第4話 4
「あの……シャルお姉様、よくわからなかったのですけど……」
昼休み。
食堂で昼食を共にしていたエレノアが、シャルロッテに首を傾げる。
「なぜ、アレク様の魔法がダメなのでしょうか?」
エレノアにしてみれば、五メートルを超える火球を三つも操れるというのは、すごい事のように思えたのだ。
問われたシャルロッテは、サラダに盛られたプチトマトにフォークを突き刺し。
「――効率の問題なのよ」
と、そのプチトマトをエレノアに見せる。
「このトマトを食べるのにはフォークがあれば十分よね?
でも、アレクはわざわざ長剣を突き刺して、切り刻んでいるようなものなの」
「…………?」
なおも首を傾げるエレノア。
シャルロッテは思わずため息をつく。
王妃教育を受けているエレノアでさえ、この認識である。
生徒達の授業に対する認識が歪んでいるとしか、シャルロッテには思えなかった。
「あの授業は、護身術――対人戦闘を想定しているの。
目的は対象の無力化。
強い魔法を見せつける事ではないのよ」
アレクが使ったような派手な魔法は、味方すら巻き込みかねない。
だからシャルロッテは、的人形の頭部だけを撃ち抜いて見せたのだ。
「しかも、派手な魔法は連発には向かないし、外してしまえば隙になりかねないもの」
シャルロッテはプチトマトを口に含んで、そう告げる。
ドレッシングの酸味が、疲れた頭に心地よかった。
「私にはあの勇者が、冒険者として功績を挙げているようには、どうしても思えないのよね……」
シャルロッテは聖女としての活動の中で、何人もの冒険者と交流を持っている。
それこそ上位の者から新人までだ。
彼らは総じて現実主義者で効率を重んじる。
確かに自分を大きく見せようとする事はあるが、アレクのような力の見せ方はしない。
あんなのを見せたなら、冒険者達なら鼻で笑っておしまいだ。
「みんなは火球の大きさに圧倒されていたけれど、あんなの時間さえかければ誰でもできる事なのよ?」
と、シャルロッテはエレノアに魔道の基礎原理を解説し始める。
「喚起詞の『火精』を唄えば、火球は喚起されるわ。
あとはそこにどれだけ魔道を通すか、よ」
もちろん通せる魔道の量は本人の資質によるものだから、アレクがまったく無能というわけではない。
だが、勇者を名乗るには、あまりにもお粗末なのだ。
「あんなので高評価を得られるなんて、学園と勇者の評価基準を見直すよう、陛下に進言する必要があるわね……」
アレクが勇者に選ばれたのには、なにか裏がある気がしてならない。
ため息をついて、シャルロッテは正面に座るエレノアを見る。
「ところであなたはどうだったの?
久々の学園でしょう?」
ルキオンとの婚約解消によって、嫌な思いをしていないか。
シャルロッテは勇者の案件以上に、それが気になっていた。
「はい。どちらかと言えば、みなさん同情的でして……」
と、エレノアは説明を始める。
エレノア自身、社交界に流れていた『ルキオンが女を取っ替え引っ替えしていたのは、エレノアに問題があるからだ』という噂を気にしていたのだが。
実際のところ、ルキオンが王族から除籍されたという事実が、その噂を打ち消す事に繋がったらしい。
つまるところ陛下の判断として、ルキオンが一方的に断罪されたのだから、エレノアに問題はなかったのだ――と、生徒達は理解したのだ。
「……ただ、その……」
「うん?」
「わたしが殿下の婚約者でなくなった事で、妙に男性が近づいてくるようになりまして……」
体調を気遣ったり、授業の遅れを気にする体で、やたらと話しかけてくるのだ。
「ふむ……」
シャルロッテは切り分けた鶏肉を口に運びながら、小さく鼻を鳴らす。
「あまりしつこいようなら教えなさい。
――私が黙らせるわ」
大事な妹分を、そこらの馬の骨に任せる気は、シャルロッテにはなかった。
エレノア自身も、今はシャルロッテの役に立ちたいという目標があって、恋愛にかまけている暇などない。
「なんとか自分で対処しようと思いますが、ダメだった時はお願いしようと思います」
「その時は任せなさい」
と、ふたりで微笑みを交わす。
それからエレノアは、クラスで聞いた噂を思い出して、それをシャルロッテに切り出す。
「そう言えば、お姉様はアレク様の従者の方にはお会いになりました?」
「ああ、一緒に学園に通ってるのだったかしら」
「はい。イリアさんと仰って、オーディル伯爵家に使える方なのですが……」
そこまで言って、エレノアは声を抑えて身を乗り出す。
「どうも周囲にいじめられているようなのです」
口元を隠して、そっと告げるエレノアの言葉に、シャルロッテは眉を寄せた。
「学園で人気の勇者サマの従者でしょう?
いったいなぜ?」
「だからこそなのですよ。
平民のクセに、いつもアレク様と一緒にいるのが気に入らない、と……」
「くっだらない……」
本当にこの学園はどうなっているのだろう、と。
シャルロッテは頭が痛くなる。
「国の次代を育成する学園に通う者が、色恋に惑わされて平民を迫害するなど、恥ずかしくないのかしら……」
とは言うものの、第二王子であったルキオンもまた色恋に惑わされて、身を滅ぼしたのだから、一概に生徒達だけを批判できない。
(そういえば、
そう考えれば、階級差別をしなかった分、バカの方がこの学園の生徒よりは、いくらかマシなバカなのかもしれない。
「イリア嬢ね。気にかけておくわ」
そう答えるのと、最後の皿が空になるのはほぼ同時で。
「……あの、お姉様」
引きつった顔でエレノア。
「お腹、苦しくありませんか?」
トレイいっぱいに積み重ねられたお皿をすべて食べ切っても、シャルロッテは涼しい顔だ。
「食堂は好きに取り揃えても良いって言うから、ちょっと取りすぎちゃったけど……
まあ、八分目ってところかしら?」
聖女候補養成校では、筋肉を作る為と称して、食事はいつも山盛りを無理矢理食べさせられていたシャルロッテである。
徹底した栄養管理食ばかりだったあそこに比べれば、好きなものを好きに食べて許される学園の食堂は、シャルロッテにとって天国のような場所だった。
「デザートもあったわよね。ちょっと取ってくるわ」
なおも食べようとするシャルロッテに、エレノアはドン引きだ。
「じゃ、じゃあ、わたしはお茶の用意をしますね」
引きつった顔で応えて、エレノアもまた席を立った。
(あれだけ食べて、スタイルが崩れないのだから、本当にうらやましい……)
ほんのちょっぴり、尊敬するお姉様に嫉妬心を感じながら。
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