王様が来る。

畑山

第1話、葬式

 王は絶対的存在として、この国に君臨す。王は法に従い国を治め、国民を守り保護す。すべての国民は王を守り王に従い王を敬うべし。


 ドブゾドンゾ。

 その名前を聞いたことのある人間は少ないであろう。ドブゾドンゾは国である。大きな国ではない。人口はおよそ三千万人、海に囲まれた島国、その国はとても貧しく、国民の約二十パーセントは、一日一ドル以下で生活しており、毎年約三千人が飢え死にしている。ドブゾドンゾは王政である。


 夜、朝の漁に備え、カカ・カは床に入った。身重の妻は居間で編み物をしていた。そこに戸をたたく音が聞こえた。やや、ゆっくりとした音は、せかすでもなく、人が出てくるのを待っているような音であった。カカ・カは妻を手で制し、起き上がりドアを開けた。

 青い制服を着た男がいた。見覚えのない男だ。声をかけると、城の使いだと男は言った。男は、持っていた袋のひもを解き中を見せた。カカ・カの妹、カカ・ミの体が、バラバラになって入っていた。驚き、何があったのかと、聞いた。制服を着た城の使いは沈んだ声で答えた。

「鶏肉を落としてこうなった」

 わけがわからなかった。カカ・ミは城のメイドとして働いていた。鶏肉を落としたことと、妹が殺されバラバラにされたことが、どういうつながりがあるのか、カカ・カは聞いてみたものの、城の使いは明瞭な答えを出さなかった。

 どこをどう間違えてこんなことになるのかと食い下がるカカ・カに城の使いは背を向け言った。

「死亡給付金は出ない」

 そう言い残して去って行った。

 カカ・カは、しばし呆然と立ち尽くした。



 ドブゾドンゾに特定の宗教はない。それぞれの地方に土着の宗教があるにはあるが、それとて宗教と言うより、豊穣や感謝といった儀式的な意味合いが強かった。教祖や教団といったものは存在せず、万が一、宗教団体を立ち上げれば、厳しく罰せられた。王という絶対権力者の地位を守るため、神や教祖といった存在を長い年月をかけ、この国は滅ぼしてきたのだ。

 宗教組織を排除してきたドブゾドンゾにとって、宗教による葬儀は許されないものであった。だが、人の死、埋葬、葬儀というものは、神秘的許し、癒しを求める空間、時間でもある。そこで、国は葬式を各地方自治体の業務とすることにした。これによって、宗教の介入を防ぎ、国の権威を高め、どんな貧しい国民でも、最低限の葬儀を無料で行なうことができるようになった。

 ドブゾドンゾの葬式には、二種類の方法が存在する。海葬と埋葬。海葬は死者を海に沈める方法で、埋葬は、地面に埋める方法である。ただ、埋葬は、死者を埋める土地がいるため、ある程度の金銭的余裕がなければできない。よって、カカ・カの妹の葬儀は海葬で行われることになった。

 晴天の、波の穏やかな日、市から派遣された葬祭司の采配により、葬儀は何の滞りもなく行なわれた。あとはカカ・カの妹カカ・ミを海に沈めるのみであった。船に乗せられたカカ・カの妹の棺が沖へと進んでいく。海葬が行われる場所は決まっており、海流の流れが速くない深い海域が選ばれていた。何千何万というドブゾドンゾの国民が海底で静かに眠っている。

 棺は木製の釘でしっかり閉じられていた。通常であれば、最後のお別れをするのだが、カカ・ミの遺体の損傷が激しいため、おこなわれなかった。船の上には、カカ・カとカカ・カの父、親族、葬祭司がのっており、別の船には、漁師仲間と妹の友人がのっていた。カカ・カの身重の妻はのらず、港で待っていた。

 沖に出たところで、国歌が歌われた。葬祭師が明瞭な声で歌った。むせび泣く声がする。皆、知っているのだ。カカ・カの妹が、なぜ死んだのか、無惨にも五体バラバラになったことを知っているのだ。カカ・カの父が、へりにつかまり、カカ・カの手を握り、荒い息で涙を流した。カカ・カは妹の棺をじっと見つめていた。

 棺が海に下ろされた。中の石の所為で、棺は沈んでいった。

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