第十四章

       一


 契約の施行は人の子によって始まる。


「ちょっと待ってよ! 望んでないのになんで始まるのよ!」

 ミラの言葉が終わる前に大地が揺れ始めた。


『 決断は最初の約束の子によって既に下されている。

  実行は人の子によって決められる 』


 どういう意味か聞きたかったが激しく揺れる地面にしがみつくのが精一杯でそれどころではなかった。

 揺れが収まった時、山のあった場所には魔物がいた。

 同じくらいの大きさだから山が魔物に置き換わっただけだ。


 魔物は町の方に向かって歩き始めた。

 あんな巨大な魔物に踏まれたら町はすぐに壊滅する。

 ミラは咄嗟とっさにテル・シュトラを放った。

 しかしアイオンの時と同じく全くいてなかった。

 魔物の前に障壁を張ろうとしたが障壁は自然現象では無いから魔力が必要になる。

 ミラにそれだけの魔力はない。


「こういうのはあいつの方が得意なのになんでこんな時にいないのよ!」

 苛立いらだたしい思いで町に目を向けたとき、町を囲む壁が見えた。

 そうだ!

 町と魔物の間に山より高い土の壁が現れた。

 カイルは邪魔になるから簡単に壊せるようにしろと言っていた。

 逆に言えば邪魔になっていいならどれだけ硬くてもいいという事だ。

 魔物は尾で薙ぎ払ったり前脚で叩き壊そうとしていたが壁はびくともしなかった。


 壁が作れたならイス・レズルも……。

 ミラは土の剣を思い浮かべようとした。

 しかし、やはり剣を想像しようとすると破壊神の世界ティルグを思い出してしまう。

 この世界と破壊神の世界ティルグへだてる壁を壊すのが契約なのだとしたらミラがそれを手伝うようなことをしてしまうわけにはいかない。

 続けざまにテル・シュトラを叩き込んだが無駄だった。

 セルケト教徒の使っていた魔法も試してみたが同じく傷一つ付かない。

 せめてセルケト教徒に襲われたのが氷を見た後なら氷雪系が使えたかもしれないのに……。

 セルケト教徒達あいつらホントに世界を守りたいと思ってんの?


