第九章

       一


「ミラに魔法を教えられないのはこういう事なんだ。あれ以上強くなると今みたいな不測の事態が起きた時……」

「今のは予測の事態だと思いますが」

「……私やガブリエラでも抑えられなくなるんだ」

 つまりカイルは、ラースやガブリエラにさえ手に負えなくなる可能性のあるものを押し付けられてしまった事になる。

 これが中間管理職の悲哀ひあいというヤツなんだろうか?

 僕まだ十五歳なんだけど……。


「今のは幻影ですか?」

「いや、実物だ」

「あんな巨大な魔物を一瞬で消せるんですか!?」

「ティルグに飛ばしただけだ。ここであれと戦ったら神殿も無事ではまないから」

「ヘデトセスってホントにいたんですね」

「いることはいるがあれとはちょっと違うな」

 ラースは攻撃魔法の専門家だから当然ヘデトセスを召喚した事もあるのだろう。

 それで知っているようだ。

「ミラに召喚魔法は使えない」


 召喚魔法とはティルグや、この世界でも遠方にいる何か(主に魔物)を呼び寄せる魔法である。

 当然送り返す事も出来る。

 今のはそれの応用だろう。


「じゃあ、今のは……」

「あれはミラが創り出したものだ」

「創り出した!?」

 カイルは目をいた。

「そう、ミラは生命をも創り出せるんだ。それが普通の人間の魔法との決定的な違いだ」


 魔法は願望を叶える力である。

 だが、それはあくまで自然の力を動かす事で何らかの現象を起こすだけだ。

 生命を創り出す事は出来ない。

 蘇生そせいのように禁忌きんきだから出来ないのではない。

 人間の魔力では不可能なのだ。

 生命を元に、生物もどきを創り出した者はいたようだが完全な生命体ではなかったし、まして何もないところから生み出した者はいないはずだ。

 少なくともカイルは成功したと言う話は聞いてない。

 それがミラには出来る。

 神にしかないはずの能力ちから

〝アスラル神の化身〟

 誇張ではない。

 確かにミラには神との契約を遂行するだけの力があるようだ。


 カイルはヘデトセスが壊した家具を裏庭で直していた。

 ミラは修理が終わった椅子に座ってその様子を見るともなく見ている。

 カイルも別に手伝いなどは期待していなかったから邪魔にさえならなければ気にならなかった。


「〝アスラル神の子〟に〝破壊神の使い〟に〝約束の子〟……なんか知らない間に名前が増えちゃったわね」

「アスラル神の? 化身けしんじゃないの?」

「他の村では〝化身〟って言われてたみたいね。でも私の村では〝アスラル神の子〟よ。私のお母さんはアスラル神なの。産んでくれた母さんじゃなくて……少なくとも母さんはそう思ってた」

