4. 竜の子 3
食後、部屋に戻ったテイトはリゲルを交えてレンリに自分達のことについて軽く説明することにした。
リゲルは食堂でこそあんな態度だったが、レンリを目の前に座った途端、借りてきた猫のように静かになったのでテイトは思わず笑ってしまった。
「っ笑うなよ」
「ごめっ、だって、食堂では、そんなんじゃなかったのに」
「おまっ、そういうこと言うなよ!」
言い合う二人の姿にレンリが口元に手を添えて笑うと、リゲルの反論の声は段々と小さくなっていった。
それに比例するようにその顔が赤く染まっていくのが可笑しくてテイトが吹き出すと、リゲルは今度はただ恨めしそうにテイトを睨んだ。
「ごめん、レンリさん。彼はリゲル。貴女のことを相談したいのと、僕たちの活動について説明の補足をしてもらうために呼びました」
「いえ、仲がよろしいんですね」
「まぁ、リゲルは少し見た目年齢が近いから、遠慮しなくて済むというか」
「なんだよ、実年齢で言えばお前より八つは上だぞ」
リゲルはふて腐れたように唇を尖らせた。
「――それで、本題なんだけど……先ずは、レンリさんのことリゲルに言ってもいいですか?」
テイトが確かめるようにレンリに視線を送ると、レンリは真剣な顔で頷いた。
「はい、大丈夫です」
テイトはリゲルにレンリがどこから来て、何のためにここにいるのかが思い出せないこと。
名前もそう呼ばれている気がしたと言うだけで、本名かどうかも分からないこと。
そして魔法の存在すら忘れてしまっていることを伝えた。
ただ、レンリに刺青があったことだけは故意に伏せた。
リゲルが気のいい奴だとは分かっているが、魔法が使えると分かったら、否応なく戦うことを強制するのではないかという心配があったからだ。
そう考えてしまうほどに、今の自分達の戦力は不足しているのだ。
「――だから、僕たちは各地を回ってるし、それに付いてきてもらったら、次第に何かを思い出せるんじゃないかと思って。仮に思い出せなくても、レンリさんのことを知っている人に会えるかもしれないし」
リゲルは神妙な面持ちで、時折相槌を打ちながらその話に耳を傾けた。
説明が一段落付いたため意見を求めるように視線を向けると、リゲルは慎重な様子でレンリを見つめた。
「――レンリちゃん、その、信じてもいいんだよね?」
「リゲル!」
テイトが諫めるように鋭い声を上げたが、リゲルはレンリから目を逸らさなかった。
テイトはリゲルの失礼な質問を謝罪しようとレンリの方を向いて、その問いに動じることなくリゲルの視線を受けるレンリに思わず目を瞠った。
「その言葉に応えられるだけの情報が、私にはありません。私が何かを思い出した時に、貴方方の脅威に絶対にならないとは、申し訳ありませんが、現時点では約束できません」
「……そうだよね、変なこと聞いてごめんね」
「いえ、素性の分からない者に対して当然の反応です。私を側に置いておくことに不安を感じるのであれば、同行したいなどと我儘を言うつもりはありません」
「っレンリさんも、何言ってるんですか」
テイトが声を張り上げると、レンリは困ったようにテイトを見つめた。
「竜の子と呼ばれる存在がそれほど危険なのであれば、テイトも無理はなさらなくて大丈夫です。気にかけて頂いたこと、とても嬉しかったです」
「違うよ、レンリさんっ」
「もし同情して頂けるなら、厚かましいお願いになるのですけれど、私が自立できるまでの金銭だけでも援助願えませんか? 必ずお返ししますので」
テイトは言葉を遮るようにレンリの手を掴んだ。
朝食前はあれほど不安そうにしていたレンリが、その感情を隠して強く振る舞う様子に、テイトは自分の不甲斐なさを感じた。
感情の機微を読み取られていたこともそうであるし、それによって気を遣わせてしまったことが申し訳なかった。
レンリはおそらくテイトの最初の態度やリゲルの言動から、自分たちが《竜の子》を警戒していることに気が付いたのだろう。
そうでなければ、そんな言葉が自然と出てくるはずがなかった。
「違うんです。竜の子は危険な存在なんかじゃありません。……実は、僕たち数日前に敵の罠に嵌められて仲間を失くしてるんです。その中にたまたま竜の子がいて、竜の子は滅多に見ない存在だから、過剰に反応しちゃって、それで……」
言いたいこともまとまらないまま告げて、テイトはキッとリゲルを睨んだ。
「彼女の身元が分からない以上、リゲルがそう言うのも分かるけど、僕はレンリさんを助けたいと思ったから、いい方法がないか相談したくてここに君を呼んだんだ。彼女を責めて欲しかったわけじゃない」
テイトはなんだか泣きたい気持ちになった。
掴む手首の細さが、レンリのか弱さを表わしているようで、こんな華奢な女の子一人さえ満足に守ることのできない自分が情けなかった。
暫く沈黙が続くと、リゲルは両手を軽く挙げて困ったように眉を下げた。
「……テイト、まぁ落ち着いて。可能性としてそれは考えとかないとって話で」
「勿論僕も考えた。でも、レンリさんが記憶を失って困ってるのは事実で、それを助けてあげたいと思ったんだ。僕たちが慈善団体じゃないことは分かってる、でも僕は一人でも多くの人を守りたくてここにいるんだ」
「それでも、俺たちはもうリーダーを失うわけにはいかない。そうなったら今度こそ本当に、俺たちは壊滅する」
正論にテイトは押し黙った。
今自分たちがなんとか保っていられるのは、前のリーダーが自身がいなくなった後のことを考えて、それとなくテイトに引き継ぎをしてくれていたからだった。
もし、レンリが《アノニマス》側の人間だとしたら、危険に晒されるのはテイトただ一人だけではなく、《クエレブレ》を構成している者全てなのだ。
それが分かるからこそ、テイトは唇を噛んだ。
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