第22話、第三回裁判

 巷


 この裁判を、様々な人たちが注視していた。もちろん新聞には拾い上げることのできる事実は載らない。不都合は捨てられ、王にとって国にとって都合の良い事実のみで構成された内容になる。そのことを国民は知っている。ドブゾドンゾの国民は、およその全体像から、新聞の内容をひき、うわさ話や人づての情報、それらを加味し、今起きていることを正しく知ることにたけていた。特にこの裁判に関しては、様々な情報が、素早くかつ的確に伝わる奇妙な現象が起きていた。国民の注目は高い。だが静かだ。 


 第三回裁判


「そもそも、告訴人の言い分には、おかしな点が多々ある。鶏肉を落として妹は殺されたと告訴人は主張している。しかも、遺体をバラバラにされたと。そんなことが果たしてあり得るだろうか? 常識的に考えてご覧なさい。鶏肉を落としたぐらいで殺されますか? 殺されたとして、遺体をバラバラにする必要性がどこにありますか? みじんもない! 何一つ、起こりえることではない。このような裁判、行われること自体、問題だ。王に対する不忠不義、告訴人は、そのよこしまな思想から、妹の死を、それを城の不始末とし、やたら、世間を騒がせ、その様子を楽しんでいるのではないか。そのように私は考えている。とはいえ、ここは法廷、すべてを法の名の下、明らかにしなければならない。当方不本意ながら、この意味不明の裁判につきあわなければならない。まずは事実の積み重ねから求めたいと思う。告訴人には、告訴人の妹、カカ・ミが、いつどこでなぜどうやって殺されたのか、説明していただきたい」

 第一検事局長が言った。第三回目の死亡給付金請求の裁判、およびそれに対する逆訴訟の裁判が始まった。


 この裁判の記事が各社同時に報道されていた。国民見当新聞でもヨン・ピキナが書いた記事が載っている。四面あたりの小さい記事だ。

『愉快犯か守銭奴か! おかしな裁判が今、ゾドンの裁判所で行われている。城につとめるメイドが亡くなった。その兄が、なんと驚くことに、我らが王に対して死亡給付金の請求を行っているのだ! この男は自分の妹が亡くなったにもかかわらず、すばやくそれを金に換えようとしているのだ。狡猾と言うか何というか。メイドが亡くなった原因だが、その兄が言うことには、「鶏肉を落として殺された」だそうだ。』

 各社似たような記事が載っていた。どの記事も真実のかけらもなかった。それを非難することはヨン・ピキナにはできない。


 逆訴訟の裁判では、真ん中のテーブルをはさみ、検事と検事が互いに論戦を披露する。最初に争点をおよそ決め、それに沿って検事同士が比較的自由に話をして裁判を進める。今回は証拠品を中心に、裁判を進めることになった。争点としては、やはり、カカ・ミ嬢の死因が、城にあるのかどうかだ。警察の捜査が間に入っていれば、簡単な話なのだが、今回はそれはない。

 基本的に裁判官は判決を下すまで、あまり口をはさまない、多少の交通整理をするぐらいだ。ただの言い争いになる場合もあるが、そこは、検事と検事、同僚である。あうんの呼吸で、裁判を進める。通常の裁判では、どこか、雑談のような空気がただようが、今回の裁判では違う。緊張感があった。


「まずもってお断りしておかなくてはいけないことは、この裁判は、告訴人の妹、カカ・ミ嬢の死亡給付金請求の裁判であるということです。城のメイドであったカカ・ミ嬢は、ある日突然、兄の元、遺体となって帰ってきたのです。カカ・ミ嬢が城のメイドであったことは周知の事実であります。死亡原因、死亡場所、それらは、そもそも、働き場所である城の方で説明なされるべきではないでしょうか」

 ニコ・テ・パパコが言った。カカ・ミ嬢の遺体がない以上、死因の問題は、ニコ・テ・パパコにとって、きわめて不都合な問題である。

「証拠品二十二番四のEをご覧ください。メイドのカカ・ミ嬢の休暇届です。彼女は休暇中だったのです。休暇中何らかのトラブルで殺害されたとしても、それは当方の責任ではありません」

