第39話、過去、訓練


 過去、訓練所


 ソ・キ・ハナとプフ・ケケンは、棒を構え対峙した。照りつける太陽の下、二人とも贅肉一つない体つきをしていた。

 プフ・ケケンは棒の先端を、地面すれすれまで下げている。ソ・キ・ハナは、傷だらけの頭をぐっと前に出し、棒を斜めに構えた。プフ・ケケンの目は、ソ・キ・ハナの傷だらけの頭をつい見てしまう。

 ソ・キ・ハナは、足をねじるように、ほんの少し前進した。プフ・ケケンは跳ね上がりそうになる棒を上から押さえた。誘っている。なぜか知らないが、ソ・キ・ハナの傷だらけの頭を見ていると、ついそこを攻撃したくなる。それをプフ・ケケンもソ・キ・ハナも知っている。

 ソ・キ・ハナはプフ・ケケンの胴を軽く突いた。それを素早くはねのけ、プフ・ケケンは打ち返そうとしてやめた。また、頭をねらいそうになったからだ。

 これでは、この間と同じだ。プフ・ケケンは、つい三日ほど前の試合のことを思い出した。あの時もソ・キ・ハナに誘われるまま頭をねらいにいき、それをよけられ胴を打たれた。

 プフ・ケケンはソ・キ・ハナに一度も勝ったことがなかった。

 打てば避けられ打ち返される。かといって何もせず立っていれば、攻撃を受けるだけだ。プフ・ケケンは踏み込み軽い突きを何度か放った。中途半端な突きを見切り、ソ・キ・ハナは上体を軽く反らした。プフ・ケケンはソ・キ・ハナの膝頭を払った。ソ・キ・ハナは棒ではじき、突き返した。しばらく打ち合いが続いた。

 ソ・キ・ハナは徐々に後ろに下がり、プフ・ケケンは追う。タイミングを計りソ・キ・ハナは前に踏み込み、プフ・ケケンの足を払う。プフ・ケケンは飛び上がって避け、打ち返した。ソ・キ・ハナの頭へ。その瞬間、ソ・キ・ハナの頭が消え、プフ・ケケンは胴を払われた。

「くそ! またやられた」

 プフ・ケケンは棒を地面にたたきつけ悔しがった。

「ふん、俺の頭をねらうからだよ」

 ソ・キ・ハナは傷だらけの坊主頭をなでた。

「なかなかいい試合だったぞ」

 教官のテンフ・ポポイがいつもの笑みで言った。時々、訓練生で試合を行った。一番強いのはソ・キ・ハナで、その次がプフ・ケケンだった。この二人はクラスの中でも、ずば抜けて強かったが、教官達には歯が立たない。棒を持つと手が震えるジェット・ケヌにもおそらく歯が立たない。

 一度、ジェット・ケヌに試合を申し込んだ訓練生がいた。それを受け、いつものように額のしわを寄せながら、ジェット・ケヌは棒を手に取ろうとしたが、何度も落とした。それを見ながら、その訓練生は仲間に目配せして、にやにや笑った。ジェット・ケヌは、地面に落ちた棒を拾うのをあきらめ、訓練生の前に立った。

「かかってこい」

 ジェット・ケヌは何も手に持たず、少し腰を落とした。訓練生は、とまどい、躊躇したが、すぐに棒を構えた。

 ジェット・ケヌの構えを見て訓練生の顔色が変わった。棒を構えたまま、じりじりと後ずさりした。

「どうした。かかってこないのか。一歩、人の前に出たら、もう下がることはできないぞ」

 訓練生は、短く息を吐き出し、ジェット・ケヌに突きを入れた。ジェット・ケヌは突きを避け、そのまま踏み込み、訓練生のあごに右の拳を打ち込んだ。左拳が、腹をえぐった。膝蹴りが顔に当たり、訓練生は後ろに倒れた。ジェット・ケヌは飛び上がり、踏みつぶそうとした。飛び上がったジェット・ケヌにテンフ・ポポイが飛びつき、それを防いだ。ルト・アタが、その訓練生の襟首をつかみ、宿舎の方へ引きずっていった。ジェット・ケヌは止めようとするテンフ・ポポイを何度も投げ飛ばしながら、訓練生の元へ行こうとした。最終的に、テンフ・ポポイとルト・アタ、二人がかりで何とか取り押さえた。

