公爵令嬢のご趣味
第3話 1
チュースキン子爵領は、東にキーンバリー公爵領、西にダイアット辺境伯領に挟まれた土地で、さした産業もないのだが、東西の領へ向かう大街道がある為、宿場として発展してきた歴史がある。
先代までは街道を整備し、駅馬車を配置して、領内は旅人達で大いに賑わっていたのだ。
だが、二十年ほど前、北にあるサリバン伯爵領が国の指示を受けて、サイジョー大河の大規模治水工事を行った。
結果、サイジョー大河は、エリオバート王国の南北を繋ぐ交通の大動脈となった。
煽りを受けたのはチュースキン子爵領だ。
キーンバリー公爵領、ダイアット辺境伯領にも船での移動が主流となり、チュースキン子爵領は旅人の訪れない僻地となったのだ。
本来であれば、この段階で領主は領民の為に方針転換を行うべきだった。
だが、跡目を継いだ現領主タックス・チュースキンは、そんな才能も知恵もなかった。
それもそのはず。
彼が物心ついた時のチュースキン領は、黙っていても旅人が金を落としていくという栄えた領地だったのだ。
だから彼は、自らなにかを新たに生み出すような仕事をしたことがない。
領主がなんら対策を打たないまま、領地はどんどん貧しくなっていく。
タックスが危機感を覚えたのは、今年に入ってからだった。
昨年まで、流通網の大転換にともない、税率が優遇されていたチュースキン子爵領だったのだが、いよいよその免除期間が終わったのだ。
王国としては、この二十年の間に新たな産業を育てろよ、という理屈で設けた期間だったのだが、タックスはそう捉えていなかった。
損をさせた詫び金――認識していたのだ。
とことん自分に都合の良いブタである。
結局のところ、領が貧しくなっていても、租税優遇によって手元に残る税が変わらなかった為、タックスは危機感を抱いていなかったのである。
だが、優遇期間が終わり、今年、手元に残った税は前年の半分以下。
ここにきて、タックスはようやく危機感を覚えた。
このままでは暮らしていけない。
まともな領主ならば――いや、まともならば、そもそもこんな事にはなっていないのだが、それでもまともな頭を持っていたなら――ここで心を入れ替えて、領の発展に知恵を絞るのだが。
タックスというハゲは、甘やかされて育った為か、とにかく自分本位なブタだった。
「ワシの生活を維持するのは、領民の義務だ。
そうだ、集める税を増やせばいい!」
そうして、アレコレと理由をつけては税を集めるようになった。
領内の森林で猟をするのに狩猟税。
河川で漁をするのに漁業税。
ついには農耕用の牛馬にまで、税をかけ始める始末だ。
当然、領民達の不満は募っていく。
その声はみるみる他領にも伝わって。
頭のよろしくないタックスではあったが、少なくとも貴族として四十六年生きてきた。
――貴族というのは、基本的に人気や風評に敏感な生き物である。
社交シーズンに王都で悪評を
なんとか悪評を吹き飛ばす手立てはないものか――そう考えていたところに。
「――
そう言って近づいてきたのは、サーバンという商人の男だった。
細い体躯にギョロリとした目がやたらと目立つ、胡散臭い男だった。
だが、男が持ってきた菓子折りは気に入った。
焼き菓子の下に金貨が敷き詰められていたのだ。
(――貴族に対する、敬意というものを理解しておる)
商人を名乗るその男は、領内で商売する挨拶に訪れたのだと告げ、タックスが気にしている悪評を解決できると、そう言い切った。
「……篤志、とは?」
「領内には貧しく、食いつなぐ事のできない者が多くおります。
そういう者達を集める施設を作り、衣食を施すのですよ」
「だがそんな金、どこにある?」
「無いなら、あるところから集めれば良いではないですか」
「ふ、む?」
どういう事かわからなかったのだが、平民に無知を晒すのが嫌で、タックスは考える素振りを見せる。
サーバンもまた、そんなタックスの内心などお見通し。
より噛み砕いてわかりやすく、説明を始めた。
「まずは税を作るのですよ。
……そうですね。貧困者救済税とでも名付けましょうか」
「領民が反対するのではないか?」
訝しむタックスに、サーバンは大仰な身振りで熱っぽく語る。
「言ってやれば良いのです!
――おまえは貧しい同胞を見捨てるのか、と!
……人は、善意を刺激されると断りづらいものなのですよ」
「……ほう」
「さらに、周囲の貴族達に寄付を募りましょう。
――哀れな貧困者達の為に愛の寄付を!
きっと、子爵様の慈愛に溢れた心意気に感銘を受けて、多くの寄付が集まるでしょう!」
実際のところ、貴族とはタックスに限らず、ええカッコしいなきらいのある者は多くいる。
――貧者の為に寄付している、というのは、貴族にとって十分なステータスとなりえる銘柄だった。
「そして、集まった寄付金をどう扱うかは……子爵様のお心ひとつ。
金貨に名前は書けませんからね……」
「――おまえ、天才だな!」
ここに来て、タックスはこの話に飛びついた。
税は王都からの監査がある為、どうしても用途に限りができてしまう。
だが寄付金に関しては、監査の目が及ばない。
「この仕掛けのキモは、子爵様もしっかりと篤志を施しているという点です。
その原資の出処はともかくとして――」
「うむ、うむ!」
こうしてチュースキン領で、貧者救済税が始まった。
タックスの篤志活動は王都で話題を呼び、善意の寄付はどんどん集まり――やがて王国からも補助金が供出されるほどになった。
タックスはウハウハである。
……だが。
彼らは知らなかったのである。
王都には法の目を掻い潜る輩を、実力を以て秘密裏に叩き潰す組織があることを。
――聖女管理局。
エリオバート王国において、初代聖女が作り上げ――しかし、表舞台には決して出てこない国の懲罰組織である。
そしてその目と耳は、税の不正を見逃さない監査局以上に、ひどくよく利くものなのであった。
『――というわけで、ど~も貧困者は奴隷として、他国に売られてるようなのよね』
――チュースキン領都の下町の宿で。
ひとりの少女が魔道器で遠話を受け取る。
ふわふわの金髪に、猫を思わせる吊り目がちな青の瞳。
「……という事は、やっちゃってもよろしいのですよね?」
口元に勝ち気な笑みを浮かべて、少女は手の平に拳を叩きつける。
遠話の相手――聖女管理局局長にして、このエリオバート王国第一王女であるルシアーナは、頬に手を当てて苦笑。
『あらあら、決してやり過ぎてはダメよ?
特にサーバンは、奴隷の卸先を洗いざらい吐いてもらう必要があるのだから』
「わかっておりますわ!
あくまで暴力は最終手段……わたくし、シャルロッテとは違いますのよ?」
『……最終的には、どちらも大差ないようにわたしには思えるのだけれど』
ルシアーナは微笑み、それから真顔になって少女に告げる。
『――それでは、次席聖女ミリス・ネイシアに命じます。
タックス・チュースキン及び奴隷商サーバンを速やかに捕縛なさい』
ルシアーナの言葉に、少女――ミリスは胸に手を当てて腰を落とす。
「……拝命致しましたわ」
そう応えて、顔を上げたミリスの目は、きらっきらに輝いていて。
「――見てなさい、シャルロッテ!
あんたの領の隣で行われてた悪事を!
このミリス・ネイシアが見事解決して、今度こそわたくしこそが優れているのだと思い知らせてやるのだわ!」
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