トラウマ持ち最強傭兵の終末世界救済紀行

紅夢

プロローグ

 パリ ≫06:32:09

 

 薄暗い取調室。もうとっくに交換時期を過ぎた蛍光灯が時折明滅し、男の姿を浮かび上がらせていた。


「ふふふ。きょうもいっぱいころしたね」


 男の目の前に座った少女が、楽しそうに、まだ声変わりしていない声でそう語り掛ける。


「ああ、今日も一人助けたよ」


 男は俯いたまま、その少女に応えた。


「これでなん人めだろうね」


「わからないな。数えたこともないし」


「じゃあさじゃあさっ、そろそろ決まった?」


 見なくてもわかるくらい、少女が楽しそうに跳ねたのがわかった。


「…………」


 目の前の机に投げだした両手を、やわらかくて冷たくて、小さな掌が包む。


「ねえ、選んで」


 その手が、自分の掌を首筋に誘導する。


 あと少し、手に力を加えれば――。


 そこまで考えた時、少女の奥にあった扉があいた。


「出ろ。釈放だ」


 不機嫌そうにシルエットが告げる。


「誰かいたのか? 話し声が聞こえたが」


「……いえ」


「――気味が悪いな」


 取調室には、一人の男が座っていた。


**************************************


「妙ですね。いきなり釈放なんて」


 フランス国家警察本部の駐車場。昨日の凍えるような雨模様が嘘のように空には青空が広がっていた。


 その青空を睨む青い瞳。


「…………」


 もう一人の黒い瞳の持ち主は、正面玄関を見ている。


「それで、どうします? 予定通り観光しますか?」


「…………」


「まあ昨日の今日ですし、どこも閉まっていると思いますけど——少佐?」


「…………」


 少佐の淡い黒の瞳は、胡乱気に虚空を見つめる。


 その視線を縫うようにして、絹のようにきめ細かい銀の長髪が冬の風に揺れた。


 整った顔立ちは切れ長な目が理路整然とした印象を与え、スーツに包まれた手足は身長と同じくすらりと長く指先まで洗礼されている。


「あの」


 反応の貰えない男は後ろ髪を撫でた。


 その手に、短く刈った白髪交じりの髪の感覚が伝わる。元の色は黒だが、今は白髪が多量に交じり遠目には汚い灰色に見える。


 わずかに高い身長は少佐とは別の意味でバランスの取れた体格をしていた。


 ジャケットに覆われた背中は、確かに筋骨を感じ取ることができるが、それは肉体に重みを感じない絶妙なバランスを保っている。


「――――飛行場に向かおう。少尉」


 少佐のわずかに低く、凛とした声が風に混じってそう告げた。


「了解」


 少尉と呼ばれた男は車に乗り込み。少佐もそれに倣う。二人を乗せた黒のセダンがゆっくりと走り出した。


 ラジオから流れる仏語が車内を満たす。国営ニュース。


 昨晩起きた同時多発攻撃の模様を伝えている。


 首謀者は現体制反対派に偽装した敵対国家勢力だったこと。鎮圧部隊に紛れ込んでいた二人の内通者を確保したこと。そしてその二人が国籍不明の傭兵であることから、昨今の傭兵ビジネスに対して専門家に問う様子など。


