第119話 銀月祭③
いいから、と引きずられる勢いで連れてこられたのは、ヴェスタ農業管理組合が管理しているの婦人会の事務所の一室。
ビビ連れてきたよ~とジェマがドアを開けると、中には数人の婦人会のマダム達が立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。
「ジェマ、ありがとう!」
「あとは、任せて!」
「私は組合長を呼んでくる!」
駆け寄られ、あれよあれよという間に部屋の中へ引きずりこまれる。
「一時したら、迎えに来るから、よろしくね?」
「これ、うちの総長から」
アドリアーナが抱えていたトランクを婦人会のマダムに手渡す。
「了解!サイズの微調整と仕上げはこちらでやるわ。イヴァーノ総長ってば流石ね。素敵だわこの素材」
「あら、この色ならリュデイガー師団長からお預かりしたブルーベルの髪飾りが丁度似合うわね」
きゃっきゃ騒ぎながら、奥の仕切りへとビビを連れていく。
「あ、あの・・・?」
わけがわからずオロオロしているビビに、ジェマが笑いかける。
「コンテストは一時からだから、時間がないの。あとで迎えに来るから綺麗にしてもらってね?」
「は??コンテストって」
「はいはい、時間ないから、こっちに来て!」
「えええええ?って、ちょっと何勝手に服を・・・」
抵抗する間もなく、服をはぎ取られるビビ。
一体、なにが起きた??
*
一時後。
ビビは何故か身ぐるみはがされ、肌触りの良い、オレンジと緑と黄色をベースにした鮮やかな衣装を着せられていた。
髪はハーフアップに結い上げられ、青と白の花の髪飾りで留められ、動くたびに飾りが軽やかな音を響かせていた。
ひざ丈のスカートに生足が慣れなくてスースーする。衣装と同じ素材とデザインに合わせて作られたらしい、ショートブーツをもぞもぞさせながら、落ち着かなげにしているビビに、
「ほら、モジモジしない!シャンとして!」と後ろからマダムに背中をポンと叩かれた。
「うわーーー!ビビすごい!綺麗、可愛い!!」
迎えに来たジェマがビビを見るなり、歓声をあげる。思わず抱き着きそうになったところを、アドリアーナに止められていた。
「・・・あの、ジェマさん。これは一体」
茫然としているビビに、満足そうにドヤ顔している婦人部のマダム達。
「言ったじゃない。コンテストに出るんだから、これくらい着飾らなきゃ」
「・・・コンテストって、なんぞや」
「何言っているの、"女神テーレの御子"のコンテストよ」
・・・・。
「・・・はい?」
たっぷり間をあけ、ビビは聞き返す。
【女神テーレの御子】
夏の収穫祭で、女神テーレと豊穣の神ヴェスタの神託を代弁するという、女神テーレの御子は、独身の男女が毎年10名ずつエントリーされ、当日国民投票でグランプリが決定する。前世でいうところの国民の美少女&美少年コンテストのようなものだ。
選ばれた二名は女神テーレの御子として、来年の収穫祭まで国の色々な行事に主賓として参加する。
あのカリストも16歳の時から毎年エントリーされ、ダントツでグランプリをかっさらって連勝中だという話は、以前婦人会のマダムから聞いていた。
ただ、19歳までの年齢制限があるため、カリストは去年で任期満了なんだとか。
「すごいわよね~ビビ!入国してまだ日が浅いのにエントリーされるなんて、さすがだわ」
ニコニコのジェマに、ビビは顔をしかめる。
知らない、なにソレ?いつの間に??
「女神テーレの御子選抜コンテストって・・・エントリーできるのは国民だけじゃないの?」
「決まりはないわよ?でも旅人がエントリーされるのは珍しいわよね?旅人は大抵一年またずに出国するし」
「・・・まさか、来年の夏の収穫祭まで出国できないとか、必ず帰化しなきゃいけないとか、そんな強制力は・・・」
「さあ?どうなのかしら」
クスクスとアドリアーナは笑う。
「せっかくエントリーされたんだから、出るだけ出なさいよ。賞金も出るし、賞品も結構いいのよ?」
「そうそう、イヴァーノ総長がわざわざ衣装、準備してくれたんだから」
「え??」
驚くビビにジェマは腕を組み、得意げな顔をする。
「その髪飾りは、リュデイガー師団長の指示の元、カイザルック魔術師団の第二魔術師団が錬成で作った"プリザーブドなんとか"、っていう難易度の高い特殊加工の逸品だそうだし。ブーツはオスカー最高顧問がヴァルカン山岳兵団の革職人に頼んで衣装に合わせて作った特注だそうよ?なんか、スゴイわよね~武術団総結集って感じで」
「あわわわ・・・」
「出遅れましたが、我々からはこれを」
背後から声がかかり、振り返るとプラットが小ぶりの木の箱を持って、仕切りの向こうから姿を現す。
「プラットさん?」
「いつもお世話になっていますからね」
言って、箱から鮮やかなオレンジ色のカーランの花を形どったコサージュを取り出す。
「衣装はとても素敵ですが、ちょっと若い娘さんにしては胸元が開きすぎていますから」
それはビビも気になっていた。胸元が緑の魔石のネックレスが控えめに輝いているだけで、ちょっと心もとない。
まるで前世の世界の、ハリウッドの映画に出てくる、寄せて上げてはち切れんばかりに胸を盛り強調させた、西洋の貴婦人のようで。
小柄なわりには胸が大きく形も綺麗だから、もっと寄せてあげて見せたほうがいい!とジェマは日ごろからビビがゆったりめの上着を好み、体形を隠すのを惜しがっていた。
プラットがつけてくれたコサージュは、チョーカータイプになっていて、飾り葉の部分がちょうど強調させた胸元を、品よくカバーするデザインになっていた。
チョーカーの後ろにはビロード地のリボンがあしらわれていて、うなじを綺麗に見せている。
おそろいの一回り小さいコサージュは手首に巻いてもらった。
「か、かわいい・・・」
思わずビビはつぶやき、鏡の前でくるりと一周回ってみる。
ひらひらと何重にも重ねられたスカート生地とチョーカーの花びらが軽やかに揺れるのに、周囲はほうっ、とため息を漏らした。
「お気に召しましたか?」
「はい!プラットさん!ありがとうございます。すごく、素敵です!」
頬を赤くそめて、はにかむビビをプラットは満足そうに笑う。
「カリストの父親のくせに・・・と言いたいところだけど、センスさすがだわ。私もいくらイヴァーノ総長の趣味、とはいえ、ビビの綺麗な胸元を山岳兵団のおっさんに晒したくなかったの」
腕組みをして、唸るジェマに、ニヤリと・・・あくまでも品よく不敵に笑う、プラット・サルティーヌ農業管理会組合長。
「ふふふ、そう簡単にヴァルカン山岳兵団に渡すわけにはいきませんからね。ウチの大切な嫁候補ですし」
プラットの言葉に、ジェマから黒いオーラが噴き出す。
「ふふん。カリストの嫁候補ってのは、更に大いに気に入らないけど。山岳兵団に渡さないって目的は同じよね。ご協力感謝だわ」
ひえっ、と周囲が二人を取り巻く不穏な空気に声をあげて、後ずさる。
「ちょっとそこ、笑顔で殺気ぶつけ合わないで!怖いから!」
そんな二人に、アドリアーナは呆れたように声をかけた。
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