「そんな事……」

「妹と私とでは態度が全然違ったもの」

「…………」

 カイルは掛けるべき言葉を思い付けなかった。

 ミラもそれ以上は何も言わなかった。


 二人の沈黙を埋めるように辺りに釘を打つ音が響いた。

 緑の匂いを含んだ風が通りすぎていく。

 カイルは釘を打ちながら昔の事を思い出していた。

 まだラウル村にいた頃を。

 そのとき元船大工ふなだいくのムノーガじいさんに釘の打ち方を教わりながら考えていた事を。


 釘を打つのに集中していたカイルはミラがいなくなった事に気付かなかった。

 ふと見ると椅子がいている。

 最初、きたのだろうと思って放っておこうとした。

 が、何となく気になって手を止めるとミラの姿を探して後ろを向いた。

 ミラが誰かと話している。


 話し相手の顔を見た瞬間、金槌を落としそうになった。

 ミラが金槌の音がんだのに気付いてこちらを向く。

 ミラのそばで後ろめたそうな顔をして立っていたのは、セルケト神官に攻撃されたとき死んだはずのリースという少女だ。

 カイルは金槌を地面に置いて立ち上がるとミラに近付いた。


「どういう事?」

「ケナイに魔物が出たそうよ」

「はぐらかすなよ。分かってるんだろ、質問の意味」

「そっちこそ。聞かなくたって見当付いてるんじゃないの?」

「人質じゃなかったんだな。その子も、その子の母親も」

 ミラは肩をすくめただけだった。

 声に不機嫌そうな響きがあったからミラも知らなかったのだろう。

 それを快く思ってないのも明らかだったがカイルの方は不愉快どころではなかった。

 ミラの隣に立ってリースを睨み付ける。

 知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。


「魔物がどうのって言う前にちゃんと説明しろよ。一体どういう事なのか」

「よしなさいよ。子供相手に」

「子供なら何しても許されるってわけじゃないよ。それは君も僕も身を持って知ってるだろ」

 ミラに答えながらも目はリースの方を見ていた。


 ミラもカイルも罪人として処刑されるところだったのだ。

 今は神殿が身柄を預かるという形を取っているから見逃してもらってるだけだ。

 罪状を取り消してもらった訳ではないからいつ罪に問われて殺されてもおかしくない。

 リースは俯いて肩を振るわせていた。

 今にも泣き出しそうだが同情する気にはなれない。


「いいからあっち行って!」

 ミラが苛立たしそうにカイルを押しのけた。

「話してるの私なんだから」

「自分がどんな目にわされたか忘れたのか!」

「どんな目だろうと遭ったのは私よ! あんたには関係ないでしょ!」

 ミラはそう言うとリースに向き直った。


       二


「続きを話して」

「村の近くに魔物が出るようになって……グ、グル……」

 リースが口籠くちごもった。

『グルシュ・イ・ロスタム』

 リースが言おうとしていたのはそれだろう。

 蝙蝠こうもりみたいな翼と蜥蜴とかげのような尻尾を持つ巨大な猿。

 それが最も近い形容だが翼も身体もうろこに覆われ頭部には三本の角が生えている。

 猿よりは後ろ足が発達しており、逆に前足は小さい。

 しかし猿との一番の違いはその大きさだろう。

 下手な町より大きい猿なんてものは存在しない。

 少なくともこちらの世界には。


 前にラースとガブリエラが話していたのを聞いた事がある。

 最近レラス周辺での魔物退治の依頼が激減した、と。

 グルシュ・イ・ロスタムも以前はたまに出る事があって上級神官が退治に行っていた。

 それがこの数ヶ月、レラスの管轄内では噂すら聞いていない。

 おそらくミラが来たからだろう、と。


「ケナイはタグラの管轄だろ」

「タグラには行きました。ヤナが来てくれたけど大ケガしちゃって……タグラのセネフィシャルは遠くへ行っていて他に人がいなくて……」

「タグラのセネフィシャルがいなくてヤナ以外にいないって……ヤナはエンメシャルって事!?」

 ミラが悔しそうな声で言った。

 エンメシャルはセネフィシャルの次に実力のある者がなる。

 ヤナ以外はセネフィシャルしかいないと言うならそれはヤナという人物がエンメシャルという事だ。


「ヤナって知り合い?」

「あんただって知ってるでしょ!」

 あっ……!

 そうか、マイラだ。

 元々マイラはミラの本名である。

 ミラの替え玉としてマイラを名乗らされていただけだから、その必要のないタグラでは本名を使っているのだろう。


「それなら中央神殿から誰か来てくれるだろ」

「でも一月ひとつき以上掛かるって……そんなの待ってたらケナイが……」

「それが嘘じゃないって証拠がどこにあるんだよ。行った先にハイラル教徒が待ってないって保証ないだろ」

「いちいち口出すのやめてよ! 行くわ。何とかやってみる」

「無理に決まってるだろ! マイラがタグラのエンメシャルになったのは君より実力が上だと判断されたからなんだぞ! そのマイラに倒せなかったヤツを君に倒せるわけないだろ!」