 雷、水の竜巻、風。

 どれもいいとこかすり傷だ。

 少しでも傷が付いてるなら足止めしたまま攻撃し続けていればいずれは倒せるかもしれないが……。

 ミラのお腹が鳴った。

 魔法は無制限に使えても体力は有限だ。

 飲まず食わず、徹夜で何日もというのはミラの体力がたない。

 ミラの攻撃が、というよりは壁が邪魔だからだろう。

 魔物が長い尾を薙ぎ払った。

 咄嗟とっさに障壁を張ったが、その直前で尾ははじかれた。


「カイル!?」

 カイルが障壁を張ったのかと思って周囲を見回したがいない。

 最初の封印獣を倒したのはカイルだし、自分の魔法が効かないと言う事は……。

 あいつが使える魔法……つまり回復魔法でダメージを受けるんじゃ……。

 ミラは回復魔法を魔物に掛けた。

 魔物に付いていた傷が一瞬で消えた。


「嘘っ!」

 魔物がこちらを向いて口から炎を吐いた。

 町一つ飲み込めるほどの炎の奔流ほんりゅうがミラにおそい掛かる。

 炎はミラをけて通り過ぎていった。

「もう! なんで私一人なのよ! あいつだって約束の子でしょ!」

 ミラは唇をんだ。

 このままではらちが明かないし教典も神話の類もほとんど知らないミラには手の打ちようがない。


 そういえば……。

 ラースの教典は想像したら出てきた。

 あいつを想像すれば……。


 カイルが現れた。


「やった!」

 喜んだのもつかの間、カイルは倒れたまま身動き一つしない。

 服が黒くゴワゴワしているのは血がそのまま固まったからだろう。

 つまり襲われて倒れてから今までずっとこの状態だったという事だ。

 カイルの頬に触れてみると冷たかった。

「ったく、使えないわね!」

 ミラはカイルが生き返ったところを想像した。

 だがカイルは目を覚まさない。

 身体も冷たいままだ。


「ちょっと、冗談でしょ! なんで起きないのよ!」

 魔物は壁を壊すのを諦めて回り込むことにしたらしい。

 壁に沿って歩き出した。

 ミラは魔物の前に別の壁を創り出した。

 魔物が向きを変える度に壁を創る。

 魔物が苛立たしげに再度ミラを攻撃してきた。

 攻撃はことごとく弾かれた。


「起きてよ! 死んでるあんたじゃ役に立たないんだから!」

 ミラはカイルを揺すった。

 理由は分からないが攻撃は全てはじかれている。

 ミラはカイルの蘇生に専念することにした。

 と言っても想像して生き返らないなら他にどうすればいいのか分からない。

 不意に辺りが陰った。

 見ると魔物に大きな翼が生えていた。

 壁を飛び越える気なのだ。


「起きてって言ってるでしょ! 目を覚まして!」

 ミラはカイルの頬を力一杯叩いた。


 カイルはゆっくりと目を開いた。

 頬が痛みでヒリヒリしている。


「僕、蘇生の方法、教えたよね?」

 カイルはうらみがましい視線を送った。

「聞いたけど、やっても目を覚まさなかったから」

 そう答えたミラを睨みながら頬をさすった。


 すぐに生き返らなかったのはミラを助ける代わりにカイルの命を差し出すという契約のためだ。

 おそらくカイルは生き返ったのではない。

 これは新しい命なのだろう。

 カイルとミラの命は引き替えなのだからカイルを生き返らせたらミラを死なせなければならないが、それは契約違反になる。

 だがミラはカイルの蘇生を強く望んだ。

