2/かわいいヒロインちゃんです
銀に輝く渚の恋歌――というゲームがある。
ジャンルは女性向け恋愛シミュレーションゲーム。
俗に言う乙女ゲー。
舞台は大きな学園、そこに入学した
特にこれといって突飛な要素も少ない、至って普通のシンプルな物語だ。
「……水桶くん?」
「――――、」
目の前にいるのが――勉強を教えてもらったのが、その主人公だった。
肇はちょっと混乱した。
端的にいって訳が分からない。
掘り起こした記憶が確かであれば、前に彼はその作品を遊んだコトがある。
一緒に住んでいた姉に勧められてのコトだ。
流石にゲーム内容までは詳しく覚えていないけれど、何度かスチルで見たキャラクターの容姿ぐらいならしっかりと思い出せた。
(優希之、渚……――)
銀の髪、紫の瞳、赤縞のカチューシャ、黄色いリボン。
どこかで見たような、と引っ掛かったワケを今更ながら理解する。
名前はもちろん容姿だって現時点でそう変わりない。
不思議なコトに平面と立体であるのに記憶の光景ともピッタリだ。
「……えっと。私の顔、なんかついてる……?」
「ご、ごめん。大丈夫、そういうのじゃなくて……うん、ちょっとびっくりして」
「え?」
「あー、だから、まあ。その、良い名前だなって」
「…………そう?」
「うん。俺はそう思う」
咄嗟に誤魔化しながらも、肇の脳内では恐るべき速度で疑問がわいていた。
何故、なに、つまりあれがこうで、それがどうで、なにがなんで。
いやでも俄には信じられないけど現実で、しかし到底ありえないコトで、でもありえないとなれば彼自身の状況がありえなくて――と、思考回路はぐるぐるぐるぐる。
「……なんか、それ、ナンパの台詞みたいだね」
「そういう意図はないん、だけど……?」
「私もそれで誘われる気はないから、大丈夫」
「そっか」
「うん、そう」
勉強を教えるために隣まで来ていた彼女がくすりと微笑む。
没個性的でプレイヤーの分身感が強いギャルゲーの主人公と違い、乙女ゲーの主人公は非常にかわいらしくデザインされ描かれている作品も多い。
かくいう渚もその類いの主人公だった。
攻略対象であるキャラと並んでも負けず劣らずの美人。
そこらのヒロインなんて目じゃないレベルで綺麗なのである。
(いや、実際こうしてみると、すごいな……破壊力)
一見した雰囲気がダウナーなものであるだけに、笑った顔は殊更絶大だ。
全然そういった感じでもないのに、肇の心臓が少し跳ねかけた。
乙女ゲームの
「……そういえばなんだけど」
「? なに」
「優希之さんは……どこ受けるかって、決めてる?」
「高校?」
「うん」
「一応、
県立星辰奏学園――件の乙女ゲームの舞台になる学園だ。
この近くでは有名で、一番大きく一番頭の良い進学先になる。
入れたらそれだけで将来安泰とまで冗談交じりに言われる超名門校。
ゲームはそこに主人公が入学したところからなので、つまり今は本編前。
なにもはじまっていない状況であるのだが……そこで彼女と出会ってしまった場合どうすれば良いのか。
ゲームでは名前も存在も一切なかった肇としてはやっぱりさっぱり。
「水桶くんは?」
「あ、俺も同じ。第一志望は星辰奏。……学力的にいけるか分からないんだけど」
「……だから勉強、してるんじゃないの?」
「あ、うん。そうだね。そうそう」
「…………、志望理由とか、あるの?」
「なんとなく」
訊かれて、すっぱりと。
なにかを隠したようでも誤魔化した風でもなく、そのまま返すように肇は答えた。
「なんとなく……?」
「そう。家族のコトとか、これからのコトとか考えたら、とりあえず良いところに行っておいたほうがいいかなって。ただそれだけ」
「……それでそんな、必死に勉強してるの?」
「やれるだけやっておかないと。それに実際、そこまで気負ってるワケでもないし」
「……そっか」
言いながら、彼の目はすでに手元へと戻っていた。
ひとつ壁を越えたからか、カリカリと淀みなくペンが走っていく。
そんな姿を気になったのか、ぼんやり渚は眺めてみる。
黙々と問題を解いている様子は先ほどと同じく必死といえば必死。
