首なし姉妹の奮闘〜魔女の修行の次は、花嫁修行ですか⁉︎〜

南雲 皋

第1話 はじまり

 魔女の正装、漆黒しっこくのローブ。

 洞窟どうくつ最奥さいおうに位置する石造りの祭壇さいだんに、数多の術式じゅつしきが惜しげもなく編み込まれたそれを、二人の女性が丁寧ていねいに置きました。

 いくつもの魔法陣が複雑に絡み合った彫刻ちょうこくほどこされた祭壇には月の光が真っ直ぐに射し込み、オレンジとライトブルーの魔力をまとうローブを照らしています。

 ひざまずく二人の女性。二人共に首から上は存在しておらず、どこを向いているのか分かりません。身体や首の向きから推察すいさつするに、天をあおいでいるようでした。


宵闇よいやみ星芒せいぼうそらふち、我が魔力に混ざりてきざめ」

静謐せいひつ夜露よつゆてんて、我が魔力と溶け合い浸れ」


 二人の声が、独特の響きを持って洞窟内に広がります。同時にローブから一際大きな魔力が立ち上り、重たいはずのそれがふわりと浮きました。


「ネビュウ・ファリエ」

「シスビー・ファリエ」


 己の名を告げた二人の肩に、ローブが舞い降ります。袖に腕を通せば、それは血肉であるかのように二人の身に馴染なじみました。


「これでお前たちも一人前の魔女だな」


 パチパチと拍手をしながら、七色に輝く長い髪の女性が二人に近付きます。星空のように細かな光がキラキラとまたたくマーメイドドレスを身に纏い、とんがり帽子を被った背の高い女性に、ネビュウとシスビーは飛びかからんばかりに抱き付きました。


(やりました! やりました、ロフォーア様!)

(二人一緒に一人前になれるなんて、幸せだわ!)


 二人のローブは喜びに呼応こおうするかのようにひらひらと舞い広がり、見る間に大小様々な花の刺繍ししゅうを散りばめたロングドレスに変わっていきました。魔女のローブは変幻へんげん自在じざいなのです。


「あぁ、そうだな。念話ねんわのボリュームが大きすぎるのには目をつむってやろう。さて、一人前の魔女になったお前たちに教えておきたいことがある」

(教えておきたいこと?)

(まだ何かあるんですか?)

「お前たちの頭のことさ」

(頭!)

(頭!)


 二人は同時にロフォーアから離れ、自分の頭があるべき場所に手をてがいます。昔は、そこに頭がありました。二人の姉妹の、よく似た顔が。黄金色の、豊かな髪が。

 大事な頭はとある事故によって永遠に失われたはずでした。その頭についての話とは一体なんでしょう。二人はロフォーアの前で姿勢しせいを正します。


「魔女の婚姻こんいんのことは知っているな?」

(えぇ。魔女が、自分の唯一と思い定めた相手に己を紐付ひもづける最上級の儀式ぎしきでしょう?)

「そうだ。死を超越ちょうえつした魔女が、みずからの意志で再び死をその身に取り込む儀式。双方のいつわりのないおもいがなくては成功しない魔女の婚姻は、ほとんど奇跡みたいなものでな。結果として、儀式を終えた魔女の肉体は完全なものになる」

(完全なもの……)

(だから、頭も……)

「まぁ、首がない状態で魔女の婚姻を成功させたヤツなんて、未だかつていないからな。絶対とは言えないが、完全という言葉が明確に用いられる儀式も珍しい。期待はしてもいいと思うぞ」

(わたしやるわ! それに、およめさんってあこがれていたの。魔女でも純白のドレスを着てもいいのかしら? やっぱりダメなのかしら。赤と黒の結婚式というのも素敵だけれど!)

(落ち着いてお姉さま、わたし、大変なことに気付いたの)

(なぁに?)

(結婚って、お相手が必要なのよ!)

(まぁぁ! 本当だわ! どうしましょう、わたしたちと結婚してくれる人なんているかしら?)


 二人は向き合って、お互いの両手を合わせます。ネビュウとシスビー、この姉妹、魔女としての才能にはとても恵まれていました。

 本来であれば物心付いた頃から魔女に弟子入りしていなくては難しいところを、十歳を越えてから弟子入りして一人前になれたのです。

 しかし、花嫁としての才能はどうでしょう。掃除そうじ洗濯せんたく、刺繍などは魔法でなんとかすることができます。もし彼女たちの選ぶ相手が魔法の存在を否定するような人でなければ問題ないでしょう。

 けれど一つだけ、二人から完全に欠けているものがありました。


 料理です。


 魔女の魔法は万能ばんのうではありません。対象たいしょうを指定し、それが起こす現象げんしょうを正確に指示しなければ結果はともなわないのです。だから漠然ばくぜんと『美味おいしいカレーになぁれ』なんてつぶやいたところで、食材たちは少しも動いてくれません。


(首なしになってから、ご飯なんて食べていないもの!)

(料理なんてしたことないわ、どうしましょう!)


 二人はロフォーアの方を見ました。しかしロフォーアは、ゆっくりと首を横に振ります。


「お前たちが一人前になったら、私は旅行に行くって決めてたんだ。短くても半年は戻らないぞ」

(そんな!)

(花嫁修行は⁉︎)

「知らん。勝手にやれ」

(ひどいわ!)

(ひとでなし!)

「魔女だからな。まぁ、私の家にある調理ちょうり器具きぐ調味料ちょうみりょう、食材なんかは好きに使っていいぞ。半年以上も放置ほうちしていたらダメになってしまうからな」

(うう……)

(一体どうすれば……)

「せっかくだ、街に出て教えてくれる人を探してみたらどうだ。お前たちはもう少し、魔女以外とせっした方がいい。それに、今のようにこもってばかりじゃお相手との出逢であいもないぞ」


 ロフォーアからの言葉に二人の合わせた両手がにぎめられます。魔女にならなくてはと彼女に弟子入りしてから六年あまり、二人は魔女の里からほとんど出たことがありませんでした。

 確かにロフォーアの言う通りです。花嫁修行もさることながら、今のままでは結婚したいと思える相手と出逢うことすらできません。


(そうね、頑張らなくちゃいけないわよね)

(一人じゃないもの、大丈夫よ)

(えぇ、二人ならきっと大丈夫ね)


 こうして、二人の魔女の花嫁修行が始まります。

 彼女たちは無事に魔女の婚姻を成功させ、完全な肉体を取り戻すことができるのでしょうか?

 一緒に、見守っていきましょうね。

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