 ミラが生きているカイルを想像したことでカイルに新しい命が出来たのだろう。

 神に差し出したのとは別の命なら契約の反故ほごにはならない。

 正直かなりきわどい線だとは思うがカイルとの契約とミラの望み、両方を叶えようと思ったら他に方法がない。


セルケト神官あいつらは?」

「分かんない。それよりあいつどうしたらいいの?」


       二


 ミラの指した方を見て目をいた。

 山のように巨大な魔物がいる。


「ここどこ!?」

「ロークの近くみたい」

「え!? じゃあ、あれ、封印獣!?」

「うん、契約がどうのって言ってたから間違いないと思う」

「あいつ、なんて言ってた?」

「契約は始まってるって。世界の破滅は望まないって言ったんだけど、最初の約束の子の時に決まってったって」

 やっぱり……。


「訳分かんない。最初の時に決まってたならなんで三千年前に世界が滅んでないの?」

「施行も約束の子がするって言ってた?」

「うん」

「……間違いなく約束の子って言った?」

「人の子、だったと思うけど……約束の子も人間でしょ」

「人間は人間だけど、人の子って言うのは約束の子以外の人間だよ」

「よく分か……あ!」

 ミラの声に顔を上げると封印獣が空に浮かんでいた。


「どうしよう!? 大地の剣イス・レズルは出せないし、飛ばれたら……」

「あの岩」

 カイルが岩を指した。

「魔物と同じくらいの大きさの岩を上から落としてみて」

 ただの岩を落とすなら空間を切り裂いてしまうかもしれないなどとは考えないはずだ。

 魔物の上に同じくらい巨大な岩が落ちてきた。

 魔物が重みに耐えかねて落下する。

 しかし魔物は大したダメージを負っていないようだった。

 すぐに起き上がってしまう。


「全然こたえてないわよ」

「とりあえず、飛びそうになったら同じことして足止めしてて。それとラースの教典、出せる?」

 言い終える前に教典が現れた。

 カイルはそれを手に取る。

「どうなってるの? 人の子と約束の子が違うってどういう事?」


 カイルは死ぬ直前に見た最初の約束の子とハイラルの記憶を話した。


「助けた恋人が破滅を望んだって事?」

「それならとっくに世界は滅んでるよ」

「じゃあ、その後の約束の子?」

「多分だけど……恋人は世界の破滅を望まずに寿命を全うして契約自体はそこで終わったんだと思う」

 ミラは首を傾げながら魔物を足止めしている。


 最初の約束の子は人間に絶望した。

 ただ恋人は救いたかったし、彼女が生きている世界は破滅させたくなかった。

 そして彼女も世界の破滅を望まなかった。

 だからその時は無事だったのだ。

 破滅というのが二つの世界を分けている壁を無くして世界を一つに戻すという事なら、アスラル神の意志が関わってくる。

 壁はこの世界を作った最高神であるアスラル神が創ったものだから他の神が決定を下すことは出来ない。

 他のどの神と契約しようがアスラル神でなければ壁は消せない。


 つまりハイラルや最初の約束の子の契約の相手はアスラル神なのだ。

 二度とも契約自体は満了している。

 問題は神と契約をした者が二度も人間に絶望して死んだことだ。


 ミラは判断を託されたのではない。

 おそらく指標バロメーターだ。

 アスラル神はミラを通して人間を見ているのだろう。

