第5話 8

 閃光の中、飛竜がその口腔を大きく開くのが見えた。


 炎が膨れ上がっていく。


 シャルロッテは最後の一節を紡ぐ。


「――<純潔神像ディヴァイン・メイデン>ッ!!」


 それはすべての帝殻の並列励起の唄。


 閃光が巨像に収束して、純白の髪が真紅に染まり、長剣の透き通った切っ先から、真紅の光刃が空高く伸びていく。


 それを上段に振りかぶって。


輝けうたえっ! <帝殻励起ディヴァイン・ウェポン>――ッ!!」


 飛竜の爆炎咆撃が放たれる。


 光刃が振り下ろされ、咆撃と真っ向からぶつかりあった。


 衝撃と熱量で周囲が溶け落ちて行く。


「ハアアァァァ――――ッ!!」


 気合を込めつつ、シャルロッテはわずかに右にステップ。


 火球の軌道が逸れて、グラーバー砦の外壁を吹き飛ばした。


「――ハァッ!!」


 そして、シャルロッテは光刃を振り下ろす。


 飛竜は断末魔をあげる暇すら与えられなかった。


 真紅の光の刃は飛竜を焼き尽くし――大地を抉って遥かに伸びていく。


 ……わずかに遅れて。


 沸き立った地殻が爆ぜて空高く噴き上がり、大量の土砂を降らせた。


 大地を穿った紅の輝きは、そのまま南西にある山を頂から打ち砕いて、なおも突き進み――


「――肝を冷やしなさい、ソリスダートっ!」


 シャルロッテは吼えて、さらに力を込めた。


 ――そう!


 この際だから、嫌がらせである!


 飛竜が出てきた時点で、一連の出来事にはソリスダート帝国が深く関わっている事に、シャルロッテは気づいたのだ。


 だからこその嫌がらせ!


 直情的で真っ正直な生き方しかできないシャルロッテは、だからこそ裏でコソコソと陰謀を巡らせる者達を、心から嫌悪しているのだ!


 それは人であろうと国であろうと変わらない。


 気に入らないものはぶっ飛ばすのが、シャルロッテの中での正義だ!


 光刃は国境を超えてさらに大地を抉り続け、遠くソリスダート帝都の防壁を砕いた。


 グラーバー砦から一直線に伸びた斬痕は、深く巨大な渓谷を大地に刻み込んだ。


 魔法によって限界まで強化した視力で、帝都の防壁が土煙をあげて崩落するのを見届けたシャルロッテは、イイ顔で笑みを浮かべて額の汗を拭う。


「――スッキリ!」


 周囲はまるで地獄絵図だった。


 熱を帯びて煮え立った大地はもうもうと煙を上げ、一部は硝子質になっている。


 グラーバー砦ももはや建物の形を成しておらず、崩れた瓦礫の山となっていた。


 と、そんなこの世の終わりのような光景の片隅で、ゆっくりと身を起こしたふたつの人影をシャルロッテの視界は捉えた。


 ――シェイナとルキオンだった。


(――ルキオン!? お、おおおおお、男に見られたっ!?)


 シャルロッテに気づかれたのに、シェイナはいち早く気づいた。


「あ、やばっ――!?」


 呆然と巨像を見上げるルキオンを抱えあげ、シェイナは南に駆け出す。


 シャルロッテの羞恥メーターは、一瞬にして限界値を振り切って、天井を突き破った。


 真っ赤になって、自身の身体を掻き抱く。


 ……何度も言う。


 シャルロッテは、現在真っ裸まっぱなのだ!


 たとえ感覚的には巨像と合一していても、自身の身体はまごうことなき全裸まっぱ!!


「――いぃやあああぁぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」


 その悲鳴が現実を書き換えることばとなって、真紅の閃光が空高く立ち昇り……





 その日、グラーバー砦は地図から消失した。


 砦があったはずのそこには、巨大なクレーターが出現し――たまたま突き破った地殻から水源が湧き出て、湖となった。


 グラーバー湖とのちに名付けられる、その湖のそばにはシャルロッテが光刃で大地に刻みつけた傷痕――竜斬渓谷と呼ばれる事になる渓谷が生まれ、そこに湖から流れ込む湖水によって巨大な滝が形成されて、エリオバート王国でも有数の景勝地となるのであった。


 関所くらいしかなかった王都南の平原に、観光地が生まれたのである。


 ――数年後。


 この地には観光客を当て込んだ宿や土産物屋が作られ、また多くの人々が移住して街が生まれる事になるのである。


 湖畔の街には、湖を生み出した聖女の名にあやかってシャルと名付けられ、その伝説と共に後年まで長く語り続けられるのであった。





「――あー、やっぱやっちゃったわね……

 だからって言ったのに」


 ミリスは戦車の屋根の上で、額に手でひさしをつくりながら、苦笑半分、呆れ半分といった複雑な表情を浮かべる。


「や~、あれはミリスちゃんの言葉足らずだと思うなぁ。

 シャルちゃん、シェイナ先輩が潜入してるの聞いてなかったでしょ?」


 と、メリッサがミリスをなめる。


 ミリスは腕組みして鼻を鳴らして。


「フン、そもそもあの女は聞いてたとしても、戦闘になったら覚えてないでしょ!

