陰キャの俺、美少女クラスメイトのギャルと異世界に飛ばされる

白玉ぜんざい

第1話

 人間がまばたきをする際に視界が奪われる時間は一秒にもならない極々僅かな時間だ。


 その僅かな時間、視界を奪われたところで何か問題があるかと問われると実に答えを出すのが難しい。

目の前からトラックが突っ込んで来ようと一度まばたきしたくらいならば避けることは可能だろう。

そのレベルの危機を回避することができるのだから、問題はないとしてもいいのかもしれない。


 しかし、例えば音ゲーをしているときのその僅かコンマ数秒の視界のブラックアウトは命取りだ。高難易度にチャレンジしていた場合、まずフルコンボの夢は途絶えるだろう。


 以上のことから、その僅かな時間の視界のブラックアウトが問題かという問いに対して、俺が答えを出すとするならば、やはり“致命的”だ。


「……ん?」


 ところで。

 どうして俺がそんなどうでもよさそうなことを論題としたのかというと、まばたきの際に起こるその僅かなブラックアウトがどれほど刹那の時間かを先に知っておいてほしかったからだ。

 いや、そもそもそんな話をせずとも人は誰しもがまばたきをしているのだから、容易に想像できただろうけれど。


 まばたきをしたそのほんの一瞬。

 その瞬間に、俺の目の前の景色がガラリと変わったのだ。


 目の前に広がる光景は、言ってしまえばとある街のとある道だ。通行人がいて、店が並んでいて、そこに立つ人間が呼び込みをしている。商店街なんかで見かける光景。

 問題は、その景色が俺の知っているものではないということ。


 違和感の一つ一つを上げていくならば、まずは服装。


 通り掛かる通行人が人間であることは確かだが、その人間が着ている服が現代的ではない。

 おしゃれなインナーにイカしたジャケットを羽織って小粋なデニムを穿いている奴など一人もいない。


 何というか、どう言い表せばいいのか分からないが、とにかく現代のものではない。あるいは、日本のものには見えない。


 二つ目は通りの在り方。

 商店街だってもっと立派な店を構えているだろうに、目の前に並ぶ店はどれも簡易的なテントの下に商品を並べただけのもの。並んでいる商品は食べ物だったりアクセサリーだったりと様々だが、中には見慣れないものもある。フリーマーケットが近いかもしれない。


 そして三つ目は文字だ。

 商品に書かれている文字が明らかに俺の知っているものではない。まず日本語じゃないしローマ字やハングルでもない。強いて言うならローマ字に近いのかもしれないが解読はできない。


 つまり。

 以上のことから分かることは一つ。


「これが、異世界転移か……」


 今まで上げた全ての違和感を簡単に言語化するならば、どこもこれもが“異世界もののアニメで見たことのあるような景色”なのだ。


 通行人が着ている服も、商品が並んでいるお店も、明らかに読めない文字も、その全てがどれも異世界もののアニメで見たことがあるものなのだ。だから俺はその結論に至った。


 もちろん、その結論に至っただけだが。


「いや、もうちょっと驚きなさいよ!」


 俺は一人独りごちたつもりだったが、隣からツッコミが飛んできた。ほほう、この世界にもツッコミという文化は存在するのか、などと感心しながらそっちの方を見る。


 おおかた、異世界転移ものの流れ的に俺をこの世界に呼び出した何者かが俺の冷静っぷりに思わずツッコんでしまったのだろうと思ったのだが、その予想は外れていた。


「あんた、何が起こったか分かってんの?」


 そこにいたのは一人の女の子だ。

 茶色の長い髪。長いまつ毛。少しつり上がった目。小さな鼻とさくら色の唇。それなりの主張を見せる胸元。引き締まった腰。程よい肉付きの太もも。


 見覚えはないが、この世界の住人ではないことは分かる。


「えっと、どちら様ですか?」


 あっちは何だか俺のことを知っている感じなので、少しばかり申し訳無さが俺の中に姿を現す。なので、控えめな感じで聞いてみた。


「クラスメイトの神林咲良よ!」


 一つ言い忘れていた。

 彼女がこの世界の住人ではないという明らかな理由。それは、彼女が着ている服がめちゃくちゃ見覚えのある制服だったからだ。緑のチェックスカートとキャメル色のカーディガン。カッターシャツの胸元には緩められたネクタイが結ばれている。


 確かに同じ学校の生徒だ。クラスメイトであるかは判断つかないけど。


「あ、初めまして。俺は大河内遥斗っす」


「知ってるわよ!」


 ぺこりと挨拶すると、彼女は間髪入れずにツッコミを入れてきた。そのツッコミスキルは一朝一夕で手に入れられるものではない。きっと今まで幾度となく周りのボケにツッコんできたのだろう。


「それで? あんたさっきなんて言った?」


「はじめまして?」


「ふざけてるなら手出すわよ? ワケわかんない状況に、これでも結構動揺してるんだから」


 表情自体は怒っているように見えるが、確かに言動や態度には動揺というか、不安のような感情が伺える。


「異世界転移だ」


「何よ、そのイセカイテンイって」


 オウム返しがきたので俺はぽかんと口を開いたまま閉じるのを忘れてしまう。このご時世に異世界転移を知らない人間が存在したとは。え、だって一斉を風靡したじゃん、異世界もの。転生やら転移やらいろいろあるけど、総じて異世界ものと呼んだとして見飽きるほどアニメ化もしたのに。


 ははーん。こいつ、さては一般人だな?