 本当に人間を救う価値があるかどうか。

 壁を消すことを認めるかどうかの判断は人間が約束の子にどう対応するかで決まるのだろう。

 この世のあらゆる災厄から守られているミラが寿命以外で死ぬとしたらそれは殺された時だ。

 破滅をめるための努力を放棄し、ミラを殺すという安易な方法に頼ろうとするなら、そしてそれを誰も止めようとしないなら、そんな人間達を救う価値はない。

 ミラが殺された時、世界は破滅する。


 ラースはそれに気付いていたのだ。

 カイルとミラが約束の子だという事も……。

 だからマイラを替え玉にしてまでミラを守ろうとした。


『預言者の家系が別れた』

 そもそも最初の約束の子は約束の子ではなく預言者ハイラルの子孫だっただけだ。

 おそらくシーアスが後在なのだろう。

 ハイラルはエリシャを救うために命を差し出したのだから生き返ったはずがない。

 シーアスはハイラルの振りをしたのだ。

 ティルグの住人であるシーアスでは壁を壊す契約は出来ない。

 だからハイラルの振りをしてハイラル教を作り、ハイラル教徒達を騙して終末思想を広めたのだ。

 いつか神と契約が出来る者が現れたとき、その者を絶望の淵に陥れ世界の破滅を願わせるために。


 その後の約束の子は預言者の子孫ではないのだろう。

 ミラが指標なら血筋は関係ない。

 というか約束の子が終末をもたらすならそれを預言するのは別の者だ。

 ラースは何も無かった頃からミラとカイルが約束の子だと知っていて、ミラを守ろうとしていた。

 おそらくラースがハイラルの末裔であり今の預言者だ。


「じゃあ、あれはなんなの? セルケト教では世界の守護者って言ってるんでしょ」

 ミラが封印獣をした。

「ラースが昔の約束の子は封印獣を全て倒したって言ってただろ。全部倒すとまた封印されるんだよ。千年後に生まれる次の約束の子が封印を解いてしまうまで」

「倒すって言っても私の魔法かないわよ。もしかしたらあんたなら倒せるのかもしれないと思って回復魔法掛けたらケガが治っちゃったし」

「僕が使える魔法で倒せるわけないだろ」

 カイルは人間を見限った方の約束の子だ。

 カイルでは倒せない。


「ならどうしたらいいの?」

「今から方法探すから取り敢えず足止めしてて」

 そう言って教典を見るとしおりはさまっていた。

 昨日ミラが出した時には無かった。

 カイルは挟んでない。

 ならばラースだ。

 ここを見ろという事だろう。

 カイルは教典を開いた。

 予想通り封印獣に関する神話のページだ。


「ちょっと! あいつ、逃げちゃう!」

 壁と落石だけでは攻撃が単純化してしまうから次の手が読まれてしまうようになったのだ。

あみ、見たことあるだろ」

「ない」

 頭痛がしてきた。

 網くらい見せても問題ないだろうに……。

「昨日、森の中で木にツタからまってたのは覚えてる?」

 あれを土で作れといおうとしたが、その前に巨木のような太さのツタが何本も生えてきて封印獣に向かって伸びていく。

 生命を創り出せるんだから荒野に植物を生やすくらいは朝飯前か。


 カイルが教典を開こうとした時、

「あっ!」

 ミラの声に顔を上げた。


 ツタが次々と途中で切られていく。

 封印獣ではない。

 離れたところに紫色の聖衣をまとった男がいた。

 ハイラル神官!?