 ノリと勢いだけで突き進むんだから!」


「それがシャルの欠点だよねぇ」


 ミリスの言葉に、メリッサが同意して苦笑する。


 再度立ち昇った真紅の光の柱は、いまはもう燐光を残して消失している。


 入れ替わるように盛大に噴き上がった水柱が、熱せられた大地を冷やして大量の蒸気を生み出していた。


「――あの、皆さん、シャルお姉様は……」


 エレノアが戦車の扉から身体を乗り出し、屋根の上の三人に訊ねる。


 ミリスは再びクレーターの方へと目を向けて。


「そうね。神像も消えたし、そろそろ良い頃合いかもね」


 と、そうエレノアに応える。


「頃合い、とは?」


「あんまし早く行くと、意識が残っててまた暴発しかねないのよ」


 ミリスが肩をすくめて応えて。


「そうそう。今ならきっと、魔道を使い果たして気絶してるんじゃないかなぁ」


 メリッサもまた、そう応えて苦笑する。


「お姉様が気絶!? マ、マリサ! 急いで向かってください!」


 エレノアが慌ててマリサに声を駆けると、魔道騎馬がいなないて、戦車はすぐさま走り出す。


「相手のコトになると周りが見えなくなるのは、エレノアも一緒なのかぁ」


 アニエッタが呆れたように呟く。


「似た者同士だからこそ、惹かれ合ってるんでしょ!」


 と、アニエッタの言葉にミリスが応え、その言葉にメリッサとアニエッタは顔を見合わせて吹き出した。


「――あんたがそれ言っちゃう?」


 ふたりで声をそろえてミリスに告げると、彼女は鼻を鳴らして顔をそむけた。


 やがて戦車はクレーターの縁までやって来て。


 ミリスは腰のポーチから折り畳んだ敷布シーツを取り出すと、戦車の屋根を蹴ってクレーターに飛び込む。


「――わたしも!」


 と、エレノアは戦車から降りようとしたのだが。


「はいはい、エレノアはミリスに任せておきましょうね~」


 シャルロッテも、大事な妹分であるエレノアに、無様に裸で気絶してるところを見られたくないだろうという、同僚達の配慮である。


「――でも!」


「すぐ戻るから、そんな心配ないって」


 なおも言い募るエレノアに、メリッサが軽く笑って見せた。


 彼女の言う通り、間もなくミリスはシャルロッテを抱えて戻ってきた。


 ――のだが……


「は、はだっ――!?」


 敷布シーツに包まれてはいるものの、ミリスに抱かれたシャルロッテは生まれたままの姿で。


 思わず叫びそうになったエレノアの口を、慌ててメリッサが塞ぐ。


「ん~~~っ!?」


「シャルちゃんが起きたらまた面倒だから、エレンちゃん、ちょ~っと静かにしようね~」


 付き合いの長い席次聖女達は、羞恥心がパンクした時のシャルロッテの面倒臭さをよくよく理解しているのだ。


 その間にも、ミリスは戦車のシートにシャルロッテを寝かせ、ついでに捕縛されて白目を剥いているガルドールを屋根の上へと移す。


 全裸まっぱのシャルロッテを男と同室にさせない為の配慮だ。


「ぐぅっ……?」


 と、ガルドールは一瞬息を吹き返しかけたが。


「えいっ!」


 メリッサが腹に拳を振り下ろし、再び彼の意識を奪った。


 エレノアはシートで眠るシャルロッテのかたわらに腰を落とし、彼女の手を握る。


「お~い、わたしも乗せてって~!」


 そんな声が聞こえて。


 全員がそちらを振り返ると、そこにはシェイナとルキオンの姿。


 シェイナのその肩の上には、意識を失って捕縛されたスキマットもいる。


「や~、迂闊だったよ。まさか気づかれるとはねぇ。

 神像の衝撃が凄すぎて、ルキオン様が一緒だったの、すっかり忘れてたからさぁ」


 と、シェイナは戦車の屋根にスキマットを放り投げ、頭を掻きながらそう告げた。


「えいっ!」


 メリッサがガルドールにそうしたように、スキマットにも拳を落とす。


「なにはともあれ、ご無事でなによりです、シェイナ先輩!」


「あなた達もお疲れ様」


 アニエッタの労いに微笑みで応えて、シェイナは戦車の屋根に上がって辺りを見回す。


「いや~、すっかり地形が変わっちゃったね。

 さすが筆頭サマだよ」


「宰相、泣いちゃうんじゃない?」


「六席に胃薬差し入れるように頼んでおいてあげよ~」


 などなど、戦車の屋根がひどくかしましくなる。


 そんな中、戦車の横でルキオンは立ち尽くしていた。


「エレノア……」


 元婚約者の名前を呼び……


「ルキオン様……」


 エレノアもまた、彼に気づいてその名を呼んだ。


 ふたりの間に気まずい沈黙が訪れる。


 ――瞬間。


 派手に手が打ち鳴らされた。


「――そういうのは帰ってからやんなさい!」


 ミリスだ。


 シャルロッテ同様、彼女もまた男女のいざこざなんて面倒臭くて関わり合いたくなかったのだ。


「なにはともあれ、反乱首謀者も確保済み! 反乱軍も平定したわ!

 ――凱旋よ!」


「あれ? でも、デニール侯爵は? アレの捕縛も任務オーダーじゃなかった?」


 アニエッタが首を傾げる。


「そっちは自分の領地に逃亡しようとしてたから、騎士団に情報流して押さえてもらったわ」


「さっすが先輩!」


「じゃあ改めて! 帰還よ!」


 ミリスの号令に、席次聖女達は拳を突き上げる。


「お~!」


 ……こうして。


 スキマット財務大臣が目論んだ反乱は、聖女管理局の聖女達によって叩き潰されたのである。


 地図を書き換えるほどの天変地異を引き起こした戦闘にも関わらず――むしろ、だからこそ――戦闘時間は、わずか一時間にも満たなかった。

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