 それ以来、ジェット・ケヌを馬鹿にする訓練生はいなくなった。その訓練生は、しばらくして、軍を除隊になった。脳にダメージが残り、歩行すら困難になったそうだ。


 訓練生同士の試合の後は、基礎練習が続き、団体模擬戦があった。団体戦は追い手と逃げ手、二手に分かれ行われた。追い手が逃げ手を捕まえる。ある種の鬼ごっこのようなものであった。運動場には、白線で書かれた地図があり、所々二メートルほどの高さのベニヤ板が並べられていた。ベニヤ板は建物の代わりで、逃げる側は地図の端から、逆の端まで逃げ、追う側は逆の端から、それを逃がさないようにする。

 合図とともに逃げ手は逃げ、追い手は逃げ手を捕まえる。追い手が逃げ手を全員捕まえれば追い手の勝ちで、誰か一人でも追う側に捕まらず逃げ手が逆の端までたどり着けば、逃げ手の勝ちである。

 追う側の人数は逃げる側の二倍とされている。始める前に両方に地図が渡され、その地図を元に追う側と逃げる側が、作戦を練った。

「南北に大通りがあるな、ここはまず押さえておこう。ペンペ・モフ、スバリラ・キ・リカ、キョ・イシリは、南側を押さえてくれ、ナン・セ・ロリとキリ・トリは南側から北に移動してくれ。ヒンバ・キとニン・ナロとランラ・ラは南側から各通路をチェックしながら、ここの交差点で待機、あとは、中通り四本に小通りが五本か、全部を抑えられないから、真ん中の通り二本と小通り一本、これを抑えて、この長い小通りも早めに押さえとかないとな」

 追い手のリーダーはシン・タリだった。一方の逃げ手にはサイ・タタラとフン・ペグルとソ・キ・ハナがいた。


「このでかい通りは、絶対いるよな。だから、東の方は道が少ないから、西の細い道を使おうか」

 地図を見ながら、サイ・タタラが言った。

「でも、逆に道が少ない方が、人員が少ない可能性があるから、チャンスがあるかもしれない」

 フン・ペグルが言った。

「そうだなぁ、そういう可能性もあるよな。じゃあ、様子を見ながら何人か回そう、ここの細い道をバラバラになって攻めれば、誰かでれるんじゃないか」

「細い道は、逃げようがないから、すぐ捕まっちまうんじゃないのか」

 ソ・キ・ハナが言った。

「なるほど、じゃあ、中通りをねらって一気に落とすか」

「でも、この中通りって小いさな通りがあるから、待ち伏せされる可能性があるんじゃないの」

「うん、そうだな、じゃあこの細長い道を一か八か行くか」

 サイ・タタラは地図を指さした。

「そこは入り口を押さえられてると思う」

「その辺は臨機応変で何とかなるだろう」

「ならないよ。いつもそんな感じで負けてんじゃんか」

 そうだそうだと周りから同意の声が上がった。

「俺のせいにすんなよ。じゃあ、みんな勝手にやれよ」

 サイ・タタラが口をとがらせた。

「それが一番だめなんだって」

 意見はまとまらなかった。


 開始の笛の音が鳴った。

 サイ・タタラ達、逃げ手は、少しずつ広がりながら、様子を見ることにした。その間シン・タリたちは一つずつ逃げ道を防ぎながらサイ・タタラ達の居場所を探った。

 大通りをねらっていた逃げ手のプフ・ケケンは、道をふさがれているの気づき、元の道に戻ることにした。細い小通りに逃げ込もうとしたソ・キ・ハナは、追い手に見つかりあわてて逃げた。サイ・タタラは見通しのいい、真ん中でしっかり状況を把握してから動こうと考えていたら、いつの間にか囲まれ、あっさり捕まった。