 ミラが巨大な岩を出したが封印獣の上に落ちる前に砕かれた。

 封印獣が町に向かっていく。

 ミラが封印獣の前に巨大な壁を出したがすぐに壊された。


「どうしよう!? このままじゃ……」

 この距離から町を覆えるだけの障壁が張れるか……。

 ダメ元で試してみようとした時、

「きゃ!」「うわ!」

 突風が吹いて二人は地面に転がった。


 風が吹いてきた方向を見ると空に真っ赤な鳥ともドラゴンともつかないものが浮かんでいた。

 ヘデトセス!

 鱗の生えた鳥とトカゲの合いの子のような幻獣だ。

 カイルは急いで障壁を張った。

 ヘデトセスが羽ばたく度に強風が巻き起こる。


「何あれ……」

「ヘデトセスだよ、前に君が絵を見て出しちゃっただろ」

 ラースが本物とはちょっと違うと言った理由が分かった。

 本物のヘデトセスには頭に二本の長い触覚が生えていた。

「あれも封印獣?」

「いや、多分ハイラル神官が召喚したものだと思うよ」

 封印獣の雄叫おたけびが聞こえてくる。

「町が……!」


 封印獣は町に到達してしまった。

 仮にハイラル神官の邪魔がなくても、もう岩をぶつけるのもツタで地面に引きずり下ろすのも無理だ。

 町がつぶれてしまう。

 放っておいても被害は出てしまうが。


「先にあいつらを何とかしよう」

 カイルは周囲に視線を走らせてハイラル神官の人数を確認した。

 物陰はない。

 見える範囲にいるのは二人だ。

 誰にでも魔法の習得を許すアスラル教やセルケト教と違い、一部の者にしか許可が下りないハイラル教徒は魔法が使える者が少ない。

 人数不足を補うために召喚魔法を使っているのだろう。


       三


 封印獣が町に着いたのを確認したハイラル神官がこちらに向き直った。


「どういうつもりよ! あんた達の狙いは私でしょ!」

「〝約束の子〟にもしものことがあったら困るのでな」

「だからって町の人達がどうなってもいいっていうの!?」

「ハイラル教徒なら神の国へ行けるし、異教徒などどうなろうが知ったことではない」

「この……!」


 ハイラル教徒の聖衣が風で巻き上がる。

 周囲の土に深く穿たれた穴がいくつも空いたがハイラル神官は無事だった。


 直後、横から障壁に圧力を感じた。

 ヘデトセスが羽ばたいたのだ。

 それだけで強風が巻き起こる。

 障壁が無ければまた転がされていただろう。


 前方から炎の奔流ほんりゅうが襲ってきた。

 カイルのとは別に、カイルの周りにだけ障壁が張られた。

 ハイラル神官が張ったのだ。

 カイルに死なれては困るから守っているのだろう。


 ヘデトセスがカイル達に突進してきた。

 巨大なくちばしが目の前に迫ってくる。


「この!」

 ミラがヘデトセスを睨み付けた。

 ヘデトセスの嘴の先でパチパチと何かが弾けるのが見えたが大した傷は負わせられなかったようだ。

 突っ込んできたヘデトセスがアスラル神の加護で弾かれる。

「ミラ、伝承通りならあいつの弱点は雷」

 ミラがヘデトセスを見上げた瞬間、轟音と共に空から幾筋いくすじもの稲妻いなずまが地面に走った。

 が、落雷は全てヘデトセスをれた。


「なんで!?」

 ミラが声を上げる。

 カイルは舌打ちした。

 避雷針ひらいしんか……。

 ヘデトセスの弱点が雷だと知っているからあらかじめ周囲に避雷針を立ててあったのだ。

 ハイラル神官が操っているなら避雷針の近くには行かせないだろう。

 すかさずハイラル神官の一人がミラに炎の奔流を放った。

 カイルが障壁を強める。


 更にヘデトセスも炎を吐き出した。

 高温で熱せられた土が溶けて嫌な臭いがした。


「暑い……」

 ミラが顔をしかめた。

 熱を防ぎきれず周囲の温度が急上昇する。

 汗も瞬時に蒸発してしまうから流れない。

 これでは炎は防げても身体が暑さでやられてしまう。

 これ、僕も死ぬと思うんだけど……。

 ホントに自分を殺す気がないのか自信がなくなってきた。


「ミラ、あいつらの前に水脈引いて水ぶちまけて」

「なんであいつらの方を冷やしてやんのよ」

「冷えないからやって! 両手で耳ふさいで」

 カイルはミラの肩に手を掛けて姿勢を低くさせながら障壁を最大まで強化した。