 第一検事長が言った。証拠品のプリントアウトされた書類には、ワープロで書かれた休暇願いが書かれてあった。日付もカカ・ミの遺体が届けられた一日前、三日間の療養休暇を申請してある。

「裁判長」

「なんでしょうか」

「その休暇願いですが。それは、カカ・ミ嬢が書いたものでしょうか?」

 ニコ・テ・パパコが言った。裁判長のフン・ペグルはあらためて、休暇願いを見た。

「見たところ、ワープロでプリントアウトされた物のようですが」

「では、本人が書いたものである証明にはなりませんね」

「裁判長、証人がおります。ワープロで書かれた休暇願いを持ってきたカカ・ミ嬢を目撃している物が多数おります。次回、証人として出ていただけると思います」

 ニコ・テ・パパコが城に行ったときには、誰一人として、休暇願いの書類があることも、それを見ていた人間もいなかった。圧力を加えて、メイドに証言させる気であろう。休暇願いの証明は、争えば争うほど不利になりそうだ。

「療養休暇であるなら、治療中の死亡と言うことになりますね。その場合、当然ながら、死亡給付金をいただけるものではないでしょうか。城の内規によれば、『就業中の怪我、病気に関しては、補償の対象とする』と書いてあります。療養休暇とすると、当然ながら、城の業務から発したものです。療養中となれば、その間の死亡は、業務内と解釈すべきではないでしょうか」

 この国には、有給休暇という考え方はない。すべての休暇は無給休暇だ。よって、病気の治療だろうがなんだろうが。休めばその分の給与は差し引かれる。とはいえ、城の労働環境は比較的整備されている。病気になればその間の治療費が一部国が負担する。見舞金もわずかながら出るそうだ。

「病気の治療中なら、国が治療費を一部負担することになるでしょう。それから、ある程度重い病、たとえば入院するような病であれば、治療中、見舞金が出ることになるでしょう。彼女は今現在、何らかの病を治療中ですか? あなた方の話によれば、彼女は、この世にいないそうじゃないですか。死亡時、何があったのかはわかりませんが、少なくとも、業務中であったということはありえません。また、その病が原因で、死亡したというなら、あるいは、保証の範囲内になるかもしれません。死因はなんでしょう。誰もわかりません。それなのに、城が保証しなければならないんですか? 王様が悪いんですか? おかしな話ではないですかね。人情的にはそう、わかりますよ。しかし法を厳格に適用すれば、無理でしょう」

 第一検事局長は笑みを浮かべた。やはり物証が少なすぎる。頼りになるのは証言だが、城の人間は皆簡単にコントロールされてしまう。

「なるほど、わかりました。では、カカ・ミ嬢が殺害されたのが、城の中でしたらどうでしょう」

「ほう、証拠があるんですか」

 第一検事局長の笑みがすこし崩れた。

「実はまだありません」

 裁判所がざわついた。

「まだ、ですか?」

「ええ、警察が鋭意調査中です」

 ニコ・テ・パパコは言った。

「そのような話、聞いておりませんが」

「私もつい最近聞いたばかりでしてね。城のある部屋で、血のついた肉切り包丁が発見されたそうですよ」

「ほう、それは驚きですな。しかしそれが、本件と関わり合うとはかぎりますまい」

 言葉とは裏腹に第一検事局長の表情に驚きはなかった。すでに知っている情報なのだろう。

「ええ、その通りです。ですが、関わり合いがあるのかもしれません」

 ニコ・テ・パパコは、これが正解でしょうと、自信ありげに笑みを浮かべた。


 裁判長のフン・ペグルは首をかしげた。血のついた肉切り包丁の話は聞いていない。ただ、またややこしいことになりそうな予感がした。


 その後は、川を、はさんでの棒のつつきあいのような、やりとりが繰り返され、三回目の裁判は終わった。

 新聞記者のヨン・ピキナはメモ帳を閉じた。前半はやはり、第一検事局長有利で進んだ。検事のニコ・テ・パパコは防戦一方だったような気がする。それも仕方がないといえる。あまりにも証拠がなさ過ぎる。死体すらないのだ。五体バラバラで、鶏肉を落として殺されたなんてのも、被害者の兄が言っているだけだ。しかも、被害者のカカ・ミ嬢は、城のメイドだった。城の中なら、証拠から証言まで、ねつ造することが簡単にできる。彼の背後には、この国の最高権力者たる王がついているのだ。

