第3話 5

 紡がれたことばに現実が書き換えられ、真紅の閃光の中、シャルロッテがまとう戦装束バトル・ドレスが解けて変質していく。


 ――それは真紅のビニキアーマー。


「……シャル……お姉様……」


 兵騎を前にして、腕組みして悠然とたたずむシャルロッテに、エレノアは泣き出しそうになる。


(……お役に立つどころか、足を引っ張ってしまうなんて……)


 情けなさで消え去ってしまいたいくらいだ。


 まるでそんなエレノアの内心を読み取ったかのように。


「……エレノア様、お気に病む必要はありませんよ。

 これくらいお嬢様にとって、なんでもありません」


 マリサはそう告げて、苦笑して見せる。


 シャルロッテが聖女に認定されてから、ずっとそばに付き従ってきたマリサである。


 行く先々で騒動に巻き込まれ、とっくに慣れっこなのだ。


 諦めの極地とも言える。


「――お嬢様、申し訳ありません。

 捕まっちゃいました」


 ひどく軽いノリでマリサが片目をつむって見せると、シャルロッテは肩をすくめて苦笑する。


「さすがに兵騎を持ち出すなんて思わないものね。

 ――すぐ助けるわ」


 シャルロッテの言葉を受けて、マリサは――


「ね?」


 エレノアにうなずいて見せる。


「ええい! なんだあの格好!

 ――痴女かっ!?」


 ピクリと、シャルロッテの眉が跳ね上がった。


「……痴女ですって!?」


 ……それは禁句であった。


 普段、どれほどこの格好を揶揄されようと跳ね除けてきた、鋼鉄メンタルのシャルロッテだが、実際のところは叫び出したいほどの羞恥心を押し殺しているのだ。


 まるで好んでこの格好をしているように言われれば、当然、腹だって立つ。


「来たれ……我が刃……」


 シャルロッテは押し殺した声で喚起詞を紡いで、右手を一閃。


 ただそれだけで金属音が連続し、虚空から出現した無数の刃によって、兵騎の左腕が細切れにされる。


「――ふあっ!?」


 エレノアとマリサが宙に投げ出され――


「おっと!」


 駆けたミリスがふたりを空中で抱きとめて、そのまま兵騎から距離を取る。


「――良いわよ、シャルロッテ! やっちゃいなさい!」


 ミリスの声に、シャルロッテは兵騎を見据える。


「な、なにが起きた!?

 クソっ! 小娘ひとりになにをやっている! 早く潰せ!」


 兵騎の肩に乗ったサーバンが、兵騎の頭を蹴りつけながら怒鳴る。


『で、ですがあの女――なんかやべえっスよ!?』


 兵騎の乗り手が戸惑った声で応える。


 それはそうだ。


 兵騎とは、通常は魔物や同等の兵騎を相手に用いられる、強大な古代兵器なのである。


 生身の人間によって傷つけられる事など――まして片腕を切断される事など、普通はありえない事なのだ。


 ――だがシャルロッテは、いともたやすくそれを成し遂げた。


 乗り手が恐怖を覚えるのも当然だ。


「――この完璧な私の身体を前にして……痴女ですって……」


 シャルロッテが一歩踏み出す。


 その表情はひどく美しい微笑みだったが、有無を言わせない迫力があって。


『う、うわあああぁぁぁぁ――ッ!!』


 恐怖に駆られた兵騎が、長剣を振り下ろした。


「――目覚めてもたらせ。第四帝殻……」


 シャルロッテのことばに従い、現実が書き換えられて。


 彼女の足元から、巨大ななにかが伸び上がる。


 それは兵騎の剣を受け止めて、なお伸び上がり。


「……剣、だとぉ?」


 サーバンが戸惑ったように呟いた。


 そう。


 それは――兵騎の頭を超えてなお高くそびえ、伸び上がる――美しい一振りの剣だった。


 幅は兵騎より太く、切っ先までは一〇メートルをゆうに超える。


 分厚い剣身は水晶のように透き通って妖しく輝き、重厚さを感じさせながらも、魅入らずにはいられない圧倒的存在感。


 鍔と柄に真紅の石があしらわれ、人が持つことなどまるで考慮されていない――ただ剣という形をそのまま強く、大きくすることだけを目指したような――でたらめな剣であった。