 足下に冷気を感じた瞬間、地中で大爆発が起きた。

 しゃがんでいるミラをかばいながら障壁ごと吹き飛ばされ掛けるのをかろうじてこらえた。


 やがて爆風が収まった。

 辺りを見回すと地面には摺鉢状すりばちじょうの巨大な穴がいていた。

 二人がいるところは地面が残っているから、そこだけ高くなっている。

 カイルの障壁の範囲より少し広いから二人が吹き飛ばされなかったのはアスラル神の加護のお陰だろう。


 空から土が降りそそいできた。

 爆発で吹き飛んだ土が落ちてきたのだ。

 辺りを見回したが二人の神官の姿は見えない。

 爆発で粉々になったか障壁ごと遠くまで吹き飛ばされたか。

 どちらにしろ生きてはいないだろう。


「何が起きたの?」

「あいつらの自爆」

「え?」

「熱が爆発したんだよ。テル・シュトラがそうだろ」

 ミラが納得したように頷いた。


 実際は水蒸気爆発である。

 障壁を通してまで感じるほど高温になっているところに大量の水を呼び込めば、水は一瞬で蒸発して体積は千七百倍にまで膨れ上がる。

 水が地上に出る前に気化きかして地面ごと吹き飛んだのは想定外だったが。

 あの二人が消し飛んだのが水のせいだと知ったら水を使う魔法にまで心理的抑制が掛かってしまうかもしれないので誤魔化ごまかした。


「あっ!」

 ミラがローグの町を指差した。

 町は原形を留めていなかった。

 封印獣が町で暴れている。

 町から大勢の人達が逃げ出しているのが見えた。

 その人達に向かってヘデトセスが突っ込んでいく。

 あの辺りになら避雷針はないだろう。


「ミラ、ヘデトセスに雷」

 ミラは封印獣とヘデトセスを交互に見た。

「どっち?」

 カイルは、こめかみを押さえた。

「あっち」

 カイルがヘデトセスを指すと天から地上へと稲妻が突き立った。

 雷に貫かれて絶命したヘデトセスが滑空かっくうしながら落下する。


「下に人が……!」

 カイルが人々の上に巨大な障壁を張る。

 ヘデトセスは障壁の上をすべって人がいない場所に落ちた。

「次はあいつを……」

 ミラが町に向かって駆け出す。

 カイルも後に続いた。


 町は周りを囲っている壁が崩れ、建物は全て倒壊していた。

 これでは生存者はケガをして動けないものがほとんどだろう。


「ミラ、そこで止まって!」

「何言ってるのよ! 町の人達を助けなきゃ……」

「助けるためには封印獣を倒さないといけないだろ」

「だからたお……」

「今、町に残ってるのはケガしてて逃げられない人達だよ。町中で戦ったら巻き添えで死んじゃうだろ」

 カイルの言葉にミラは足を止めた。

「じゃあ、どうするの?」

「町の外に誘き出すしかないよ。方法を調べるからちょっと待ってて」

 カイルは教典を開いた。


「あいつ、世界の守護者って言ってなかった?」

「そうだよ」

「ならなんで人間を襲ってるの?」

「守ってるのは世界だから」

「どういう意味?」

「約束の子を殺すことで世界を守らせようとしてるだけで人間を守ってるわけじゃないんだよ」

「でも私が死んだら世界は滅びるんでしょ」

「それを知ってるのは僕やラースを含めたほんの数人だけだから」

「なんで皆に教えないの? そうすれば誰も殺しになんか……」

「セルケト教徒はともかくハイラル教徒は襲ってくるだろ」

 世界を破滅させたいのだからミラを殺せば確実となればハイラル教徒が総力を挙げて殺しに掛かってくるはずだ。


「あいつの目的が私達ならなんで町で暴れてるの?」

 ミラの言葉にハッとした。

 そうだ、あいつは何故自分カイルやミラを放置して町に来たんだ?

 カイルは封印獣に向かって駆け出した。


       四


 封印獣はカイル達に気付くと攻撃してきた。

 このまま町の外に逃げれば追い掛けてくるはずだ。

 カイルは踵を返して走り出したが封印獣は追ってこない。

 封印獣はカイルと自分の足下を見比べている。

 そういえば、あいつはずっとあそこから動いてない。

 あの封印獣は約束の子を殺すための魔獣だ。

 アイオンでも近付いた者は殺されたが村自体は襲われていない。

 なのにあいつはここに来て居座っている。

 あの辺りに何かあるのか?