 少尉は溜息混じりにチャンネルを変えた。すると『――世界一の性能を誇るとされるスーパーコンピューターが――』といった雑多なニュースが流れ始める。


 その動きに合わせるように、少佐は窓を開けて車内に籠った仏語を換気する。


 と、ビルの隙間から差し込んだ日差しに、思わず目を細めた。


 その横顔を、ハンドルを握る傍らちらと見る。


「前を見たまえ。少尉」


「すみません」


 すぐに、見透かしたような薄目が見つめ返してきた。


 そうしてしばらくの間、車内を都会の喧騒と朝の冷え切った空気が支配する。

 決して心地のいいものではない。


 混乱し咽び泣く声、誰かを探す叫び声、苛立ちを隠さない怒号とサイレン。


 それらはラジオから流れるクラシック調のピアノと冷たい空気に混じって濁る。


「…………」


「どうかしたのかい?」


「いえ……」


「目が泳いでいたよ」


「すみません」


「「…………」」


「――女の子が、見ていました」


 最初に沈黙を破ったのは少尉の方だった。街の中心部から出る頃に、少尉はそう切り出したのだ。


「女の子って、君が昨日助けた子かい?」


「ええ、恐らく」


「見てたって……」


「はっきりとは。ただこちらを見ていたように感じました。目が合ったのかと」


「なるほど」


 少佐は頬に当てていた手を顎に移動させると少しだけうつむいた。


 少しして「まあいいか」と小さく呟くと「そういえば、新しい仕事が決まったよ」と少尉の方を見た。


「仕事? いつの間に」


「我々を拘束した張本人からさ。直々にね」


「冗談でしょう?」


 視野の隅で少佐が大げさに肩をすくめるのを認め、少尉は思わずため息が漏れた。


「何故わざわざそんなことを」


「そうしないと我々と接触できなかった。と言っていた」


「ああ……」


 そう言われると、思い当たる節はあった。


「まあ、危うく国外退去処分になりかけたのはいただけないがね」


「昨日までの特殊部隊インストラクトが信用として効いた、ということでしょうか?」


「どうだろう。まあ、国家警察の彼らがそうかは分からないけどね。私たちの釈放は彼等には伝えていないようだし」


「……それ、大丈夫なんですか?」


「さあ」


 所詮国家の事情など、傭兵たちには興味のない事柄であった。


「ということは、我々を拘束した二人は――」


「少なくともDGSE(※対外治安総局。フランスの情報機関)ではないらしい」

「本当に大丈夫なんですか? その仕事」


「危険かどうかという意味の問いならば、それは野暮ってものさ」


「………………」


 少尉は、それ以上何も聞かなかった。


 傭兵――それは金に命を懸けて戦う兵士。国の為に命を懸ける尊き理由もなく、ただ自己の利益を追求する、傍目に見れば最も野性的で野蛮な生き物。


 ごく稀にそうでない者もいるが、そういう人間は死に場所を求める亡霊か、ただ命を懸けることでしか事でしか生を感じられない異常者だ。


 そして傭兵の命は、戦場にあるどんな兵器よりも安く、軽い。


 二人は、傭兵。今までその命は紙のように扱われてきた。


 それでもこうして生きているのは、彼女のおかげだろう。


 昨晩も、攻撃の首謀者を拘束できたのは間違いなく彼女がいたからだ。


 その結果として、かなり無茶な理由で当局(?)に拘束されることになったが。


 そんなことを思い出しているうちに、気づけば二人は無人の飛行場に着いていた。


 長年使用された形跡がなく、設備のほとんどは取り壊されており二階建ての航空機格納庫と荒れ放題の滑走路の周辺を錆びたフェンスと鉄格子が囲っている。


 その手前の駐車場に一台のバン。


「先客ですか?」


