19. 情報整理
その後、あまり収穫がなかったと聞いたためにテイトからシンに話を振ることも出来ず、またシンからも特に何も話されないまま隣町に辿り着いた。
宿屋で二つ部屋を取って夕飯を食べ、さぁ就寝と部屋に戻った時にとうとう痺れを切らしたリゲルが大きな声を上げた。
「――お前があの街に行くって言ったんだろ、結局この後はどうするんだよ!」
リゲルが声を荒げてベッドに腰掛けるシンを指さしたため、二人の丁度間にいるテイトはあたふたと交互に視線を向けた。
「年上への言葉遣いには気をつけた方がいいんじゃないのか?」
「今はそういう話をしてるんじゃねぇよ!」
「リゲル、夜だよ、抑えて!」
テイトはどうどうとリゲルを宥めたが、あまり効果はないように思えた。
シンは鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。
「……研究所跡地でめぼしい発見はなかった」
「じゃあ、どうすんだよ」
リゲルは音を立てて自分のベッドの上に座り込んだ。
「だが、時間をかけて情報を整理したことで、確信したこともある」
テイトは弾かれるようにシンを見遣った。
何の成果もなかったのだと諦めていただけに、光明が差したような気持ちを抱いたのだ。
シンは何かを考えるように目を伏せ、顎に手を当てている。
「アノニマスにはまず間違いなく研究所の者が関わってる」
「……どうして、研究所が?」
「理由までは分からない。ただ、研究所では魔法の威力を高めたり、魔法を持たない者に魔法を付与する研究が行われていた。その力を欲しがった誰かが研究所を襲ったか、或いは研究所内で力を持った者がそれを独占しようとしているのか……」
シンは再度黙り込んだ。
アルゲティを出てから一層口数が少なくなったシンは、何やら色々と思考してくれていたようである。
多くの仮説を立て、その中から何が真実なのかを見極めようとしているが、確信に至るにはまだまだ判断材料が足りない様子で、結局は頭をくしゃくしゃと掻き乱した。
「俺がそう確信した理由は幾つかあるが……第一は、あんたが敵の中で見たという竜の子が、研究所の被験者だと思われるからだ」
言われて、テイトの頭の中に鮮明にその《竜の子》の姿が思い出された。
冷たい笑みを浮かべていた、少年の姿が。
「№4、そう呼ばれていた少年と、特徴が一致している」
「……え?」
人の名前だとは到底思えない呼び名にテイトは困惑したが、シンは構わず続けた。
「それから、俺のことを知る人物が敵の中にいる可能性が高いと判断したのも要因の一つだ」
選ぶようにゆっくりと告げられた言葉に、テイトは目を見開いた。
「……知り合いの方が、いるんですか?」
「知り合いかと言われたら分からない。もしかしたら一方的に知られてるだけかも知れないからな。どっちにしろ、俺は人を覚えるのが苦手だから確証はないが」
シンは何をどう伝えるべきか悩んでいるのか、言い淀みながら手で口元を押さえた。
《アノニマス》の手掛かりになり得ることを逃すわけにはいかず、テイトはシンに詰め寄った。
「分かってること全部、教えてください! 些細なことでも構いませんから!」
シンは難しそうな顔で眉間に皺を寄せた。
「きっと、あんた達が求める情報じゃないものもある」
「それでも!」
テイトは必死に告げた。
《アノニマス》の情報は今現在全くないに等しい。
だからこそ、今まで襲撃されてからでしか動くことができなかったのだ。
何か少しでも情報をもらえれば、その戦況が変わる気がした。
詰め寄るテイトに、シンは大きく息を吐いた。
「……あいつらのこと覚えてるか?」
「あいつら?」
「体が爆発した男達のことだ」
思い出して、テイトは顔を顰めた。
リゲルには何の話か分からなかったのだろう、腕を組んで首を傾げていた。
「……忘れるわけ、ないです」
「左腕の刺青は見たか?」
テイトは驚きながら首を振った。
