら同じ学校なんすか? まぢ……?」

「こ、声かけてみようかな……っ」

「やめとけやめとけ。いいか天才画家って大体ロクデナシのやべー奴だぞ。歴史が証明してる」

「すっごい偏見はやめときなさいって」


 ちらり、と三葉は視線を往復する。


「ほら」

「――え?」

「いや聞いてないんかい」

「……あれは美術関係じゃないかな? 絵、いくつか受賞したから」

「それは……まあいいか。好きなのか? 描くの」

「そこそこ。暇があったら、ぐらいかな」

「へぇー……」


 実際固まって彼の噂をしているのは芸術ソッチ系の人たちだろう。


 他の受験生は大抵肇の眼前に座る三葉イケメンに視線を向けている。


 家柄ヨシ、見た目ヨシ、性格も攻略対象なのでおそらく問題ナシ。

 これ以上はないぐらいの優良物件だ。


 なるほどこれはモテるだろうな、というのが分かってくる。


「……ま、とにかくお互い頑張ろう。水桶くんは余裕そうだけど」

「そんなことないって。必死に勉強したからやれてるだけで」

「ちなみに勉強は?」

「嫌い」

「それはよかった。うん、ヤバいタイプの天才じゃなくて」


 そうして肇の認識では初となる攻略対象との接触は終わった。


 昼食が済めばあとは午後の二教科を残すのみ。


 理科と英語。

 そこを乗り越えれば晴れて自由の身。


 よしと気合いを入れて、彼はいま一度ペンを握り直す。


 気分は良い。

 達成感は十分にあった。


 肇はスラスラと、変わらず問題を解いていく――





 ◇◆◇





 かくて試験は終わりを告げた。


 あとは合格発表の日を待つだけ。


 過ぎたことは変えられない。

 嘆いたところで意味もない。


 泣いても笑っても結果は結果である。



 ――――が、その前に。



(もうそろそろホワイトデーだ)


 三月上旬。


 受験生にとってはまだ合否判定も出ずに悩み苦しむ忙しない時期。

 来たるべき運命の日を前に、肇は調理場キッチンへ立っていた。


 星辰奏学園の発表日は三月十七日。


 その三日前はちょうどいつぞやのお返しをする番だ。


 なんの因果か今年は少し多めにお菓子をいただいた肇である。

 中には凝ったものを渡してきてくれた女子もいた。


 ならばこちらもそうそう手は抜けない。


(手作りが良いかな……自宅療養ぜんせでアレのとき、調子が良いと何回か作ったっけ。まあ姉さんには凄い顔ム○クの叫びで止められてたけど)


 今でも思い出せる爆笑モノのリアクションにくすくすと笑いながら、うーんと顎に手を付いて考える。


 現在の両親の都合で料理に関しては技術もそこそこな彼だ。

 あまり本格的すぎるコトは難しいとはいえ、大抵はやって出来ないコトもない。


 ならばこそ、とくにコレといった理由もなしに選んだのは――



「……そうだ、アイスボックスクッキーにしよう」


(前世でも何回か挑戦したしね)



 うんうん、と頷く前知識ゼロの処刑人。




 ――まさかそれが数人の乙女心を粉々に砕く圧倒的純粋な暴力だと、肇は知らなかった。


 中学生女子の淡い恋、ここでクッキーの如くぼろぼろと砕ける――





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