「そんなのやってみなきゃ分かんないでしょ!」

「今度も嘘じゃないって言い切れるのか!」

「ホントだったらどうするのよ!」

「ホントだったら僕らにはどうにも出来ないよ!」

 カイルとミラはしばらく睨み合った。

 先に目をらしたのはミラの方だった。


「行きましょ」

 ミラがリースをうながす。

「ミラ!」

 カイルはミラの手首を掴んだ。

 それを予想もしなかったほど強い力で振りほどかれた。


「ラウルは離れてるからあんたの家族は無事かも知れないけど、私の家族はどうなるのよ!」

 一瞬、返答にまった。


〝家族〟

 カイルにとっては「知り合い」とか「顔見知り」程度の意味しか持たないものがミラにとっては特別な重みを持っている。

 ミラの言葉の強さにその事を思い知らされた。

 二人とも家族に捨てられた。

 その思いから知らずに仲間意識を持っていたらしい。

 二人は同類なのだと。

 それだけにミラの言葉が胸に突きさった。

 ミラは動揺しているカイルには構わずリースと一緒に行こうとした。


「待って!」

「止めても無駄よ」

「止めないよ。その代わり僕も行く。それと最初にタグラの神殿によってこの子の言った事が本当か確かめる。これだけは譲れない」

 ミラは考え込むようにカイルの顔を見詰めていた。

 リースが固唾かたずんでミラを見ている。

「いくら攻撃魔法が使えなくても君を力尽ちからづくで引き留める事くらいは出来るよ」


 いくら腕力がないと言ってもミラよりは強いし、カイルの魔法障壁は〝貫けない盾〟だ。

 セルケト神官の攻撃は貫通してきたがミラの魔法は防げるはずだ。

 ミラは諦めたように肩をすくめた。


「いいわ。邪魔しないなら」

 カイルは不本意ながら修理中の家具を放り出してまたもや無断外出する羽目になった。

 ケナイで待っているのが化け物の方がいいのか、ハイラル教徒の方がいいのか、複雑な気分だった。


 リース親子を信用する気にはなれなかったのでタグラへはカイルとミラの二人で向かった。


 タグラまでは徒歩で三日。

 出発した夜、カイルは自分達の無謀むぼうさに気付いた。

 二人は手ぶらで出てきてしまったのだ。

 歩いて三日も掛かるところへ食料もお金も防寒用の外套も――水すら持ってこなかった。

 タグラは街道を真っ直ぐだから地図は持ってなくてもなんとかなるだろうけど……。

 考えてみたら歩いて何日も掛かるようなところへ二人で行った事が無い。

 遠くへ行くときはいつも誰かが一緒で旅支度は全て人任せだったのだ。


 散々苦労してようやくタグラの町に着くと神殿へ直行し、リースの話が本当だと言うことを確かめるとケナイへと向かった。


「この草原を見てると海を思い出すよ。

 地平線まで続く地面を埋め尽くした草は水。

 風に揺れる葉は波。

 陽射しを受けて白く輝いてるのは波頭はとうみたいだ。

 目を閉じると葉ずれがさざ波の音に聞こえるよ」


 ムノーガじいさんはそう言ってよく村の外れに椅子を持ち出して草原を眺めていた。

 何十年もの間、海辺に住んでいたから海が懐かしかったのだろう。

 緑に埋めくされたアル・シュ・ムイラ。

 ラウル村やケナイ村がある地域だ。


 アル・シュ・ムイラに入ると辺りの草はまばらになり、き出しの地面は岩のように固く、表面には細かいひび割れが散見さんけんされるようになった。

 これがあのアル・シュ・ムイラ……。

 記憶とは全く違う景色。

 一瞬、道を間違えたのかと思った。

 けれど道標みちしるべの矢印には間違いなくケナイと書かれている。


 ケナイが近付くにつれ畑が多くなってきた。

 しかし作物の半分は水不足でれるか病気にかかっている。