戦っている最中は勿論じっくり観察する余裕などないし、あの時は目の前で起きたことが衝撃的すぎて、無残な姿に変わり果てた死体をまじまじ見ることも出来なかった。
「……あったんですか?」
「亡くなった三人全員にな。おそらく、アノニマスの中には彫師がいるんだろう。刺青を入れることが出来る奴なんて限られているから、それも俺が確信に至った理由の一つだ」
「なる、ほど」
「刺青を入れた魔道士の命すら簡単に切り捨てるなんて、実に研究者らしいしな」
それから、とシンは更に続けた。
「死の間際に『ヨン様』と言って命乞いをしていたのは覚えているか?」
テイトはそれには確かに聞き覚えがあったため、ゆっくり頷いた。
「それは№4のことだ」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「簡単な言い換えだ、4もヨンも同じ数字を表わすだろう?」
「そんな短絡的な……」
シンはそれを聞いて自嘲に似た笑みを浮かべた。
「短絡的、そう確かに短絡的だ。だからこそ、俺のことを知っている奴がいると思ったんだ」
「え?」
シンは膝の上で手を組み、俯くようにしてその手を見つめている。
「研究所で№7と呼ばれていた名前のない子供を、俺は研究所から連れ出した時に安直にナナと名付けた」
聞き慣れた名前に、テイトは目を瞠った。
その少女は殆ど外套を手放すことはなく、たまに布から覗く瞳は血潮のように真っ赤で、髪は鮮やかな黄色をしていた。
テイトとリゲルには心を許していないのか近寄ることすらないが、シンとレンリには良くくっついている姿を目にしていた。
その子のことで合っているのだろうか、と窺うようにテイトはシンを見たが、シンがこちらを向くことはなかった。
「……自分でも、なんて捻りがないんだろうと思っていた。末端でも研究者を名乗るのであれば、こんな単純な名付けをするはずがない。それなのに、わざわざヨンと名付けたのは、俺への当てつけとしか思えない」
「……ヨンという名前の方が別にいる可能性は?」
「それも無いとは言いきれないが、これだけ研究所との関わりが見えているのに、どうかな」
シンは殆どその可能性を否定したような声音で告げ、不意に顔を上げてテイトを見た。
「俺はおそらく研究所を出てから奴らに監視されていたんだと思う。ナナと名付けた時、俺は既に研究所を抜けた後で、周囲には誰もいなかった。俺が彼女にナナと名付けたなんて、本来誰も知らないはずなんだ」
「それは……」
「奴らの中には、容易に俺を探ることのできる実力者がいるに違いない。――簡単に森に入れたレンリのような魔道士が」
テイトは目を見開いた。
その言葉はレンリを疑っているも同然だった。
口の開閉を繰り返すテイトをシンは真っ直ぐに見つめた。
「取り敢えず、レンリは信じない方がいいだろう。彼女は研究所の人間だった可能性が極めて高い。今は記憶がないからあんた達の味方をしているだけで、何かのきっかけで記憶を取り戻した時、敵になり得るかも知れない」
「そんな……」
「そもそも記憶の障害が本当かどうかも怪しい。俺より強い魔力を有しているなら、俺も含めて既に騙されている可能性すらある」
「だけど、レンリさんは僕とリゲルを助けてくれました!」
テイトは思わず立ち上がって声を荒げるが、シンはそんなテイトを冷たく見るだけであった。
「一回助けるだけで信用が得られるなら、そりゃ助けるだろう」
心ない言い方にリゲルが片眉をぴくりと動かした。
テイトはシンに対抗できる言葉を探したが、シンは畳み掛けるように続けた。
「仮に、記憶のないことが事実で今はただ本当に善良な人間だとしても、アノニマスと関係があるあんたや俺に接触したのは気になるところだ。警戒しとくに越したことはないだろう」
「っ僕は」
「警戒が無理なら、できるだけあんた達の情報を漏らさないことだな」
尤も、既に調べ尽くされてるかも知れないが、と続けてシンは目を伏せた。
余りにも冷たい言動に、テイトは唇を強く噛んだ。
「レンリさんが僕に接触したんじゃなくて、僕が彼女に接触したんです。彼女がシンさんと関わりを持ったのも、僕が無理矢理同行させたからです」
