3.  竜の子 2

 レンリを一階にある食堂の方に案内しながら、テイトはどこか痛いところはないかと尋ねた。

 昨夜、目に見える範囲では外傷を確認したが、服で隠れている部分に関しては勿論のことだが何も確認できていない。

 レンリは一度首を傾げ、微笑みながら大丈夫ですと返事をした。


 会話をしながら、テイトは彼女が貴族なのではないかと推測していた。

 言葉遣いも丁寧で、仕草も上品。

 着ている服も上質な物に見えるし、右耳から垂れる耳飾りを飾る青紫の石は宝石のように見える。

 宝石などに詳しい訳ではないので、それは彼女が身につけているからそう見えると言われてしまえばそれまでだが、と横を歩く彼女をちらりと窺った。


(それに何より、彼女には刺青がある)


 テイトは偶然彫師に出会い無償で刺青を入れてもらえたが、彫師の数が少ない故に本来は高額請求されるものらしく、刺青を入れることができるのはお金を持っている者、それこそ貴族ぐらいでないと無理なのだと聞いたことがあった。

 問題は、それならば何故、彼女が主要都市から離れたこんな辺鄙なところにたった一人でいるのかということだが、それが思い出せないのであれば追求しても仕方ない、とテイトは前に視線を戻した。

 

 ガヤガヤと賑やかな食堂に辿り着いて、テイトは先ず仲間の姿を探した。

 この宿に泊まっている者なのか、それとも朝食だけを食べに来た者なのか、小さな村の食堂にしてはなかなかの人が集まってそれなりに盛況しているため人捜しも少しだけ難儀したが、テイトに気付いたリゲルがサッと片手を挙げてくれたのが見えた。


「――テイト、遅いぞ。もう半分以上食べ……」

 

 不自然に固まったリゲルの姿に、他の仲間達も不思議そうにテイトの方を見て、その後ろにいるレンリの姿を見留めると同じように固まった。


(その気持ち、よく分かる)

 内心で激しく同意しながら、テイトは仲間達の集まる丸いテーブルに近寄り、空いている席に座るようレンリを促した。

 レンリはテーブルを囲む面々に小さく礼をしてから席に着き、仲間達は遅れてぎこちなく会釈を返した。

 

 テイトは空いている椅子をレンリの隣に移動し、席に着いた。

 それでも固まったままの仲間達を見回し、テイトは一つ咳払いをした。


「えーと、こちらはレンリさん。昨日知り合って、ちょっと一緒に行動することになりました」

「突然すみません、レンリと申します。よろしくお願いいたします」

 

 レンリが小さく笑みを浮かべて頭を下げると、男達は惚けた様子で、あぁ、うん、よろしくと驚くほど小さな声で言葉を返した。


「レンリさん、どれを食べますか?」

 字が読めなくなっている可能性はないか、と心配しながらテイトはメニュー表を開いて見せたが、それに視線を落とすレンリに困った様子は見られなかった。


「……それなら、こちらで」

「分かりました。――すみません」


 店員を呼んで自分の分とレンリの分を注文したテイトが視線を戻すと、依然微動だにしない仲間達の姿が目に入り、苦笑を浮かべた。

 そんな男達に気付かないわけもなく、レンリは遠慮がちにテイトに声を掛けた。


「……私、皆さんの邪魔になっているみたいなので、やっぱりご一緒するわけに――」

「――そんなことないです、ここにいてください、寧ろいて!」

「野郎ばっかりでうんざりしてた所なんです! お嬢さんみたいな綺麗な子がいてくれたら嬉しい!」

「こっちのことは気にしないでいいから!」

 

 テイトに話しかけるレンリの声はかなり小さかったが、仲間達はおそらく耳を欹てていたのだろう。

 男達は口々に主張し、いつもよりも大分行儀良く途中にしていた食事を再開させた。

 レンリが安心したように微笑むと、デレデレと顔をだらしなく緩ませていたためテイトは呆れてしまったが、自分も似たようなものかと自省した。


 突然、レンリとは逆隣からぐいと肩を掴まれて引き寄せられた。

 テイトが驚いて目を向けると、リゲルがニヤニヤと悪い顔をしながらこちらを見下ろしていた。


「ちょっと、テイト君、僕聞きたいことがあるんだけどー」

 テイトの耳元に顔を寄せながら、リゲルは小声で話し出した。


「え、何?」

「あの美少女とはどこで知り合ったわけ? てか、昨日俺たちの部屋に来たのってそういうこと?」

「そういうことがどういうことか分からないけど、さっき言った通り昨日の夜に知り合って、ちょっと訳ありな感じだから、しばらく一緒に行動しようってことになったんだ」

「訳ありって……あの子、よく見たら竜の子だけど大丈夫?」

 

 言葉に懸念が混じり、テイトはしっかりとリゲルと目を合わした。

 リゲルも《竜の子》に仲間が殺されたのを見ている。

 その心配は当然のものであった。


「アノニマスと彼女はなんの関わりもないよ。レンリさんと少し話したけど、そういう心配はいらないと思う、多分」

「多分って」

 

 彼女に記憶がないので確かめようはないが、彼女が笑いながら人を殺すようには見えない。

 それがテイトの結論だった。


(それはまぁ、あの竜の子にも言えたことだけれど)


 テイトは浮かんだその言葉を飲み込んだ。


「何かあったら、僕が責任を取るから」

「そこまで言ってないけど。……俺だって、あんな子にお願いとかされたら無条件で何でも叶えちゃいそうだし」

「僕は別にそんな……」

「俺たちのことはちゃんと知ってるのか?」

「いや、それはまだ」

「それこそ説明しとかないと。戦場連れてくつもりがなくても、俺たちといたら巻き込んじゃうかも」

「うん、分かってる。それに関してと彼女のことについてリゲルに話したいから、後で時間を貰ってもいい?」

 大歓迎、とリゲルは笑って食事を再開した。


 間もなくしてテイトとレンリの分の朝食が運ばれてきたため、テイトはそれに口をつけながら、隣のレンリを盗み見た。

 食べ方も綺麗で、貴族の知り合いなんていないからその実は不明だが、やっぱり貴族っぽいな、とテイトは一人頷いた。

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