 もう半分は鉄砲水てっぽうみずでもあったのだろう。

 ほとんどが薙ぎ倒されていた。

 水不足になるようなところで鉄砲水というのは矛盾しているようだが、乾燥した粘土質ねんどしつの土は水を吸わない。

 そこへ大量の水が流れてくると地面に吸収されないまま広範囲に渡って辺り一帯のものを押し流す。

 標高の高い山の麓にある荒野では春先によくある事でそれほど珍しくない。


       三


 ケナイ村の入口に立った瞬間、ミラは息を飲んでカイルの手を握り締めた。

 カイルも一瞬緊張して身構えそうになった。

 村の奥。

 通りの突き当たりに昔ミラが祈りを捧げていた小さな建物――小堂しょうどうがある。

 その小堂にハイラル教の象徴シンボルかかげられていた。

 別にミラがいた頃も明確にアスラル教に属していたわけではない。

 だから単に土着の民間宗教からハイラル教になっただけ、といえばそれまでなのだが……。

 何もミラの小堂を使わなくても……。

 二人は村の入り口で立ち止まっていた。


 たまたま外を歩いていた数人が立ち止まってこちらを見ている。

 真っ昼間なのに人通りがある。

 そう言えば畑で作業をしている人を見掛けなかった。

 よく見ると窓や、細く開いた戸口からもこちらの様子を窺っている人達がいる。

 誰かが知らせたのだろう。

 しばらくしてから奥の方にある大きな家から中年の男が出てきた。


「よくいらして下さいました」

 ミラの手に力がもった。

 よそよそしい言葉遣い。

 ミラを子供の頃から知っているはずなのに。

 ついこの前まで神の子だなんて言ってあがめていたのに。

 今回だってどうにもならなくてミラを頼ってきたくせに。


「どうぞこちらへ」

 村長はそう言って自分の家へ歩き出す。

 だがミラは動かなかった。

 何かを探すように視線を彷徨さまよわせている。

 ミラの両親の顔は知らないがこの様子からすると姿が見えないのだろう。

 最後にミラが目を止めた家は窓も戸も、固く閉じられていた。

 力が抜けたようにカイルの腕からミラの手が放れる。

 諦めたような顔で村長の後に続く。


 後はヘメラとほとんど同じだ。

 食事を出され魔物の位置を聞いた。

 作物が被害を受けていて今年はほとんど収穫出来そうにない。

 そう言っているにも関わらず、食料に困っている様子は無かった。

 出された料理もかなり豪勢だ。

 村長とは言え小さな村の人間が口に出来るようなものではない。

 しかも収穫が期待できないと言っている割には畑はほったらかしになっていた。


 村の奥には大きな倉庫が三つもあった。

 こんな小さな村では豊作だったとしてもあれだけの倉庫をいっぱいに出来るほどの収穫量はない。

 倉庫のうちの二つには三重の鍵が掛けられていた。

 倉庫に鍵が掛けられるのは中に食料が入っている時だけだ。

 食料を頻繁ひんぱんに取り出す倉庫の鍵は一つ、中が食料で一杯で当分使う予定のない倉庫が三重の鍵。

 この時期に収穫直後よりも豊富な食料があると言う事だ。


 村長の家を出るとミラは振り向きもせずに魔物がいると言われた方へと向かった。


「ミラ。帰ろう」

「嫌よ」

 カイルは黙ってミラの左手首を掴むと反対に向かって歩き出そうとした。

「離してよ! 帰りたきゃ、あんた一人で帰りなさいよ!」

「あの倉庫、見ただろ! この時期に満杯だなんて! あれの出所に気付いてないわけじゃないだろ!」

「知らない! 倉庫なんか見なかった!」

 ミラがしぼり出すように言って横を向く。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。

 だがミラに対する同情よりもケナイの連中に対する怒りの方がまさった。