けれど言われてみればたしかに、鬼気迫るといったモノがあまり感じられない。
気持ち肩の力だって抜けているようだ。
なるほど。
それならまあ、彼の言う通りなのだろう。
「とにかく俺はそんな感じ。……優希之さんは?」
「……私?」
「うん。星辰奏選んだ理由とかあったりする?」
「……あー……まあ……、とりあえず……って感じかな」
「?」
「そのぐらいはまあ、私だってしても良いかなって思って」
「……俺と似たような感じ?」
「そう、だね。……先のことを考えたら、行っておいたほうが良いんだろうね」
視線を落としながら肯定する渚。
実際、入れるだけの能力があるのなら入っておいて損はない。
誰にでも門戸を開くというワケではないが故に、星辰奏はそれぐらいの
肇としても彼女の言い分は共感できて、十分理解できるものだった。
渚自身がどう感じているかは、また別として。
「でも、そっか。進学先は同じになるんだ」
「……ふたりとも合格できたらの話だけどね。そこ、違うよ」
「え、うそ」
「本当。途中で式、間違ってる」
「……計算は苦手だ」
はあ、とため息をつきながら肇はペンから消しゴムに持ち替えた。
学習範囲はあくまでまだまだ中学生のところ。
それですら悪戦苦闘なのだから、これで高校生にあがったらどうなるか考えたくもない。
経験があってもダメなものはてんでダメ、というのは辛い現実だ。
ろくな勉強をしてこなかった前世の知識はやっぱり役に立たず。
「……頑張って。私も頑張るし」
「……うん、ありがとう」
「だから、分かんないところがあったら訊いて。……私も水桶くんに訊くから」
「そうだね。そのぐらいは、はい。喜んで」
「……なにそれ」
変なの、なんて呟きながら渚はくすくすと笑った。
それにこてんと首をかしげた肇だったが、その反応がまたおかしくって口元をおさえる。
予感というか、直感じみたものがあるのならそのときだ。
不思議と彼女はどこか懐かしい、なにかの残影を見て――――
「…………ねえ」
「?」
「もしかしてなんだけど、君――」
言いかけて、やめる。
「…………いや、ごめん。やっぱなんでもない」
「……そう?」
「うん。……どっちにしたって、構わないし」
どうであれ変わることもない、とでも言いたげに渚は口を噤んだ。
その表情は先ほどと打って変わってどことなく沈んでいる。
探していた宝物を見つけたと思ったらそうじゃなくて、落ち込んでいる子供みたいだ。
変な話、肇にはその感情がなんとなく読み取れた。
何故だかは、さっぱり分からないけれど。
彼女のことは昔から、よく知っているような気がする。
……まあ
「優希之さん?」
「あ、うん。なに」
「えっと……悩み事でも、あるの……?」
「……ごめん、そうじゃない。大丈夫。違うから、安心して」
「そう……?」
「…………ちょっとした、自己嫌悪みたいなもの。……集中できないよね。頭、冷やしてくる」
言って、渚はそのまま席を立って扉まで走っていく。
肇がなにか答えようとする暇も、声をかける隙もない。
あっという間に教室を横切った彼女は淀みない動作のまま廊下へと出ていった。
トタトタと、壁を隔てて外から響く足音が急速に遠ざかっていく。
「…………?」
その背中を呆然と眺めて、肇はいま一度なんだろうと首をかしげた。
悩み事ではないというのなら原因は一体どこにあるのか。
自己嫌悪とは言っていたが、そうなった経緯がイマイチ彼には分からない。
……ああ、でも。
結局、彼女は――
(……なにが聞きたかったんだろう……?)
そんなことを思いながら、ペンを握り直す。
考えても答えは浮かんでこなかった。
当然の如く人の心なんて数学とは比べものにならないほど難解だ。
解き方も公式もないのだから手強いなんてものじゃない。
悩んでいたってきっと時間だけが過ぎていく。
仕方なく教材に視線を落として、肇は勉強を再開した。
……でも、ひとつだけ訂正。
比べ物にならないなんて言ったけれど、やっぱり数学は数学でそれなりに難解だ。
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