 その柄にシャルロッテの手が伸ばされて。


 まるでその手の平に吸い付くように、巨大な剣が動く。


「……帝殻解放……」


 シャルロッテのことばを受けて、透き通った刃が真紅の輝きを放つ。


(……わわわ、私を痴女なんて――絶対に赦さない!)


 ――半べそであった!


 キレているとも言う!


「――ちょっ! シャルッ! 殺すんじゃないわよ!?」


 ミリスが焦ったように叫ぶ。


 知ったこっちゃないとばかりに、巨大な剣は風を巻いてシャルロッテの背後に振りかぶられる。


「――奏でなさい! <断罪剣ジャッジメント>ッ!!」


 大剣が横薙ぎに振られて、突風が駆け抜ける。


 破砕音が響いた。


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!?」


 サーバンの悲鳴がこだまする。


 兵騎の外装が砕け散って、内部の素体が白い鮮血を吹き出して吹き飛び、屋敷を囲う外壁を突き崩して倒れ込んだ。


 そしてサーバンはというと。


「――と、飛んでるううううぅぅぅぅ!?」


 ……この日。


 非公式ながら、翼を持たない人類が、初めての単独飛行を成し遂げた。


 その飛行距離、実に72メートル。


 無翼による飛行距離としては、間違いなく人類最長記録であった。


 宙を舞ったサーバンは、チュースキン邸を超えて飛び、屋敷横にある林の樹木に受け止められて、そのまま意識を失った。


「――っバッカじゃないの!?

 あんな小物相手に帝殻まで使うなんて、ホント、バッカじゃないの!?」


 ミリスが喚き散らしながら、サーバンの回収に向かう。


 それを見送りながら、シャルロッテは大剣を霧散させて、額を拭う。


「すっきり!」


 実にイイ笑顔だった。


 ビキニアーマーが燐光にほどけて、戦装束バトル・ドレスへと還る。


「――お姉様っ!!」


 エレノアがシャルロッテに駆け寄って抱きついた。


「わたし……わたし、ごめんなさい!」


(な、なんで!?)


 ぶっちゃけシャルロッテにしてみれば、この程度の事は日常茶飯事である。


 これまでのお仕事でも、マリサや現地協力者が人質に取られる事は頻繁にあった。


 だから今回の事も、悪党のいつもの悪あがき――程度に考えていたのだが……


 エレノアにとってはそうではなかったようだと、シャルロッテはようやく気づく。


 涙ながらに告げるエレノアに、シャルロッテは助けを求めるようにマリサに視線を向けて。


 笑顔で首を振るマリサに、諦めたようにため息。


 シャルロッテは少し考えて言葉を選び。


「エレン、気にする事なんてないのよ」


 優しくエレノアの頭を撫でながら、そう切り出す。


「ですが、お姉様。わたし……わがままを言ってついてきたのに、お姉様の足を引っ張ってしまいました……」


 そう言い募るエレノアに、シャルロッテは首を振る。


「おまえのわがままくらい、可愛いものだわ。

 それにね、誰かを助けるのは、私の趣味のようなものなの」


「ご趣味?」


「ええ、だから」


 優しく微笑み、シャルロッテはエレノアの涙を拭ってやる。


「私の趣味に付き合わせて、怖い思いをさせて悪かったわね。エレン」


 あくまで悪いのは自分なのだと――シャルロッテが自分を気遣ってくれているのだと気付き、エレノアはまた涙が溢れてきた。


(やっぱりお姉様はすごい!)


 シャルロッテの胸に顔を押し付け、エレノアは思う。


(わたしも……もっともっと努力しよう。お姉様にもっと近づけるように……)

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