第3話媚び売り大作戦①
前世の記憶を思い出してから2ヶ月がたった。
「はぁ…なんで早く来ないんだ??早くこっちに来い」
バシンッッ
「……うっ……す、すいませんでした……」
リュカは記憶を思い出す前と変わらず使用人に酷い行いを繰り返していた。顔をしばかれた使用人は黒髪の美女のメイドで、その恵まれた容姿な上思い過去を背負っていそうな“ヒロインタイプ”の女に虫唾が走る。
こいつは1ヶ月ほど前に入ってきた新人のレイアで、本来の『俺』ならばお気に入りとしてキープしていたんだろうが、前世を思い出した俺はその、出ているところは出ており、引き締まるところは締まっている理想の体が、俺に擦り寄ってきているように見え、心底嫌っていた。
「下がれ」
「し、失礼します。」
(やっぱり落ち着いた子が1番マシだな。)
リュカは尊厳を踏みにじられ憎らしそうにこちらを睨むあのレイアの表情を想像し、口の中が不味くなった。
ペッッ
唾を床に吐き出しキープしているメイド、エマが手拭きで床を拭く。エマは顔立ちは地味で性格は大人しく、貧相な体だが流れに身を任せて生きるタイプなので気に入っていた。
「なあ、エマ。ユーゴはリーファのように腹黒なのか?」
「お答え出来かねます。」
そう、まさにこういうところだ。信用できる言葉しか発言しない。俺が本性を出してもまったく何も対応が変わらなかった。首にナイフをつけて脅しても焦る様子すらなかったのでロボットのようなものだ。しかしリュカにはそれが一番いい所だった。
(自分で調べるしかないか……早速ユーゴに突撃するか)
ソファの真ん中に堂々と腰かけ、足を組んでいた俺はまさに一国の王になったかのように得意げに立ち上がる。いもしない家臣を眺め、見下すのだ。
『お主、やはり素質があるぞ』
(なんの事だか)
『フフ。知らぬ。儂はまだ知らぬ。』
悠々と廊下を歩く俺を使用人が避けて行く。
(ああ、公爵になるのもいいかもな跡継ぎが生まれぬようにあのリーファを殺しておくか…さすがに馬鹿なガータリオンでも馬のように乗り換えたりしないだろう。……だが、アマンダを殺すのは気が引ける)
ちゃんと考えて行動すべきだとも思ったが、考えすぎても無駄なので、考えないことにした。とにかくいまリーファを殺しても何も俺は疑われないはずだ。何ならアマンダが疑われ、リーファとアマンダというリュカ・アルシオンが公爵になるのになんのメリットも無い物を排除できる。
(そうだ。リーファを殺す、それをユーゴに冗談めかして伝えてみよう。怒鳴り散らかせばそれまでだし、なにか対策をしてきたらやはり裏表が激しいだけのやつじゃないとわかる。でも行動を起こすには早すぎる。ユーゴを後継争いから蹴落とすにはどうすればいいんだ?やばい。頭が働かないので殺すしか浮かばない。)
『物騒じゃな。ははは。』
(パルサパン……頭を覗き見するのはやめろ。びっくりする。)
「リュカ様、あちらがユーゴ様のお部屋です。こちらは調理室です。」
(どうせこの立ち塞がったのメイドも部屋ぐらい覚えろよとか思ってんだろうな。リーファ派、か…優しさはどこに行ったんだよ。俺の事めっちゃ見下してるじゃないか。)
『性格曲がりすぎじゃなお主。』
(……お前もだろ)
_____ま、当たり前か。
リュカはこうして会話の合間に入ってくるパルサパンのおかげで何とか精神を保てていた。パルサパンと話すと気分が少し晴れるのだ。
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ガチャ
「ユーゴ、剣術勝負しようぜ」
「リュカ様、今は歴史の授業中です。」
「そうだよリュカ。僕は・勉強しないといけないんだ。」
(やっぱりこいつは優しいだけじゃない。俺にあえて嫌味をいってくる……)
「ふーん。俺はもう学園の範囲も終わったけどな」
「……リュカ……嘘をつくのは悪いことだよ??」
(なんでこう上から目線なんだ!クッソ。イライラしてくるぞ…!)
