第2話 オカルトとSNS

 オカルト研究部(仮)が職員室を訪れたのは、お昼休みが半分終わったころだった。


 この日も京はキリマンジャロを昼食代わりに、なにやら書き物をしていた。その姿を視界にとらえてようやく、幸子は昨日のもだえるようなやり取りと気まずさを思い出したけれど、後ろに連れた同志たちと手のなかの申請書とが、彼女の足をいつもより勇敢にした。


「部活申請書、書けました」


 期待と緊張が、手を小刻みに震わせた。

 京は最初、一行の最後尾に立つ山谷に剣呑な目を固定していたが、受け取ろうとした申請書の震えを知ったあとは姿勢を改めた。かけていた近視用眼鏡をデスクに置くと、真剣なまなざしで書面の文字を追いはじめる。


 下限の八百字はやすやす越えて、裏面にも続く長文を、彼はすらすらと読みおえた。そのあいだ、幸子は祈る心地で、怜悧なその横顔にちょっともうつつを抜かさなかった。


「——オカルトを利用した、地域活性化計画……これは、誰の発案でしょう」


 問いかけながらも、京はそれが幸子であるとわかってはいた。彼女だけがあからさまに頬を赤らめているので、誰が見ても気がつく。書いてある内容が、ふだんの彼女の印象とは結びつかなくて、思わず漏れ出たのだ。

 案の定すぐに、幸子が手をあげた。


「わ、わたしです。あの、は、春休みに落ちてきたUFOを、商店街のひとたちが広場に飾ってるのを思い出して、オカルトって人を集めることができるものなんだなって、改めて思って……それって、この町をにぎやかにするのにすごく向いてるのかもしれないって」


 話しながら、だんだんと舌がほぐれてくるのを感じて、幸子はいったん深く呼吸した。


「広場に飾られたUFOは、わたしたちのあいだでは有名になったけど、それだけです。お肉屋さんのおじさんが教えてくれたんですけど、どこかのテレビ局に電話をかけてアピールもしたらしいんです。でも、どうせ偽物だろうって相手にされなかったって。町の人たちだけが騒いでいるんじゃ、物足りないんだろうって、おじさんは言ってました。でも、学校のなかで噂を広めるようなやり方じゃ、山の向こうまではどうしたって伝わらない……」

「それで、インターネットですか」


 京があとを継いで、幸子はうなずく。


「オカ研の活動は、SNSを使おうと思ってるんです」


 覚えたての言葉を使うと、京は今朝の幸子と同じ発音で「えすえぬえす……」とくり返した。


「……恥ずかしながら、俺はそういうものに明るくないもので……」


 そのあたりが付け焼き刃の幸子に代わったのは、美世だった。


「センセーはそもそも、インターネットはどのくらいわかるんですか」

「ようは、パソコンですよね。学生のころ、授業で習ったきりですが、調べ物をするときに使うものという認識です」

「パソコンは、インターネットを使う一つの方法で、だんだん携帯を使う人のほうが増えてます。そんで、インターネットっていうのは、世界中がぎゅっと凝縮された町みたいなもんです。図書館に行けば、無限に情報が手に入る。郵便局に行けば、すぐに手紙のやり取りができる。SNSは、それでいうと喫茶店みたいなかんじかな。ひまなやつらが集まって、誰かと話したり、一人で呟いたり」

「喫茶店で一人でぶつぶつ呟くのは、どうなんですか」

「まあ、例えですから。ぶつぶつとした呟きが、誰かのにとまって、おもしれーなって拡散されて、たちまち人気者になる。学校の人気者、町の人気者とは規模が違いますよ。世界の人気者になるんです。何千、何万という人たちに認めてもらえる。もちろん、そんなこと稀ですけど……でも、そこまでバズらなくても、宣伝効果はあると思います」


 SNSとオカルトを利用して白希町を盛り上げることを、発案した幸子以上に具体的に理解したのは美世だった。事前の説明のとき、いつもシニカルな彼女が、珍しくまじめな顔をして「おもしろそう」と呟いたのだ。


 もしかしたら、自分たちがこの町を変えられるかもしれない。万に一つの可能性を見つけてしまった興奮は、幸子だけではなく、美世の頬も赤くした。少女たちに、町の重鎮たちほどの野望や熱意はなかったけれど、それでも心のどこかで思うところはあったのだ。


(わたしたちの学校は、来年もうない。子どもが集まらないからって、取り壊されてしまう……)


 くつがえらないことであったし、とうに諦めてあったので、あえて思い返すこともない。だからといって、忘れたわけでもない。


 転校生である早乙女や山谷には待ち合わせない想いが、彼女たちの胸を熱くしていた。


「きちんと理解できている自信はありませんが、大事のように聞こえますね」


 京は申請書にもう一度目を落としてから、そっとデスクに置いて、眼鏡を手に取った。


「……俺が言うことではないと思いますが、申請書など、建前で十分なんですよ。町の活性化は副産物として、あまり気負いすぎず、友人たちと切磋琢磨することを楽しみなさい」


 部活の申請が受け入れられた瞬間だった。

 断られるはずはないと思いながらも、やっぱり安堵してほうけてしまった幸子を、美世が思いきり抱きしめた。続こうとする早乙女を美世の手のひらがしりぞけ、さらに続こうとした山谷を京の鋭い視線がとどめる。


 職員室の教員たちは、それまで自分の作業に没頭するふりでいたのをやめて、温かい拍手を贈った。入り口の席でひっそり涙をこらえていた戸部はそれに加わろうとして、こらえきれず、慌てて部屋から出ていった。

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