「ここで合流する手筈になっているが――」


 車から降りた二人は揃ってジャケットのボタンを外し、そっとバンに近寄る。


 中身は空だった。


「中に入らないように言いましたか?」


「それはもう、厳重に」


 少佐はにこにこしている。


「言えば入るとわかってて言いましたよね?」


「さあね」


 これ以上の詮索は無意味だと判断した少尉は滑走路入り口の防犯カメラを見た。


 レンズは赤色に明滅している。


「「…………」」


 二人は拳銃を抜くと安全装置を外し薬室に一発目が装填されているのを確認した。


「昨日我々を確保した時は、三人の私兵がいました。取り調べの時は一人でしたが」


「扉の外に一人待機していたね」


「…………」


 もはや、彼女の人間離れした気配察知能力に意見する気など起きない。


 少尉は何事も無かったかのように内ポケットを探った。


 取り出したのは、針金を編んで作ったような小さな機械。それを奥歯にはめた。少佐もそれに倣う。


「聞こえますか?」


『ずいぶん遅いお帰りで』


 二人の奥歯を通して特徴的な訛りをもった少女の声がした。


「やあムム――いやなに、新しい仕事を見つけてきたんだ」


『ジャあ、アいつらは新しい仕事仲間てわけカ』


「どうだろう。君の眼にはどう見える?」


『知ラん。私はそッチの人間じャなインデな』


 少佐の声とムムという名の少女の声を交互に聞きながら、少尉はフェンスを少しだけ押して滑走路の様子を覗く。


「待ち伏せは?」


『駐車場に来てカら行動を追っテいる。三人トも格納庫の二階で物色しテるよ』


「それ以外に何か分かることはありますか?」


『元軍人。デーたベースに該当ナシ』


「なるほどね」


「となるとやはり特殊部隊上がり──もしくは工作機関上がりですかね。厄介な私兵を抱えていますね、依頼主さんは」


「ふふ、面白くなってきたんじゃないか。少尉」


「…………行きますよ」


『よくわからんが、頑張れよ』


 少尉がフェンスをゆっくりと開け、二人は日本語を聞きながら飛行場に侵入した。


**************************************


 格納庫の二階に上がった時、二人は隠しきれない気配を感じた。


 間違いなく自分たちと同類だという、その匂い。


(部屋に三人)


(みたいだね)


 ハンドサインでやり取りをする。辺りには錆と埃の混じった臭いが漂っていた。


 階段から伸びる通路はそのまま二階にある部屋に通じており、部屋の大きさは一階の格納庫のちょうど半分くらい。部屋の前後は全面窓ガラスだった名残があり、しゃがんでいる少尉の頭上から中にいる三人の話し声が聞こえる。


「……何もない。本当にここであってんのか?」


「ああ。おっさんはそう言ってたぞ」


「おい、やっぱり入らない方がよかったんじゃないか?」


「いや。俺は新人が信用ならねえ。昨日のテロの首謀者だって話じゃねえか」


「お前は相変わらずニュースを真に受けるやつだな。あんなのおっさんの嘘に決まってんだろ。まあ、それはそれとして俺も信用はしてねえが」


「やっぱ戻った方がいいんじゃないか?」


「だいたいあのおっさんはいつも何の相談もしねえで勝手に決めやがる。自分が何の仕事してるのかって——」


 向き直った少尉の顔を見た彼女は今日一ニコニコ笑っていた。


 美しい指先で美しい口元を隠すその仕草が「そんな怪訝な顔をするな」と物語っている。


 気配は本物だ――そのはずだ。


 しかし、彼らの油断しきった態度が少尉に疑念を抱かせていた。


 自分たちに聞かせるためにわざとあのやり取りをしている可能性すら感じた。


(私は裏に回るよ。タイミングはそっちに任せる)


 少佐はそう示すと、部屋に沿って前方に伸びる通路にひらりと消えた。


 そう時間はかからないだろう。その間に扉の位置まで移動する。


 慎重に室内を覗き込む。乱雑に並べられたデスクに混じって三人の人影。


 一人は屈強な黒人。一人は若い白人。一人は慎重そうなアジア人。


 三人とも無意味に空の部屋を調べつくしてすっかり手持ち無沙汰の様相を呈していたが、間合いを保ちごく僅かな緊張感を張り詰めていた。


『――いつでもどうぞ』


 聞こえた瞬間、少尉は飛び出した。


 それまで消し去っていた気配をあえて爆発させるように、派手に鉄の足場を踏む音を立て、入口から転がり込む。すぐに銃声が鳴った。


 並みの反応速度でないことは明らか。手近なデスクの影に飛び込みながら状況を確認する。


 自分に背を向けていた黒人は僅かに反応が遅れていた。拳銃を抜いたのはこちらを向いていたアジア人。白人は正面の窓枠から飛び込んだ少佐が襲い掛かっている。


 ならば——


 少尉は拳銃を投げ捨てた。そちらに視線を惹きつけるためだ。


 デスクから飛び出すとちょうど黒人の体に隠れるようにして射線を遮る。


 その大柄な体が振り向ききるまでの数コンマのうちに体に飛びつくと、バランスを崩した。


「待て‼」


 アジア人が声を上げた。


 少尉は黒人の腕関節を右手で固め、左手で持ったナイフを首筋に当てていた。


「武器を下ろせ」


 アジア人が構えた拳銃はしっかりと少尉の頭を狙っていた。少しでも動けば確実に引き金を引くだろう。


 だが、その瞬間に左手のナイフは首筋に埋められる。


 三人の間の緊張を破ったのは少佐の声だった。


「銃を下ろせ。もう君たちには一寸の勝ち目もない」


「――っ、いつの間に——」


 少尉が派手に立ち回るのとは逆に、少佐は一切音を立てずに室内に侵入していた。


 囮をするのは、いつだって少尉の役目だ。


 男は身動きせずに背後の少佐に意識を傾けた。


「もう一人は?」


「大丈夫。気絶させただけだからすぐ起きるよ」


 そこまでくると、男はわかりやすい悪態をついて銃を投げた。


「ふふ。理解が速くて助かるよ」


「あんたらが指令の言ってた新人か?」


「かもしれないね」


「……だからやめとけって言ったんだ」


 両手を挙げたアジア人を楽しそうにからかう少佐。


 無言だった少尉はナイフを緩めると口を開く。


「私の聞いた情報が正しければ、あなた方とは外で会う予定だったはずなのですが」


「その通り」


 そのイガイガとした特徴的な声は、そこにいた誰のものでもない。


「新人が来るたび私の命令を無視するのは、歓迎会か何かのつもりか?」


 全員が声のした方を見る。そこには眉間に皺の寄った男が立っていた。


「全く。まあこうなる気はしていたから急いできたんだが……すまないが二人とも武器を収めてはくれないか」


「昨夜ぶりですね。ここでは『指令』と?」


「昨日名乗っていたのは偽名だ少佐。分かっているのならからかわないでくれ」


 通信機越しにムムからこの男が訪れたことを聞いていた二人は特に驚きもしていなかったが、気絶した男を除いた二人の私兵は何ともバツが悪そうである。


「さて。何から切り出すべきかな」


 パイプ椅子を起こした指令はどっしりと座ると各々に促す。私兵の二人は促されるまま座り、少佐は優雅に座り足を組む。少尉は入口近くに立った。


 指令は白髪交じりの顎鬚を撫で、オールバックを撫でつけながら言葉を濁した。


「あー、そうだな、まずは紹介しよう。――――諸君、彼らが『例の傭兵』だ」


 そう言うが早いか、二人は揃って振り返った。


「おい、冗談だろ?」


「女だったのか?」


 二人して親指で少佐たちを指し、指令の顔と交互に見る。


「そう、彼女たちこそが、この企業優勢の軍事産業時代にたった二人で戦場に影響を与えられる傭兵だ」


 指令は頭をぽりぽりと掻きながら紹介する。


「マジかよ……」


「通りで……」


「我々ってそんなに有名だったんでしょうか?」


「さあ」


「君たちが自分たちの存在をどう評価しているのかは知らないが、ここ十年の『企業』の影響力を加味して――いやだからこそ君たちは異様だし圧倒的だ」


「そもそも、企業に所属しないフリーランスな傭兵なんて、今時じゃなくても馬鹿がやることだしな」


「『単一の国家より、単一の企業の方が力を持っている可能性すらある』時代ってこともある」


 アジア人の男が引用したのは、とある経済学者の言葉。


 原因は様々。少なくとも二度目の世界恐慌を皮切りに様々な人間の思惑が絡み合いこの混沌は生まれた。


 その結果ここ十年間、水面下で行われていた紛争やそれに準ずるものは徐々に数を増やし隠す気もなく堂々と行われるようになった。


 その最前線の戦力の内半分は企業により派遣された傭兵。三割は企業から提供された最新兵器や小型ドローン。残りの二割がその国の軍人といった具合だ。


 現代の国防の主流は軍事産業を商売にする軍事会社と専属契約を結ぶこと。


 国家とメーカーの間を取りもち兵器売買を行い、適材適所で人材派遣を行える企業主体の軍事産業は、五〇年代から世界経済で台頭し、今や戦争行為も国家の重要な経済活動の一環となっている。


