16.  廃都市アルゲティにて 1

 仲が良くなったかと聞かれれば微妙と答える他ないが、少しだけお互いに理解を深めつつ、出発から十日かけてようやくテイト達はアルゲティへと到着した。


 途中、大きな街に立ち寄ってレンリを医者に診てもらったが、特に異常もないため一過性の健忘だろうと診断された。

 ショックな出来事があった場合などに一時的に自分を守るために脳が忘れようとする現象に似ているが、どれにしろ薬で治るようなものではないときっぱり言われたため、テイトは心配してレンリを見遣ったが、レンリはその事をあまり気にしていないように見えた。

 強がっている可能性もあるが、できることがなければ気にしても仕方がないのは確かなことだった。


 寄り道をしたものの、想像以上に順調に進んだ旅路を喜んだのも束の間、アルゲティに着いて目に飛び込んできたその惨状に、テイトはこの場所で起こったことを想像して胸を痛めた。


 そこに首都カストルに次ぐ大都市であった面影は一切なかった。

 煌びやかであっただろう街は、誰も修繕の手を入れていないがために、襲撃された状態そのままに鬱蒼とした廃墟へと変貌してしまったようである。

 崩れかけた建物は、少しの衝撃で簡単に全壊してしまいそうな程で、手を触れることすら躊躇させられた。

 ほぼ壊滅状態となった街からは、人々もとっくに離れてしまったのだろう。

 人の声の聞こえない妙に静かな空間と、行く手を遮るように好き放題に伸びた雑草を前にしては、そこが栄えた街であったと言われても信じることすら難しかった。


 顔を歪めながら街の中に入ろうとするテイトの耳に、シンの冷静な声が響いた。


「ここからは別行動だな」

「え?」

「俺は研究所の跡地に行く、あんたにはあんたの用があるんだろ」


 研究所は街の外れにあるらしく、シンは街を抜けるより外壁沿いに進んで郊外に行く方が近いのだと続けた。


「それなら、僕も――」

「効率悪いだろ。この街に宿屋があるとも思えないし、さっさと終わらせてここを離れよう」


 シンの言うことは尤もであったため、テイトは素直に頷いた。


「分かりました。シンさんの用事はどれぐらいで終わりますか?」

「跡地に行くのに時間がいるだけだ。夕方までには終わる」


 テイトは咄嗟にこの近辺の地図を思い浮かべ、隣町に行くには三十分から一時間程あれば移動時間としては十分だなと判断をつけた。


「それでは、十七時にまたここに合流でいいですか?」

「十分だ」


 シンは踵を返すと、ナナとレンリと共に崩れた外壁に沿うようにして歩き出した。


 それを見送りながら、テイトは空を見上げた。

 太陽は現在真上に近い位置にある。

 今から日没までに、果たしてユーリとステラの住んでいた場所をこの酷く荒廃した街の中から見つけることができるのか。

 シンよりも自分の心配をしなくては、とテイトは息を吐いた。


「リゲルごめんね、付き合わせて」

「リーダーとステラさんの故郷なんだろ。俺もリーダーには世話になったし、関係ないわけじゃねーからな」

 わりぃ、今のリーダーはテイトだったなと続けて、リゲルはくしゃくしゃと自分の頭を掻いた。


 テイトは苦笑を浮かべた。


「別にいいよ、僕も自分がリーダーに向いてるって思ってないし」

「そういう訳じゃなくて、慣れの問題で……」


 リゲルはどこか恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「俺は、お前はリーダーに向いてると思うけど。あんな性悪魔道士とも仲良くできるし」

「はは、リゲルはいつになったらシンさんと仲良くできるんだろうね」

「別に仲良くしようなんて思ってねーし」


 リゲルが心底嫌そうに顔を歪めるので、テイトは思わず笑ってしまった。


 シンは別にリゲルにだけ殊更冷たいわけではなく、割と誰に対してもドライに接しているように思えた。

 シンの言う関係者だからかは分からないが、比較的にナナとレンリには雰囲気が柔らかいなと感じることもあるが、それも誤差の範囲であろう。

 リゲルが彼を性悪と称すのは、どうもシンが他者の感情を顧みずに正論ばかり述べていることが起因していそうではあるが、その実はただ単純に馬が合わないだけなのかも知れない。


 それが、この十日間リゲルがシンに言い負かされて口を閉ざすのを何度も見てきたテイトの見解だった。


「僕たちも行こうか」


 リゲルに声をかけ、テイトも街の中へと足を踏み入れた。


 元々メイン通りだったであろう道は雑草や苔で覆い隠されて足場の状態としては最悪だったが、森を歩いていると思えばそれほど苦ではなかった。

 進む程に、アルゲティの異様さは更に際立った。

 蔦の絡む崩壊した建物が多く目に入る度に、まるで草木が街を侵略してしまったかのように錯覚させられた。

 森に飲み込まれた街の風景は人が住んでいたことさえ疑わせるほどで、形見を故郷に帰してあげたいと言う願いが諦めに変わっていくようであった。


 せめて何か目印になるようなものがあればと半ば祈るように進んだが、同じ光景が続くばかりで進展はなかった。

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