 せめて、取材だけはしたい。ヨン・ピキナはそう思っていた。通常の事件なら、事件現場なり事件関係者に話を聞きに行けばよい。だが今回、それをするには城に行かなくてはならない、王様に取材を申し込むのが一番いいのだが、そんなこと、あり得ない。それに、立場上やる気を出すのはまずい。ヨン・ピキナは、よいしょ記事を書くためにいるのだ。それが、事件関係者に取材などしたら、間違いなく酷い目に遭う。

 五年ほど前のことだ。当時、王が保有している山林に入り、密猟しようとした人間を管理人が射殺した事件があった。ヨン・ピキナの先輩記者が、数行、批判的な記事を書いた。密猟した人間を批判しつつも、やんわりと行き過ぎではないかと王をたしなめるような記事を書いた。その日のうちに、背広姿の男達がやってきて、編集長と会談し、訂正記事を出すことになった。次の日、その先輩記者は、建設現場の取材に行って、いや、行かされて事故死した。朝、土砂に埋もれて、夕方まで誰にも気づかれなかったそうだ。

 王が関わる事件でまともな取材なんてできない。事実を書くことも事実を調べることもできない。ヨン・ピキナの仕事は、上から運ばれてきた品物を、丁寧に箱に詰め、ラッピングすることだ。いらだちを覚えながら裁判所の扉を開け外にでだ。

「あっ、いたいた」

 二人の男が、悩めるヨン・ピキナに手を振った。

「ケリキ・サリルさん」

 ケリキ・サリルは小さな出版社の社長だ。あとの一人は確か、印刷所のツム・ホレンだったか。その二人がまたもや、いったい何の用だろう。

「いやー、待ってましたよ」

 二人は笑顔でヨン・ピキナに駆け寄ってきた。

「えっ、どうして僕を待ってたんです」

「実はね、いろいろ、聞いてほしいことがあるんですよ」

 ケリキ・サリルが、声を潜めながら言った。

「なんですか?」

「例の、ほらあれ、王様を訴えた男の話ですよ。ちょいとばかり、おもしろい話を仕入れたんです。それで、裁判が終わったらあなたが出てくるんじゃないかと思って待ってたんです」

「どんな話です」

 ヨン・ピキナは食いついた。

「いや、ここではなんだから、どうです。お店にでも、お酒でも飲みながら、話しませんか」

「そうですよ。裁判の話も聞きたいし、さぁ、ほらほら行ましょう」

「いや、しかし」

「まあ、どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ」


 ヨン・ピキナは二人に連れられ酒場に来た。客はヨン・ピキナ達三人しかいないようだ。やけにテーブルとテーブルが離れていた。

 二人はヨン・ピキナにとって貴重な情報を話した。城の方では、自殺したパン職人がいるらしく、そいつの部屋から、肉切り包丁が発見されたそうだ。裁判で検事のニコ・テ・パパコが言っていた刑事が調査中の事件のことだろう。他にも城の内部情報をいくつか教えてもらった。

 この二人、なぜ城の内部情報を知っているのかと、疑問に思い聞いてみると、「うちの印刷所、政府関係の印刷物も少し扱ってるんですよ。そのつてでね。知り合いの知り合いから、たまたま、うわさ話をちょいちょい仕入れてるんです」そういった。

「それで、裁判の様子はどうでした。荒れましたか」

 ヨン・ピキナは裁判の様子を話した。二人は真剣に話を聞き、時々質問をはさんだ。

 つまみを食べながら、少し変わった酒を飲んだ。なぜか知らないが、この二人、この事件にずいぶん興味を持っているようだ。この二人を通じてなら、取材ができるのではないだろうか。ヨン・ピキナはそう思った。

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