SIDE. 森の魔法使い 3
表情を引き締めて一度も振り返らずに走り去るテイトを見送り、シンはゆっくりとレンリに近付いた。
「――一旦、俺たちは戻ろう」
「……魔法は、どうすれば使えますか?」
レンリに真っ直ぐに見つめられ、シンは眉を顰めた。
「どういうつもりだ?」
「この刺青があって、森に入れたということは、私が魔法を使えることは間違いないのでしょう」
「それで、加勢にでも行く気か?」
シンに鋭い視線を送られても、レンリが怯むことはなかった。
「私、テイトの言うことも、シンの言うことも分かるような気がします。誰かを守るという選択は、誰かを守らないという選択になる。お互い守りたいものが異なるのですね」
「俺は他の奴を助ける義理はないと言ったんだ、守るどうこうの話じゃない」
「けれど、シンの決断はナナ様を守るためのものなのでしょう」
シンは目を細めて口を噤んだ。
「私は何も分かりません。何を信じたらいいのかも分かりませんし、何をすればいいのかも分かりません。でも単純に、私を助けてくれたテイト達に同じものを返したいと思っています」
「……どうして、そこまで」
「誰かを守りたいと思う心に、それ以外の理由は必要でしょうか?」
「……少なくとも、俺には必要だ」
シンは大きく溜息を吐くと、頭をガシガシと掻いた。
「魔法は使うだけなら簡単だが、それを使いこなすのは一朝一夕でできるものじゃない。正直に言えば、魔法の使い方を教えたところで、あんたは足手まといにしかならないだろう」
「足手まといになるなら、潔くその場を離れます」
「……戦場だぞ、生半可な気持ちで行く所じゃない」
「無理だと思ったのなら、すぐに引き返します」
「引き返せる保証もないだろ、戦争に参加するのはそういうことだぞ」
「そうかもしれません。でも戦いに行く訳ではなく、助けに行きたいのです」
「あんたなぁ……」
「見ず知らずの私を守ろうとしてくださって、ありがとうございます」
そうレンリが微笑むので、シンは一瞬目を見開いた後に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「……あんたは研究所の犠牲者だからな」
「かもしれないだけで、そうと決まったわけではないですよね?」
「いい性格してる」
シンは息を吐いた。
「……魔法は理解力と想像力だ。火の要素は? 水の要素は? その構成成分をこの世界の何から抽出できる? それらを考え、組み合わせて起こす現象だ」
レンリが目を瞬かせたため、シンは目を細めた。
「この説明で理解できないなら、行かない方がいい」
「少し整理させてください。……シンがあの時私に使った魔法は、空気中の要素を使って周囲の草木の成長を促進させて且つそれを想像力で操った、そういう解釈でいいでしょうか?」
シンは目を見開いてレンリを凝視した。
「思っていたより賢そうだ。本当に記憶がないのか?」
シンの問いかけに、レンリは困ったように目を伏せた。
「記憶がないと言うより、自分自身のことがよく分からないのです。何かを教えてもらった気がするけれど、いつ、どこで、誰に教えてもらったかが分からない。その所為か、そもそも常識が根底から異なるような気すらしてしまって。……だから、私は自分の記憶を信じられないのです」
「なるほど」
相槌を打つシンに向け、レンリは頭を下げた。
「教えていただき、ありがとうございます」
「理解したところで発動するかは別だが……でもまぁ、引き留めない約束だからな、勝手にすればいい」
頭を上げたレンリがその場を去るのを見送って、シンは大きく溜息を吐いた。
「――そこにいるんだろ?」
シンが森の方を振り返って声をかけると、気まずそうに眉を下げたナナが木の陰から姿を現した。
言いつけを守らずに付いてきたことを反省しているにしてはその視線がこちらに向くことはなく、寧ろ俯いて何かを堪えている様子だったため、シンはふむと考えた。
この距離では会話まではまともに聞こえていないだろうから、大方自分が冷たく当たった所為でレンリが去ったと勘違いしているのだろう、とシンはおおよその見当を付けた。
シンはそのことを敢えて訂正せずにナナの方へと歩みを進めた。
「……行くぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます