時を紡ぐ

風と空

第1話 優しさに触れる

 いつものホーム。いつも通り職場に向かう為に電車を待っている私こと佐倉さくらねい(25)。


 あ、変な名前って言わないでよ。親がおおらかで優しい子になる様につけてくれた名前なんだから。


 って名前の事は良いの。

 むしろ今現在も感じている視線なんだけど…… ほらいた。


 本多ほんだ主任。


 本多ほんだ志信しのぶ主任(33)男性で独身。普通に優しい感じの主任なんだけどね。なぜか私を見ているのよね。


 で、あっちも目があったらニコッと笑って、目が合う事を隠しもしないし。今だって列を乱さないためか後ろから歩いてくる訳でもないし、毎日一緒の時間だけど電車の中で接触してくるわけでもない。


 自意識過剰かなって思っていた事もあったけど、ここ最近は隠しもしてないのよね。昨日なんか、「明日も同じ電車に乗るのか」って聞いてくるんだもん。


「あ、はい」って返事しても「そうか。わかった」って言ってたち去るんだよ。


 こっちがわからないわよ。

 悔しいからもうそのままにしているけどね。


 あ、電車来た。


 電車の風圧で髪が乱れない様に抑えながら止まるのを待つ。

 電車がいつもの位置に止まり入り口が開いて、前の人に続いて電車に乗った筈だったんだけど……


 

 どこ?ここ?

 っていうか何があったの?!


 …… 建物が軒並み崩れている……

 崩れかけの家…… 潰れたお店…… ひび割れた道路…… 道にはガラスの破片や、壊れた外壁?…… 石も散乱している。


 マンションも酷い…… 下の階が潰れている。


 瓦礫の中から何かを探している人達も……

 

 ここは一体…… ?


「いやぁぁ!母さん!母さん!」


 女性の悲痛な声に振り向くと、崩れた家から人が運び出されている。しがみついて泣いているのは娘さん?


 周りの人達も痛ましい姿に泣いている人達もいる。私は戸惑いの余り周りを見渡す。


 道路で毛布にくるまっている人。瓦礫の中立ち尽くす人。瓦礫の中から物を探す人。みんなが悲壮な表情をしている。


 え?どうなっているの?この状況は何?


 呆然と立ち尽くしている私の肩を誰かがポンポンと叩く。


「大丈夫かい?家族を探しているならこの近くの小学校に行ってご覧。あそこが避難所になっている筈だよ」


 振り向くと、人の良さそうな50代くらいの女性が心配そうに私を覗き込んでいる。


「あ、あのここはどこですか?」


 優しそうな人に思わず不躾に聞いてしまった。


「まだ気が動転しているのかい?ここは〇〇地区だよ。小学校はこの先の大通りを右に曲がった所にあるから、そこで少し休むといい」


 ポンポンと優しく肩を叩いて私を促してくれる女性。〇〇地区は私が引っ越ししてきた町内と同じ地名…… 。


 でもこの惨状は何?


「ああ、そうだ。良かったらこの子も一緒に連れて行ってくれないかい?私が保護したんだがまだやる事があってね。頼めないかい?」


 女性を見ると、不安そうな顔をした男の子が女性と手を繋いでこちらを見ていた。「でも……」と言いながらも、その不安な表情に頷いてしまう私。


 女性は申し訳なさそうに「助かるよ」と言って子供の目線に合わせて屈み、男の子に話し出す。


「のぶ君。おばちゃんね、まだおじちゃんを探さなきゃいけないんだ。避難所のおじいちゃんおばあちゃんも探しているだろうから、このお姉ちゃんと一緒に小学校に行ってくれる?」


「…… おばちゃんもあとでくる?」


「ああ、後で様子を見に行くよ」


 女性がのぶくんという男の子の頭を撫でて笑顔を見せる。その後私に頭を下げてから男の子を預けて、倒壊した自宅であろう場所へ戻っていった。


 私は未だ混乱の中にいたが、不安そうな男の子を見て気持ちを抑えて笑顔を作る。


「初めまして。お姉ちゃん寧っていうの。あなたはのぶ君で良いのかな?」


 男の子がコクンと頷く。五、六歳位だろうか。とても大人しい子だ。手は繋いでくれたが、私が話しかけても頷くか、首を横に振るかで余り喋ってくれない。そりゃそうだよね。


 それでもわかった事は、のぶ君のご両親は行方不明だそうだ。自宅は先程の女性の家の隣。倒壊した家の中って事か……


 のぶ君はおじいちゃんおばあちゃんの家にお泊まりしていて、三人で小学校に避難していたのだが、お父さんお母さんが心配で一人で家まで来てしまったらしい。 …… 心配してるだろうなぁ。