「くそ! はめられた」

「いや、何もしてないから」

 追い手の一人があきれた。

 中通りを数人で駆けていたソ・キ・ハナは小通りで待ち伏せにあい捕まった。

 シン・タリは、南側の大通りを守っていた人員を北上させた。逃げ回っていたプフ・ケケンも挟み撃ちにあい捕まった。他の逃げ手も捕まり追い手の圧倒的勝利に終わった。

 この団体模擬戦の指揮については、シン・タリが一番うまかった。キョ・イシリは、そこそこできて、プフ・ケケン、ソ・キ・ハナ、サイ・タタラは、まるでだめだった。

 ほとんど毎日、基礎訓練と試合と団体模擬戦に明け暮れていた。週に一度ほど、座学があった。


「たき火を棒で叩いて消す際、小さなたき火なら、簡単に叩いて消すことができる。だが火が大きくなるとどうだ。棒で叩いて消すことはできなくなる。それどころか、棒すら火が飲み込んでしまう。火は燃える物がある限り際限なく広がる。そうなる前に小さな火の状態で消し止める。それが火打ち理論だ」

 教官は、黒板に、火が円を描き徐々に大きくなる図を書いた。狭い部屋に詰め込まれ訓練生は教官の話を聞いていた。

「君たち、特殊武装隊の任務は、まさにこれ、火打ち理論の実践、暴動が広がる前に速やかに鎮圧すること、暴徒の集まりが、小さい段階で、徹底的に消し止めること。それができなければ、暴動が際限なく広がり、この国に住む善良な市民の財産、命を、脅かす結果になる。君らの任務は、善良な市民を守るために盾となり、暴徒を鎮圧する刃になることだ。窓の近くの人、カーテンを閉めなさい」

 カーテンを閉めた。教室は暗くなった。教官は、スクリーンを降ろし映写機を作動させた。

「これは、1987年にズンベレで起きた暴動の写真である。見たまえ、暴徒が残した爪痕を」

 スクリーンに映写機が次々に写真を映し出す。泣き叫ぶ子供、燃えさかる建物、食料を奪われんとする老人を容赦なく打ちのめす人々。

「暴動は三日続いた。大勢の善良な市民が、暴徒の犠牲になった。君たちは心に刻み込んで欲しい。暴徒がいかに残酷か、暴動がいかに悲惨か、それを防ぐためどうすればいいか」

 そんな調子で授業は進んだ。少年達は徐々に暴徒に対する憎しみを募らせていった。



 新聞記者


「暴徒の鎮圧のために集められたということですか」

 ヨン・ピキナが言った。

 わざわざ暴徒の鎮圧のために少年達を集め、訓練をほどこす必要性があるだろうか。暴徒といっても、食うに困った一般市民が、食料を求め暴れているだけだ。それを制圧するのに、少年達の力、特殊武装隊だったか、必要ないはずだ。軍の力で十分制圧できる。しかも、この時代に突撃棒なんて、そんな棒きれで戦えと言うのか。

「俺たちの出番は意外と早く訪れた」

 男達の目から急に光が失しなわれた。

「スイゴロの暴動を知っているか?」

「スイゴロ……」

 確か十年ほど前に起きた大規模な暴動だ。その頃は、まだ駆け出しの記者で、暴動の取材なんてさせてもらえなかった。そもそも、暴動の取材なんてできない。暴動が起きた後は、軍が地域を封鎖し、記者の立ち入りは認められない。当然、当時の新聞記事には、よいしょ記事が載っていた。それに彼らが関わっていたと言うことなのか。

「では、話の続きを」


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