20.  変化

 翌日、シンは早速レンリとナナに教団に頼み事をしたいから協力して欲しいと伝え、二人は二つ返事でそれを引き受けていた。

 テイトはこっそりと、断ってもいいし言いづらいなら自分が彼に言うからと割と真剣に提案したが、レンリは大丈夫と微笑むだけであった。


 進路をここから南西に変更し、また五人で旅を再開した。


 教団は竜を第一と考えているため、魔法を第一とする貴族とは考えが合わないようで、貴族の直轄領から少し離れたところに支部を展開していた。

 今いる場所から一番近い支部がルフェールという街にあり、何もなければ三日ほどで到着する予定であったが、道中立ち寄った村で焦った様子の仲間と出くわした。

 《アノニマス》が近くの村に向かう姿を見たから応援をと言う仲間の情報を元に、全員でその村へと向かった。


 そこで改めて、手練れの魔道士が仲間にいると言うことがどういうことなのか、再認識することとなった。


 テイト達が到着した時、既に数人の仲間が戦っていた。

 テイトはシンとリゲルと共に戦いの中心へ、レンリとナナはそこから少し後方の安全且つ、自分たちの姿が見える位置に待機してもらった。

 自分たちが前に進めば進むほど、レンリ達からは黒煙で姿が見えなくなるのではというテイトの心配は、シンの起こした追い風によって杞憂に終わった。

 視界が晴れると、《アノニマス》の攻撃は市民にも仲間達にも当たることはなくなり、それに動揺する相手をいとも簡単に追い払うことができた。

 仲間達は素早い収束に呆気にとられていたが、次第に喜びを露わにし、テイトの姿を見つけると魔法使いを仲間にできたんだな、と嬉しそうに駆け寄って声をかけてくれた。


 崩壊した建物に巻き込まれた者がいないかを捜索しつつ瓦礫を撤去するテイト達の横で、見るからに重傷を負った者に対して手分けして魔法で治療してくれるシンとナナの存在は非常に有難く、事後処理もかなりスムーズに終えることができた。

 この喜びと感謝を伝えたいと思い、テイトは前方に見えるナナに声をかけた。


「ナナさん、怪我人の治療まで本当にありがとうございます」

「礼には及びませんわ! だって私たち仮初ではありますが、仲間でしょう」

「え、まぁ、そうですね」

「テイト様も私を守ってくださいましたし、お互い様ですわ」

「え、テイト様?」


 ナナのテイトへの態度は何故か軟化しており、シンやレンリに話す時のような好意が見て取れた。

 困惑する頭の片隅でナナの言葉を思い返しながら、守ったっけとテイトは記憶の糸を手繰った。


(……守った、かも)


 村の被害状況を確認していた際に、偶々脆くなっていた一階建ての住居が崩れ、偶々その近くを通りがかった彼女を引っ張ってその小さな崩壊から助けた気はする。

 ただ、逆に言えばそれだけのことしかしていないので、ナナの言う“守った”がこれに当てはまるかどうかは怪しかった。


「……えーと、ナナさん、」

「ナナで構いませんわ!」


 ナナはズイっと距離を詰めると、鼻と鼻が触れ合うほどの近さで話し始めた。

 同年代の少女の急接近に、テイトは少し頬を染めながら後ろに一歩後退った。


「あ、あの僕、大したことはしていないと、思うのデスガ……」

「何を仰いますか、テイト様は私の命の恩人ですわ!」

「あと、様付けは……」

「恩人を呼び捨てなんて、そんな恩知らずなことできませんわ!」


 テイトが後ろに下がった分だけナナも前に進むため、二人の距離が開くことはなかった。

 遠くからリゲルが面白そうに眺めていることに気付いてテイトは目配せして助けを求めたが、リゲルは笑みを深めるだけで助太刀に来る様子はなかった。


「あの、えと、ナナさん、」

「ナナですわ」

「っ距離が近いデス」


 ナナの勢いに押されながら必死にそれだけ伝えると、ナナはぱっと離れ、自分の頬を両手で覆った。

 布の間から覗く肌は少し上気しているように見えた。


「あたしったら、はしたない真似をしてしまいましたわ」


 ようやく距離がとれたことに安堵しながら、何故こうなったのだろうとテイトは思案した。


 今朝までは、話せば一言二言返ってくるが、殆ど存在しないものとして扱われていたような気がする。

 何故突然こんなにも態度が変わったのか。

 ただ、引っ張って危険から遠ざけただけだ。

 その危険も、たとえ引っ張らなかったとしても、巻き込まれていなかった可能性すらある。

 本当にその程度なのだ。


「――ナナ、またやってんのか」

「シンさん!」


 聞こえた声に、テイトは救世主だとばかりに目を輝かせた。


「……ナナ、こっちはもういいからレンリの方を手伝いに行ってくれ」

「分かりましたわ」


 シンの要求に驚くほど素直に返したナナは、ちらりとテイトに視線を向けた。

 テイトは思わず背筋をピンと伸ばした。


「ではテイト様、また後で」

「は、はい」


 ナナの姿が見えなくなった頃にようやく緊張が解け、テイトは胸に手を当て大きく息をついた。


「……ナナさんはどうしちゃったんですか?」

「あんたが何かしたんだろ」

「誤解です、あんなに性格が変わるほどのことは何も……」

「あんたがそうでも、ナナは違ったんだろ」


シンはそれだけ言うとこの場を離れようと踵を返したため、困っている自分を見て来てくれたんだな、とテイトは胸が温かくなった。


「あ、あのシンさん」

「なんだ?」

「村の人の治療までしてくれて、本当にありがとうございます」

「別に、早く出発したいだけだ」


 いつものように冷静に告げるシンに、テイトはなんとなく笑ってしまった。

 笑うテイトを訝しく思ったのか、シンがすっと目を細めたためテイトは少しだけ焦って話題を変えた。


「――その、今日は捕まえなかったんですね」

「また死んでも寝覚めが悪いし、それに」

 シンはそこで一度言葉を句切り、目を伏せた。


「レンリの魔法の所為か、俺の攻撃も敵に当たらないことがあった」


 テイトもそれは目にしていたので静かに口を噤んだ。


 自分たちがしているのは命をかけた戦いであるし、テイトだって敵の命まで奪うつもりはないが、威嚇目的で懐に潜り込んで攻撃することはある。

 致命傷にならないよう気をつけているつもりでも、余裕がない時はそこまで考えられない。

 当たらず逃げてくれれば僥倖であるし、当たってしまったら少なからず罪悪感は生まれる。

 だから正直な話、シンの強力な魔法が、たとえ加減されていたとしても、敵に当たらなくて良かったと思っていた。


 これを口にしてしまえばまた甘いなと言われるのだろうか、とテイトはぼんやりと考えた。


「あれは目に見える範囲全てに有効で制限が効かないものなのか、それとも、」

 シンはそれ以上口にはしなかったが、言いたいことは分かってしまった。

 

「……僕は、レンリさんの魔法はこのままでいいと思います」


 テイトの絞り出すような小さな呟きを聞いて、その真意が分かったのか、シンは僅かに眉根を寄せた。

 しかし、何か言うわけでもなく無言でテイトの前から立ち去ってしまった。


 その後、村の被害状況の確認は順調に終わり、その被害の少なさから夕方にはもう発つことができた。

 それ以降ナナが積極的にテイトにも話しかけるようになり、それにたじたじになっているテイトを見てリゲルがニヤニヤと笑う。

 そんな風に少し関係性に変化をもたらしながら目的地ルフェールに着いたのは、当初の予定よりも一日遅れとなった四日後のことであった。

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