 カイルは封印獣に向かって駆け出した。


 近付いてきたカイルとミラを封印獣が攻撃してきた。

 カイルが障壁でそれを防ぐ。


「ミラ、ツタであいつ捕まえて町の外に引きずり出して」

「人が……」

 封印獣と町の外までの間は瓦礫の山になっており、ところどころに倒れている人が見える。

「障壁張っておくからその上を通らせれば大丈夫」


 即座にツタが伸びてきて封印獣に絡み付いたかと思うと町の外に引きり出された。

 カイルは封印獣がいた辺りに近付いた。

 地面に目を落とすと短剣が突き刺してある。

 ミラの気配に近いものを感じる。

 カイルはそれを引き抜くと封印獣を追って走り出した。

 ミラが後からいてくる。


 町から十分離れたところで二人は立ち止まった。

 封印獣が片端から引きちぎっていくが次々とツタが生えてきて絡み付いていく。

 封印獣が腹立たしそうに炎を吐いた。


 ミラがテル・シュトラやおそらくセルケト教徒が使った衝撃波であろうと思われる攻撃を叩き付けているが痛手を負わせる事は出来ずにいる。

 これではらちが明かない。

 カイルは教典を開いた。


「ミラ、よく聞いてて。

 獲物を取り囲みし大地より生まれし幾多いくたの太きつる

 その数多あまたつる縦横じゅうおうに、十重二十重とえはたえに重なり巨大な網となり獲物を覆う。

 その網、何人たりとも破ることあたわず。

 その網にとらわれし者、大地に押さえ付けられ身動き取ることかなわず。

 大地のとりことなりぬ」


 言い終わる前に太いつるが地面から生えてくると網となって封印獣を上から押さえつけた。

 本当は植物ではなく土の縄なのだがつたを出している最中だし土と言って心理的抑制が掛からないようにつると言い換えたのだ。

 翼の上からつるで出来た網で覆われた封印獣が地面に押さえ付けられる。


「やった!」

「まだ押さえただけだよ」

 カイルの言葉にミラが水を差すなと言う表情で睨んでくる。


「ここに小さい池作って」

 地面から水が湧き出して泉が出来た。

「じゃ、冬の寒さ思い出して、僕達の周りを同じくらい寒くして」

 一気に辺りの気温が下がる。

「そのままどんどん寒くしていって」

 あっという間にこごえるほどの寒さになった。

 く息が白い。


「いつまで続ければいいの?」

 ミラが震えながら言った。

 泉を見ると凍り付いている。

「それが氷」

 カイルが泉をした。

「触ってみて」

「いたっ!」

 ミラがれた手を慌てて引っ込めるとカイルを睨んだ。

 そこまで冷えてたのか……。


「分かった?」

「何が?」

「氷がどう言うものか! 水が固まってるだろ!」

「分かったわよ。それで? もうあったかくしていいの?」

「暖かくても氷作れる?」

「当たり前でしょ」

「ならいいよ」

 気温が戻った。


「じゃあ、いくよ」

「どこへ?」

 カイルはその場に倒れそうになった。

「あいつを倒すんだよ! いつまでもつたで抑えておくわけにはいかないだろ!」

 カイルの言葉にミラがむっとした表情になる。

「いい?」

 カイルが訊ねるとミラが頷いた。


「大地より生まれし凍れる柱。

 太く長きてつく氷の柱、山より高く伸びゆく。

 そのこおれる柱、しき者の息の根を止める」


 下から生えた氷の柱が魔物を貫いた。

 封印獣が絶叫ぜっきょうを上げて息絶えた。


「やったー!」

「喜ぶのはもう少し後にして」

「なんで? もう倒したじゃない」

 ミラが不機嫌そうな視線を向けてくる。

 カイルは構わず教典を読み上げた。


「天より舞い降りし数多あまたの白き羽。

 息絶えし魔物の上に降りそそぐ。

 降りしきる雪のごとき白き羽、しき者に十重二十重とえはたえに降り積もる。

 白き羽に覆い尽くされた時、悪しき者、土へとかえり、其処そこ山となる」

 カイルの唱える聖句が終わる前に空から白い羽が降り始めた。


「これで終わり?」

「こいつはね」

 カイルは安堵の溜息をいて身体から力を抜くとその場に座り込んだ。


「運命のっていうのは? これでち切れたの?」

 隣に座ったミラが訊ねてきた。

「運命の輪?」

「ウセルが、ラースとガブリエラを運命から解放するってこいつを倒しに来たのよ。そうすればラースとガブリエラが結婚出来るって」


 やはりラースが預言者か。

 ミラとカイルの事を守っていたのも知っていたからだ。

 神官になったのも二人を守るためだろう。

 結婚するには神官をめなければならない。

 封印獣を全て倒し約束の子の安全が保証されるまでラースは神官をめるわけにはいかない。


 ウセルは魔法が使えないと言っていたからラースの代わりに神官になってカイル達を守る事は出来ない。

 だから封印獣を倒しに来たのだ。

 早く倒してラース達が神官をめられるように。

 だが約束の子以外が倒しても復活してしまう。

 ミラとカイルが倒すしかないのだ。

 世界の命運だけじゃなくてラースとガブリエルの恋路も掛かってるのか……。


 降り積もった羽根で、辺り一面が白く染まり始める。

 見渡す限りどこまでも白い羽が降り注いでいた。

 地平線まで白い羽で埋め尽くされて雪景色のようだった。

 羽毛だから寒くない。

 あの封印獣の上だけで良かったんだけど……。

 うっかりして言うのを忘れていた。


 ヘメラとケナイは封印獣の封印であって正確には封印獣ではない。

 封印獣は全部で七体。

 まだ五体も残っている。

 アスラル神官とセルケト神官はミラを殺せば破滅を免れると思っているし、ハイラル教徒は世界を終わらせるためにミラを殺そうとしてくる。

 いくらアスラル神の加護があるとは言えミラを守りしながら大陸中を回るのは至難の業だ。

 先が思いやられる。

 カイルは溜息をいた。


「すっごーい! こんな綺麗な景色初めて見たー!」

 ミラが、はしゃいでいる。

「良かったね」

 ま、今くらいはいいか。

 カイルは音もなく降りしきる雪のような白い羽根をながめていた。

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