「そんな時現れたのが君たちという存在だ」


 指令は灰色に濁った眼で少佐を見た。


「どこかが勝過ぎても負けすぎても世界に与える影響が大きくなり過ぎた現代で、君たちは常に均衡をとるように動いていた。はじめは影すらも捉えられなかったが、やっと見つけられた」


 少佐を見る瞳には熱がこもっている。しかしあくまで彼女は微笑みを崩さずに無言でそれを受け止めていた。


「でもよぉ」


 と、そこに異を唱える者もいた。


「やっぱ現実的じゃないぜ。たった二人で企業間の戦争に影響を与えるなんて。どこに確証があんだ?」


「まったくだ。実力があるのは認めるが、なぜそんなことをしている。お前らも傭兵なら、何かしらの欲があって銃を握っているはずだ」


 秒殺され(かけ)た二人が、今度は指令を見る番だった。


 指令は「ふむ」と唸ると。


「確証は、ある」


 と告げた。


「例えば?」


「詳しいことは言えないが、昨日の首都攻撃。ほとんどが派手な陽動に騙されていた中、この二人だけは首謀者の思惑に気づいていた。その上拘束するまでに至ったのだからな」


「――っ‼」「…………」


「気づくだけなら私たちでも可能だった奴もいただろう。実際私たちがそうだ。だが、たった二人で敵の本隊に突っ込んで虐殺。拘束されていた政府要人を救出など並みの傭兵には不可能だ」


 昨晩の同時多発テロに見せかけた遠い国からの攻撃は、テロを陽動に使い各国大使館から要人を秘密裏に国外に誘拐することが目的だった。


 二人は早い段階でそれに気づくも、雇い主を説得することは叶わず仕方なく命令無視の形でそれを阻止した。


「確かに……確かにすげえな、それは――だがまだ気になることがある」


「なんだ」


「信念だ。ここじゃ何よりも重要だと言っていい」


 黒人は無意識に身を乗り出していた。


「それは——どうなんだ?」


「あなたが話を持ち掛けた時に話した通りですよ。私の理想は世界平和です」


 少佐は微笑みを崩さず、しかし真剣な眼差しでそう言った。


 その口ぶりは、今まで話していた時と同じように気取るでもなく、平然としたトーンだった。


「世界平和か……そりゃいいな」


 答えを受けた彼は、納得するように何度か頷いた。しかし勢いよく立ち上がると少佐に距離を詰めた。その動きより早く少尉が間に入る。


「銃を握ってるような奴がそう言う時は、決まってそいつはイカれた奴だと相場が決まってる」


 黙って事の成り行きを見守るアジア人。見下ろした少佐を睨む黒人。笑ったままその視線を受けながらも、瞳が真剣に据わった少佐。彼らの間に入った少尉は右手で黒人の肩を抑えながら左手は拳銃にかけていた。


「――君らと何が違うのかね」


 そこに、指令が割って入った。


「違うさ! こんな傭兵とは」


「いや。本質的には何も変わらない」


「何?」


 彼は振り返ると困惑した眉で指令を見下ろす。当人は人差し指で「座りたまえ」と示した。


「昨夜の攻撃にて、彼女はこの国の人間を躊躇なく見捨てた」


「馬鹿な――」


「いや確かにそうだ。彼女は世界の安定の為に目の前の命を犠牲にした。だろう?」


 促された少尉は無言で首肯すると、左手を拳銃から離した。わかりやすく驚く黒人に対して、アジア人はずっと無言で腕を組んで話を聞いている。


「では聞こう。少佐——君が考える世界平和とはなんだ」


 少佐は考えるそぶりを見せなかった。


「私にとっての世界平和とは、人類文明の存続です。永遠なる存続」


「その為ならば数百万人が犠牲になろうとも?」


「必要な犠牲です」


「よろしい。では、世界——ひいては人類文明の危機に君たちは必要と私は考える」


 指令は立ち上がり手を打った。その両の足でしっかりと立つと皆を見据える。


「再三の話にはなるが、諸君。人類は滅亡の危機に瀕している」

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