「じゃあ、のぶ君小学校に戻ろうか」


 私の呼びかけにのぶ君は頭を横に振り、「おとうさんとおかあさんのそばにいる」と手をぎゅっと握って動かない。


 どうしようか。


 離れたくないのぶ君の気持ち。

 心配しているであろうおじいちゃんおばあちゃんの気持ち。

 どちらにも共感できるからこそ動けなくなってしまった。


 だったら動かないのも選択肢の一つ。


「のぶ君。じゃあ、おじいちゃんおばあちゃんが迎えに来てくれるかもしれないから、家の前で一緒に待ってる?」


 のぶ君は私の提案に頷いて答えてくれた。そして私を引っ張ってのぶ君の自宅へ向かう。先程の隣の女性が立っている近くまで行くとのぶ君を見て、また近寄って来てくれた。


 のぶ君の想いと私も迎えにくる可能性を信じて、救助の様子を見る事を説明すると、「仕方ないわねぇ」といって毛布を手渡してくれた。


 先程の女性は家から引っ張り出したであろうもう一つの毛布を地面に敷いてくれて、感謝と共にのぶ君とそこに座らせてもらう。


 のぶ君の家の隣りの奥さんは佐藤さん。今は消防隊員とご近所さんが協力して旦那さんを探している。その隣りの敷地でものぶ君のご両親の救出も同時に行っている。


 私はのぶ君を抱き寄せ一緒に毛布を被る。のぶ君の視線はずっと家に向いたまま。それは佐藤さんも一緒。佐藤さんは座る事すらしていない。


 二人が集中している為、私も自身の考えをまとめてみる。


 〇〇地区は震災からの復興が早かった場所、とアパートの管理人さんが誇らしげに言っていた。という事は、私は今震災直後の〇〇地区にいるのではないだろうか。


 理由はわからない。それでも根拠はある。ここまで来るのに面影があるお店がチラホラとあった事。ここから見える喫茶店。確か震災後に新しくしたものの、以前と変わらない外見にしたと言っていた。


 それに〇〇地区は木造の作りの家が多く倒壊が多かった事。のぶ君の家はまだ家だったとわかるけれど、辺りから未だ焼けた匂いがすることから、たぶん通りを跨ぐと焼け野原なんだろうな、と想像がつく。


 そう考えていると、佐藤さんの家から毛布のかけられた人が消防隊員と近所の人達によって運び出されてきた。


 走って行って確認をする佐藤さん。涙で見えないのではないだろうか、と思うくらい泣きながらでも確認が取れたらしい。


 何よりも消防隊員とご近所さんに泣きながら頭を下げる佐藤さん。ご遺体は安置所に一先ず移動になるらしい。こちらを気にしながらも一言声をかけてから、ご主人と移動をする佐藤さん。


 こんな時なのに私は感動していた。

 ここまで大変な時に私は他の人を気遣えるだろうか。

 

 同時に考える。

 自分の感情に負けずに、現実を受け入れるだろうか。


 …… 私は時間がかかるだろう。気持ちなんてそうそう簡単に切り替わるものではない。

 

 じゃあ、幼いのぶ君は大丈夫だろうか?

 ふと、のぶ君を見て見ると、私に体を預けて眠っている。


 眠っていてくれてどこかほっとする私。小さい子に両親の遺体の確認なんてさせたくない。


「のぶ君ごめんね」


 そっと眠っているのぶ君を抱き上げ、小学校に歩いて行こうとした時、「のぶくーん!」と言いながら走ってくる女性が近づいてきた。


 話しを聞いてみるとのぶ君のおばあちゃんだった。後ろからおじいちゃんと思われる男性も追いついてきた。二人はどうやら移動中の佐藤さんからのぶ君のことを聞いてきたらしい。


「お世話になってしまって、本当に助かりました」


 寝ているのぶ君をおじいちゃんに託し、頭を下げて感謝するおばあちゃん。「いいえ、たいした事は…… 」と言いながらグゥ〜となる私のお腹。


 いやぁ!なんでなるのこんな時に!


