第3話 2

 チュースキン領都フェザークルスは東西南北の大街道が、都市の中心で交差するように広がっている。


 そんなフェザークルスの南側にある小高い丘の上、街からつづら折りになったレンガ敷きの道を登った先に、領主館はあった。


 館は子爵家のものにしては、比較的大きい造りをしていて――現状の実態とはかけ離れてはいるが――、かつてのチュースキン家の栄華を誇示している。


 そんな領主館前の鉄柵門の前で……


「――だから、わたくしはネイシア男爵家の娘だと言っているでしょう!

 旅行でフェザークルスに来たから、ご挨拶をと思ったっていうのに、なんなの!?」


 ミリスが怒りもあらわに叫んだ。


「ウソつくな!

 どこの世界に供も連れずに、徒歩でやって来る男爵令嬢がいるんだ!」


 と、応じるのは、とても門番とは思えない――傭兵くずれと思しき風体の男。


「ここにおりますでしょう!

 あなた、貴族の家人のくせにネイシア家を知りませんの!?」


 ミリスは歯噛みして、家の名前を強調する。


 ネイシア家は家格こそ男爵家だが、歴史の古さは王国の始まりまで遡れる名家だ。


 多くの商会を保有していて、その資産はそこらの伯爵家すらしのぐほど。


 代々代替わりのたびに陞爵の話が上がるのだが、商売に割く時間が減ると、その都度辞退しているという変わり者一族なのであった。


「悪いが、俺の仕事は指示にあるヤツだけを通す事なんだ。

 あんたがどこの誰さんか知らんが、旦那からの指示がなけりゃ通せねえよ」


 と、門番は耳に小指を突っ込みながら、ミリスに肩を竦める。


「だから、その子爵に指示を仰ぎなさいって言ってるの!」


「そういう指示は受けてねえ。

 旦那に用があるなら、まず面会の申し入れをするんだな。

 ――それが貴族ってもんだろ?」


 門番の男はからかうようにミリスに哂う。


(――ああ、もう! 面倒くさくなって来たわ!)


 男を睨みつけて爪を噛み、ミリスは実力行使に移ろうかと検討し始めた。


 そんな時だ。


「――んん? なんだ?」


 門番がミリスの向こうに視線を移す。


 ガラガラと車輪の回る音。


 ミリスも背後に視線を向けると、丘の麓から物凄い一直線に登ってくる砂埃が見えた。


「あれって……」


 もうもうと舞い上がる砂埃の向こうに、ひどく見知ったモノを見つけて、ミリスは冷や汗を浮かべる。


 嫌な予感がした。


 とりあえず門の前から左に距離を取って、門番に声をかける。


「あなた、怪我をしたくなければ、すぐにそこから退いた方が良いわ」


「――あ?」


「あの女は、わたくしと違って常識とか道理とか、そういう人として当然持ってる感性なんて持ち合わせてないんだから」


「おまえ、なに言って――」


 男はミリスに首を傾げ、もう一度、坂道を駆け上がってくる砂埃に顔を向けて。


「おおおおおおお――っ!?」


 それは戦車であった。


 三頭立ての最新魔導騎馬が牽くのは、鋼板に鎧われたごっつい車体。


 その車体の左右には二本づつ、計四本の極太槍が装着されている。


 そして燦然と刻まれた、狼を咥えた竜の紋章――キーンバリー家の家紋だ。


 戦車は、まるで速度を落とすことなく駆け抜けてきて。


 ――轟音。


 逃げ遅れた門番が魔導騎馬に跳ね飛ばされ、鉄柵の門が火花を散らして吹き飛ばされる。


 戦車は前庭のなかばまで石畳を砕いて進み、孤を描いて急停止した。


「今の音なんだ!? 何事だ!」


「――おい、マックスが窓から飛び込んで来て、目ぇ剥いてる! なにが起きたっ!?」


 突然の襲撃者に館の扉が開いて、門番同様に傭兵風な人相の悪い男達が飛び出してくる。


「――せ、戦車だとぉっ!?」


「戦場じゃねえんだぞ!」


 そして停止した戦車を見て、驚愕の声をあげた。


 そんな中、戦車の扉が開いて。


 まず出てきたのは、メイド服の女――マリサだった。


 軽い身のこなしで戦車から飛び降りた彼女は、扉の下に足踏み台を置くと、車内に向けて手を差し出す。


 その手に置かれた手は、頑丈な手甲に覆われていて。


 足踏み台に置かれた足は、ごつい脚甲に鎧われていた。


「マリサ、ありがとう」


 そう礼を言って降り立ったのは、鋼糸で編み込まれた戦装束バトルドレスをまとった赤毛の美少女――シャルロッテ・キーンバリーである。


「エレンを頼むわね」


 と、シャルロッテは車内で目を回してるエレノアに苦笑を向けつつ、マリサに命じる。


 大好きなお姉様が行くならばとついて来たエレノアだったが、先程のチャージの衝撃で目を回してしまったのだ。


 マリサはシャルロッテに会釈で応じる。


「さて――」


 そう呟いて、シャルロッテは館の前に集まっている男達に視線を向ける。


「ちょちょちょ――っと待ちなさいよ!」


 と、後ろから声をかけられ、シャルロッテは顔だけそちらに向ける。


「あら、ミリスじゃない。

 なんでここに?」


「それはこっちのセリフよ!

 なんで、あんたがここにいるのよ!? シャルロッテ!」


 ふわふわの金髪をなびかせながら駆け寄ってくるミリスに、シャルロッテは肩をすくめて笑ってみせる。


「ちょっと躾のなってないブタにお仕置きを、ね。

 ――あなたは?」


「お勤めよ。

 あんたのトコには連絡行ってなかったのね。

 というか、それでも嗅ぎつけてくるんだから、本当にヤな女!」


「あらあら、なら丁度良いわね。

 手伝いなさいな」


「あ・ん・た・が! わたくしの手伝いよ!」


「ふむ……」


 居並ぶ男達を前に、シャルロッテは悠然と顎に手を当てて鼻を鳴らす。


「まあ、それでも良いわ」


 そして、シャルロッテは男達に手を差し伸べる。


「――武踏ダンスの相手はよりどりみどり」


 真紅の髪をなびかせながら、シャロルッテは拳を構える。


「わたくしは左から行くわ」


 まとっていた外套を落とし、ミリスが呟く。


 彼女の姿もまた、鋼糸を編み上げた戦装束バトルドレス


 無骨な手甲にごつい脚甲で。


 筆頭聖女と次席聖女のふたりは、美しく笑って男達に告げた。


「さあ、踊りましょうか……」

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