全て彼女の意志じゃない、とテイトは小さく呟いた。
「あんたが度を超すお人好しで、困っているか弱い女の子を放っておけないこと。そして俺を探していたこと。それを既に向こうが知っていたとしたら、利用されないとは言い切れるか?」
「……シンさんだって、レンリさんを保護するって言ってたのに、なんでそんなこと、」
「勿論保護するつもりだ。何かあった時に、俺のできることはする」
シンは真剣な瞳でテイトに告げた。
レンリを疑う気持ちと、保護しようとする気持ち、その両方に嘘はないのだろうと感じ取られた。
それでも、テイトは無性に悲しくなった。
「……僕は、嫌です」
「割り切れないなら、もしもの時に後悔するぞ」
「それでも、無理なものは無理です」
子供のような返答にシンが眉を顰めると、どこからか噴き出すような音が聞こえた。
この場の雰囲気に似つかわしくない笑い声にテイトが思わず音の出所を見遣ると、リゲルが口を押さえて肩を震わせていた。
二人の視線に気付くと、リゲルは悪いと言いながらも笑みを堪えきれないようであった。
「テイトはそういう奴だよな。いいじゃん、それが長所なんだし。お前は自分の信じたいものを信じたらいいよ。――そもそも、人を疑えって言うけど俺からしたらお前の方が信用できないし」
リゲルは挑発するようにシンを見て目を細めた。
言い合いに発展してしまうのではとテイトは焦ったが、シンは一つ溜息を吐いただけだった。
「……警告はしたからな」
「警告どうも。お生憎、信じるものは自分たちで決めるから余計なお世話だけど」
あっさり話を切り上げるシンに拍子抜けしながら、テイトは寝る体勢に入ったシンを窺うように見つめた。
「あの、アルゲティでの用は済んだわけですけど、この後はどこか目的地でもあるんですか?」
《アノニマス》の手掛かりを求めてここまで来たわけだが、結局足取りを掴めるようなものは見つけられなかった。
シンは自分に付いてこいと言っていたが、振り出しに戻った今、また当てもなく情報を追うことになるのだろうかと気を重くするテイトを余所に、シンはあぁと思い出したように呟いた。
「ここから一番近い教団を訪ねようと思ってる」
「教団、ですか?」
「相手が俺を意識しているなら、俺に直接何か仕掛けてくる可能性がある。だから、迎え撃つ為の拠点が欲しい」
その内容と教団が結びつかずテイトは首を傾げてリゲルを見たが、リゲルも肩を竦めるだけであった。
「それで、何故教団なんですか?」
「あいつらは遺跡を管理してるだろう。その一つを借りたい」
「借りたいって……」
まるでペンでも借りるぐらいの気安さに、テイトは半ば呆然と呟いた。
リゲルは鼻で笑った。
「遺跡なんて借りられるわけないだろ。そんな馬鹿げた要求に教団が取り合うはずない」
「簡単さ、竜の子が二人もいるんだから」
テイトは今度こそ開いた口が塞がらなかった。
「……まさか、二人を利用するつもりですか?」
「使えるものは使う。ついてきてるんだから、二人だって覚悟してる」
「でも、教団はいい噂を聞かないですよ。竜の子を売買してるとか……」
テイトが不安を伝えると、シンはなんだそれと言わんばかりに目を細めた。
「人身売買してたのは研究所だ。教団はそれをなすりつけられたに過ぎない」
知っている噂とは異なることを当然のことのように告げられ、テイトは目を丸くした。
「教団は考えが極端な奴らばかりだが、竜の子がいれば俺たちを邪険に扱うこともないだろう」
これ以上会話をする気はないのか、シンはテイト達に背を向けて横になってしまった。
《竜の子》だからとそれを利用するのは如何なものかとテイトは全く納得できなかったが、議論を続けようにもシンにその気はないようである。
テイトは腑に落ちないままリゲルと顔を見合わせることしかできなかった。
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