 赤くなる私にふふっと微笑むのぶ君のおばあちゃん。バックからまだほんのりあったかいおにぎりを私に渡す。


「こんな事でお礼にならないだろうけど、食べて下さいな」


 と私の手をとって、おにぎりを渡して握らせるのぶ君のおばあちゃん。良いのかな?多分配給のおにぎりだよね。


 でも遠慮はこの場合は違うかな、と考え感謝して頂く事にして、私はお礼を言ってその場を去る事にした。のぶ君のおじいちゃんおばあちゃんは手を振って私を見送ってくれた。


 出来ればのぶ君ともっと話したかったけどね。


 そう思いながら取り敢えず私は駅の方向に歩き出す。駅の場所は変わらなかった筈。そこに行って戻れるかわからないけど、行ってみようと考えていたのだ。


 意識を駅に向かう事に集中させると、遠くから電車が通り抜ける音が聞こえてきた。


 えっ?と思って振り向いて見ると、いつもの駅のホームに戻っていた。しかも乗る筈だったと思われる電車が既に出発した後。


「えええ、嘘お。…… というか戻ってきたぁ!」


 驚きと喜びの余り声に出してしまって、周りの注目を集める私。照れ笑いをしながらそそくさとその場を去り、次の便まで奥のベンチで休む事に。


 過去に戻った時にはなかったバックもあるし、中には…… やっぱり貰ったおにぎりがある。


 どっちも現実だったんだ……


「おい!佐倉!」


 おにぎりを見て呆然としている私に、後ろから声をかけてきたのは本多主任だった。


 あれ?なんで怖い顔してるんだろう?

 というかさっきの電車に乗ってなかったんだ。


「あのなぁ、なんで?って顔してるがいきなり目の前で部下が消えたらそりゃ心配するだろうが!おかげでもう遅刻決定だけどな! 」


「え?やっぱり私消えたんですか!?」


「まぁ、遅刻の事は置いといたとしても…… 佐倉どういう事か説明できるか?」


 謝罪や事情を説明するより質問を口に出す私に、呆れながらも説明を促す本多主任。隣にどっかり座り込んで来た。


 まだ頭の整理はついていないものの、一から順を追って話出せば整理できるかな。そう考えて、本多主任にあった事を説明してみる。


「…… という事なんですけど、信じられます?本多主任?」


 私の話しを聞いている間ずっと腕を組んでいた本多主任。聞き終わって何か「あ〜…… 」と言いづらそうに話し出す。


「佐倉、名前は寧だったよな」


「そうですけど」


「あ〜やっぱりか……」


「なんの事です?」


「のぶ君って多分…… 俺の事だ」


「は?」


 本多主任は確かに志信。話しを聞いてみると、小さい頃はのぶ君と呼ばれていたそうで、震災で両親を亡くした事も小さいころ「ねい」という女性を探していた事も話してくれた。


 本多主任は頭を抱えて「まさか佐倉だったとはなぁ」とため息を吐く。なんでため息?本多主任は体勢を整えて真面目な顔をしてこちらを見る。


「なんにしても共通点は同じ日って事だな。で、佐倉は過去に飛んで震災後を経験したと」


「信じられないですけど、実際そういう事になりますね」


「実際経験してみてどう思った?」


「…… 見ると聞くとじゃ大違いでした。命の儚さ、…… 生きるという事、人の温かさが身に染みました。たった数時間でこれです。主任はもっと多くの事を乗り越えてきたんですね」


「ああ、どんなに悔やんでも失った命は戻らない。状況だってすぐには回復なんてしない。街を出た人達もいた。出れない人もいただろうが、俺は思う。


 みんなこの街が好きなんだ。故郷なんだよ。俺は復興したこの街と共に育ってきて、復興に尽力した人達を誇りに思っている。


 だからこそ伝えたい。どれだけの時間と労力をかけてこうなったのか、震災でどれだけの教訓が得られたのか、紡げなかった物語の軌跡を残す意味も…… って悪い。熱弁してしまった」


 柄にもない事を言ったと笑う本多主任。そういえば、先輩が言ってたっけ。本多主任ブログで震災後の事をよく上げているって。本多主任はそうやって震災の真実と復興していく街を発信してるんだ。それってすごく共感出来る。


「本多主任。今日のブログも震災の事についてアップするんですよね?」


「勿論。忘れない事も大切だからな。お、次の電車来たみたいだぞ。流石に乗らないとやばい」


 ベンチから立って振り向いた本多主任は、私に手を差し出して「電車に乗るのが怖いなら手を繋いでやるぞ」と言ってくれる。「恥ずかしいから良いですよ」と断りをいれるもその気遣いが嬉しかった。


 列に並び、電車のドアが開き中に入る時、そっと本多主任の服の裾を掴んで入らせてもらった。本多主任は気づいていただろうけど、そのままにしてくれていた。やっぱり優しいよなぁ。


「なぁ佐倉。今日仕事終わったら空いてるか?ブログあげる手伝いをして欲しいんだが」


 今度は電車にすんなり入れてホッとしている時、こそっと耳打ちしてきた本多主任。


 うわぁ、近い!…… でもあの後の話も気になるし。


 コクンと頷くと「じゃ、また後で伝える」といつもの優しそうな笑顔で耳元で伝えてくる。


 この後の展開は想像にお任せするとして、この日から私のブログでも震災の事が度々アップされるようになった事だけは伝えておくね。

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