「あれはハイラル教にミラを売った見返りだ! 分かってるだろ!」

 最後まで言う前に強烈な平手打ちが飛んできた。

 力任せに殴られ、思わずよろめく。

 その拍子に手が離れた。

「余計なお世話よ! 放っといて!」

 目に浮かんでいる涙を見て言い過ぎを悔やむ。

 ミラは身をひるがえすと駆け出した。

「ミラ!」

 カイルは急いでミラを追い掛けた。


 ようやくミラに手が届きそうになった時、辺りがかげった。

 咄嗟とっさにミラを押し倒しながら障壁を張った。

 間一髪で炎が通り過ぎていく。

 乾燥していた草に火がいた。

 が、背の低い草がまばらに生えている程度では炎が当たったところくらいにしか火はかない。

 上を見上げると巨大な足が降りてきた。


「ミラ! 周りの火、消して!」

 周りの火が消えた。

 障壁をくとミラの手を引いて横に逃げだしたが、魔物が軽く羽ばたいただけで二人は吹き飛ばされてしまう。

 二人はかなり遠くまで転がった。


「目が回る……」

 ミラがふらふらしながら身体を起こした。

 カイルも起き上がって魔物を見上げた。

 グルシュ・イ・ロスタム。

 本当に山のように大きかった。

 もしかしたらまだ子供で小さいヤツかもしれない、などと虫のいい事を考えていたのだが……。

 陽射しを受けた鱗はオレンジ色に少し緑が混ざったような輝きを放っている。

 紺色の瞳は小さくて、こちらを見ているのかどうか定かではない。

 遠目でも長いキバからは黄色っぽいイヤなにおいのする液体がしたたっていた。


「出たわね!」

「火炎系はダメだからね」

「分かってるわよ」

 カイルはミラのすぐ隣まで行って障壁を張った。

 ミラが空を見上げると稲妻が魔物に突き立つ。

 が、魔物にはかなかった。

「な、なんで?」

「こいつには魔法耐性があるからだよ」

「先に言いなさいよ!」

 カイルは黙って肩をすくめた。

 しかし、これだけ大きい上に空を飛ぶとなると人間の武器ではどうにもならない。

 だから毎回上級神官でも手子摺てこずる。


 そのとき障壁に圧力を感じた。

 辺りの草が同じ方向に倒れ震えている。

 風か……。

 土に何かがぶつかる音がして辺りの草が土ごとえぐられ後方に飛んでいく。

 穿うがたれた地面はかなりの深さと広さがあった。

 相当な威力だ。

 マイラがやられるのも無理ないか……。


「ちょっと! ここで大人しくやられる気!?」

「攻撃係は君だろ」

「どうすればいいのか教えてよ!」

「あれは? 大地の剣」

「分かった」

 ミラはすぐに目を閉じた。


 魔物は再度炎を吐いた。

 それでもカイル達が無事なのを見ると稲妻を呼んだ。

 光の柱が障壁を包み轟音が大気を揺るがす。

 魔物は苛立たしげに二人を睨むとこちらへ向かってきた。


 大地の剣はいつまでっても出てこない。


「ミラ! 何やってんだよ! まさか忘れたんじゃないんだろうな!」

「覚えてるわよ!」

「なら……!」

「あのとき空に浮かんでたティルグまで思い出しちゃうのよ」

 カイルは唇を噛んだ。

 ミラが大地の剣を実体化させる時ティルグを想像してしまったら……。

 ミラなら空間すら容易たやすく切り裂くだろう。

 ましてここも封印獣がいた場所だ。


「それなら……大地の槍は?」

「大地の槍?」

「そう。地面から大きな槍が生えてくるのを想像してみて」

 ミラはしばらく目を閉じてから黙って首を振った。

「ダメ、大地系のは……」

 剣を槍に変えても思い出すのは同じらしい。


 これが心理的な抑制か……。

 カイルは唇を噛んだ。


「じゃあ、セルケト教徒の魔法は?」

「あれだって火炎系じゃない」