「ある人間が、何かしらの現象によって元いた世界とは異なる世界……つまり異世界に飛ばされることを言う。異世界に来る前に死んでた場合は異世界転生と呼ばれ、そうでない場合は異世界転移と呼ばれることがほとんどだ」


「何言ってるか全然わかんない」


 俺の分かりやすい説明を聞いた神林はぽかんとした顔をしている。今の説明で分からなかったら俺にはもうお手上げだぞ。


「意味は分からなくていい。感じろ」


「ちゃんと説明して!」


 と、言われても。

 うーん、と俺は少し悩む。


「漫画とか読んだことある?」


「あるわよ。ばかにしてんの?」


 してんだよ。


「鬼滅の剣とか」


「ああ。じゃあそれでいいや。ある日突然目が覚めたらその鬼滅の世界に飛ばされていたってこと」


「なんで?」


「いや、知らんがな」


 俺が無責任に言うと神林は恨めしそうにこちらを睨んでくる。そんな目をしたってしょうがないじゃないか。俺だって何も知らないんだから。なので、同じ被害者なんだぞ、という目を返すと神林は既に睨むことを止めていて、考え込むように顎に手をやりぶつぶつ言っている。


「私、さっきまで教室で……何してたっけ?」


 どうやら神林も学校の教室にいたらしい。

 一つ分かったことは俺と神林の共通点だ。俺達はこの世界に来る直前、学校の教室にいた。


 俺は忘れ物を取りに教室に入ったのだが、中にいた生徒は机に突っ伏していた女子生徒一人だけだった。つまり、あれが神林だったということだろう。


「寝てたんだよ。教室で」


「あ、そうそう。そうだった」


 俺は俺で、教室に入って窓際にある自分の机に向かい、何となくグラウンドで部活に励む野球部の連中をぼーっと眺めていたところ、次の瞬間に目の前の景色が変わっていた。


 まばたきをしたその一瞬で、文字通り俺の世界は変わったのだ。


「言っておくけど、俺だって何が何だか分かってないからな。説明できることなんて何もないぞ。分かるとしてもせいぜい、この世界は俺達がいた世界ではなくて、何でか分からないけど飛ばされちまったってことくらいだ」


「……そんな」


 分かることはそれだけ。

 けれど、彼女が絶望するには十分過ぎたらしく、全身の力が抜けたようにへなへなとその場に座り込んだ。


「まあ、なんだ、一つ仮設を立てることはできる」


「……あによ?」


 落ち込んでいるのか、俯いたまま覇気のない言葉を返してくる。


「いわゆる異世界ものってのはさっき言ったように二つのパターンがある。転生か、転移かだ。転生の場合はその前に神様との対面があるのがお約束だが、転移は突然飛ばされる。飛ばされた先で何かしらのイベントに遭遇するのがお決まりなんだ」


「何言ってんのか全然わかんないけど、つまりどういうこと?」


 まず大前提として俺達は元の世界で死んでいない。

 つまり、転生ではない。胸の大きい美人の女神様と対面してチート能力を貰い転生という過程も踏んでいない。


 なら転移だ。

 異世界転移のパターンとして多いのはこの世界の誰かに召喚されたパターン。

 俺は実はこの世界にいる魔王を倒すために必要な力を持った勇者だった、みたいなやつだ。その場合、早々に何かしらのイベントが起こるのだが、一向に何もない。


 道行く人に何だあの変な服の奴ら、という視線を向けられるだけ。

 さっき述べたパターンじゃない場合でも、何かしらのイベントは起こる。異世界転移なんてものが偶然起こるはずはないからだ。神様なり、魔法使いなり、誰かしらの手によって必然的に起こされるものなのだ。


 にも関わらず、この世界は俺達に対して何のアクションも起こさない。


 以上の点から導き出す仮設は一つ。


「俺達は偶然この世界に飛ばされた可能性が高い」


 例えば、とばっちりとか。

 神様がどこかの誰かを異世界転移させようと試みたところ、近くにいた俺達も巻き添えを喰らったとか、そういうパターン。今頃、どこかでは既にその誰かがイベントに巻き込まれているのかもしれない。


「……帰れるの?」


 神林の発した弱々しい、不安に満ちた声は何とか俺のところに届いた。


 帰れるの、か。


 今のところ、それに関しては何とも言えないな。何といっても情報がなさすぎる。この時点で俺が彼女に言えることがあるとすればこれだけだ。精一杯、感情を込めて伝えよう。


 せーの。


「さあ?」

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