「その前のだよ。衝撃波みたいな……」

 ミラは魔物を睨むと衝撃波を放った。

 目に見えず音も聞こえないとなると本当にやっているのか確かめようがない。

 まして魔物が無傷となれば……。

 カイルの障壁を突き抜けてきた攻撃が効かない。

 上級神官達が苦労するはずだ。

 魔物は全く損傷を受けないまますぐ近くまで来てしまった。


「一旦、離れるよ」

 カイルはミラの手を引いて走り出した。

 魔物の叫び声とともに辺りにいくつもの大穴が穿うがたれる。

 さっきの風とは別の攻撃らしい。

「この!」

 ミラが魔物を振り返ると火球を放った。

 火の玉は魔物の真ん前で収縮し、光の圧力を伴った爆発を起こした。

 カイルが寸前で障壁を張る。

 障壁越しでもかなり熱いのだから間に合ってなければ熱で溶けていただろう。

 ホントに考えなしなんだから……。

 辺りに土が解けたイヤな匂いが漂う。


       四


 地面は広範囲にわたって焦げているものの魔物は無傷だった。

 こんなことならミラをせてこの魔物の事を調べてから来るべきだった。

 カイルはほぞを噛んだが今更どうしようもない。

 相手がこれだけ大きいと逃げ切るのも無理そうだ。

 こちらもダメージは受けてないが防戦一方ではらちかない。

 少なくとも中央神殿から派遣されてくる神官が来る一月後まで二人はたない。

 飲まず食わずでは一ヶ月も生きられないのだから。


 一瞬、カイルは諦めようかと思った。

 今ここで二人が死ねば破滅は千年先に延ばせる。

 ケナイは二人を死なせた事でハイラル教から睨まれるだろう。

 二度と食料など貰えないに違いない。

 思わず皮肉な笑みを浮かべてしまった。


 魔物が二人をとらえようとしたのだろう。

 地面に降り立った。


 その瞬間、地面が大きく揺れ亀裂が走った。

 かと思うと一気に地割れが横に広る。

 激しい揺れにカイルは後ろへ倒れた。

 ミラは転ばないようにあらかじめ座っていた。

 よろけた魔物の片脚が地割れに落ちる。

 その途端、地割れが閉じた。

 だが魔物は強引に脚を引き抜いて飛び立ってしまった。


「惜しい」

 ミラが悔しそうに指を鳴らす。

 魔物はすぐに降りてくるとカイル達を脚で掴もうとした。

 あんな巨大な魔物に掴まれたら握り潰される!

 が、その脚は弾かれた。

 え……。

 今の攻撃を防いだのはカイルの障壁ではない。

 ミラが先に張ったのか?

 思わずミラの方を向いたとき羽の音が聞こえた。

 咄嗟とっさに障壁を張ったが魔物に再度蹴飛ばされた。

 今度は足が障壁に当たり障壁ごとカイル達は弾き飛ばされた。


「うわ!」「きゃ!」

 二人が地面に転がる。

 カイルとミラはかなり離れてしまった。

 ミラは地面に倒れたまま動かない。

 魔物がミラを目掛けて急降下してきた。

「ミラ!」

 急いでミラに障壁を張ろうとしたがその前に魔物がはじかれたように後ろにばされた。

 今のは……。

 ミラではない。

 カイルの障壁も間に合わなかった。

 周囲には他に誰もいない。


 魔物が苛立ったように長い尾で薙ぎ払った。

 カイルが自分とミラの周りに障壁を張る。

 しかしそこらの大木よりも遙かに太く長い尾だ。

 弾き飛ばされたカイルの体が宙を舞う。

 衝撃を受けた瞬間、自分に回復魔法を掛けて意識をたもちミラに張った障壁がけないように維持する。

 だが尻尾はあっさりカイルの障壁をはじいてしまった。

 しかし、やはり今度も尾は何かにぶつかってね返る。

 ミラは無事だが自分で障壁を張ったわけではない。


 驚いているうちに地面に叩き付けられて激しい衝撃を受けた。

 しまった……!

 意識を失う寸前で回復魔法が間に合った。

 だが高いところから落ちたカイルの身体は二度、三度と地面の上を弾んでその度に大地に叩き付けられる。

 干からびて岩のように硬い地面――岩石砂漠である。

 そんなところに叩き付けられた痛みは生半可なまはんかなものではなかった。

 カイルは必死で激痛に耐えながら回復魔法を掛け続けた。

 意識を失ってしまった方が遥かに楽だったのだが、そういうわけにもいかない。

 ようやく地面を転がるのが止まった。


 障壁と回復魔法がなければ最初の一撃で即死してただろう。

 カイルがなんとか顔を上げると、ミラも身体を起こしていた。

 どうやら無事らしい。

 魔物がきになったらしくミラに何度も攻撃を仕掛けているがことごとく弾かれている。

 ミラは立て続けに魔法を放っているが相手も無傷だった。

 しかし……。

 ミラは障壁を張ってない。


 もう一度周囲を見回してみた。

 見渡す限りどこにも人影は見えない。

 攻撃を防いでいるのは障壁ではないのだ。

 となると……。

 あれはアスラル神の加護か……!?

 ミラには攻撃が通らないのだろう。


 けど、それならセルケト教徒の攻撃は……。

 思わず考え込んだカイルは吹き飛ばされた。

 どちらの攻撃かは分からなかったが巻き添えを食らったらしい。

 僕には加護がないから自分の身は自分で守らないといけないのか……。

 カイルは気を引き締め直すとミラに駆け寄った。

 セルケト教徒の攻撃が貫通したのだから加護を盲信するわけにはいかない。

 となると防御の苦手なミラはカイルが守る必要がある。

 魔物の攻撃もミラには届かないが、ミラの攻撃も通用しない。

 互いに効果のない攻撃を繰り出し続けるという不毛な戦いが続いた。

 時間だけが過ぎていく。

 いつまで経っても決着が付かない。


「あのさ、ケナイ山の魔物はどうやって倒したの?」

「え?」

「跡形も残ってなかったって言ってたよね?」

 ケナイ山はかなり大きな山だった。

 魔物が出てきたとき村がいくつも消えたというなら相当な大きさだったはずである。

 それを跡形もなく消し飛ばせたなら同じ方法で倒せるのではないだろうか。


 レラスにまで閃光と振動が届いたのだからこの辺り一帯は激しい熱と衝撃波に見舞われたはずだ。

 にもかかわらず魔物が出てきたときに破壊されなかった村々は無事だった。

 ミラが破壊を望んでいないものは被害を受けないのだ。

 ならば手加減しなくてもケナイを始めとした近隣の村に被害は出ないだろう。


「それ、もう一度やってみて」

 さすがのミラでも大量殺人の犯人にされた事件の時に使った魔法は覚えているはずだ。

「今やったじゃない」

「あの時はレラスでも光が見えたし少しだけど地面も揺れたくらいだから威力が全然違うよ」

「分かった」

 ミラが魔物を見上げた瞬間、辺り一帯がまぶしい閃光に包まれ障壁に衝撃波の激しい圧力を受けた。

 地面が大きく揺れる。

 障壁越しでも身体が溶けてしまうのではないかと思えるほどの熱を感じる。

 これで近隣の村が被害を受けなかったのはアスラル神の加護ミラのお陰だ。


 光が消えると同時にグルシュ・イ・ロスタムが突っ込んできた。


「嘘!」

「無事なのか!?」

 ミラとカイルは信じられない思いで魔物を見上げた。

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