「まず王の名前はラウル・ハファエル、そして第1王子はミカエル・ハファエル。継承権を破棄しているのが第2王子ガブリエル・ハファエル。俺たちと同い年で7歳なのが第3王子ウリエル・ハファエル。そして今年産まれたばかりの第4王子サミュエル・ハファエル。継承権は1位、ミカエル殿下。2位にウリエル殿下。3位にサミュエル殿下だ。建国したのは今からおよそ580年前、1度、王家の血筋は変わっているが、初代王の名前は残っている。公爵家は……」
「すごいんだね。リュカは。どうやってそんなに早く覚えたの?」
ユーゴはニコニコとひきつった笑みを浮かべている。拳にはリーファと同じく力が入っており、イラついていることはよく見ればバレバレだった。対してリュカは今までユーゴに劣っていた唯一を踏みにじることが出来て誇らしげな表情をしていた。
(これだけイラつかせてあげたんだ。今日は癇癪が見れるだろう。)
ユーゴは器が小さく、すぐに怒る。だからイラついた日は毎日壁に向かって当たり、恨み言を吐き捨てているのだ。俺は小さいときに一度見たことがある。確か五、六歳。その時からユーゴはリーファと同じく外ズラだけを優先する、信用の無い性格だったので小さかった俺はユーゴのことを数ヶ月違いの兄だと思って接していた。でも、それが変わったのは剣術の訓練が始まり、ユーゴに初めて勝った時だった。
「くそっ!くそっ!!僕の方がすごいのにぃっっ!!」
ガンッガンッガンッ
「リュカみたいなやつは後継者なんかに向いてない…!なんで…………!僕の方が優れているのにっっ!!」
初めて見た人間の汚い部分だった。純粋無垢な俺は“嘘をつく”ということをしたことがなかったからだ。
屋敷の裏で悪態をつき、壁を力いっぱい蹴る様は俺に失望を与えた。いままであこがれだった『お兄ちゃん』が嘘つきの『ユーゴ』に変わった。
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そして夜中…いつものスポットである屋敷の裏に行くと、メイドを二人連れてなにかブツブツ言っていた。ユーゴはずた袋を被っており、服装もシンプルな量産品を着ていた。
(なんだ?なんで顔を隠す意味があるんだ??)
「裸になって四つん這いになれ。」
「……はい。リュカ様……。」
(????????!!!!!!!!)
曲がり角の先に見えるのはレイアとあと一人は知らないが、二人ともかなりの雌豚らしい体をしている。
(ま、まさか、、俺だと偽って裸体ショーストレス発散をしているのか??!!?おえええ!!!気持ち悪い!!!!ユーゴの野郎……!気持ち悪いもの見せやがって!!!!)
「あはははは!レイラ……ずっといいと思ってたんだよ……!今日は辛く当たってごめんな??」
「……いえ。」
(見てたのか……。きめぇ……豚と豚が俺の名前を呼んでいるだけでもゾワッとするというのに……!!)
リュカは身震いした。
リュカは思った。確かにずた袋を被れば声は似ているのでユーゴとリュカは見分けがつかない。だがどうやってここまで来たのか。レイラをどうやってここに呼んだのかが分からないのだ。
(手紙か?だとしても使用人の館にはユーゴ1人で入れないはずだ。やはり協力者がいる。俺が公爵になるのだったら猫をかぶるのが一番だが……まあ気に食わないやつ以外にはちゃんと対応するか……。協力者を炙り出そう。まだ三年もあるんだ。なんならお披露目会から人が変わったかのように社交界で接するのもいいな…でも其れはめんどくせぇ!!)
『そう言うところが身を滅ぼすんじゃぞ?』
(うっせぇやーい!)
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今日は雨。勉学の家庭教師を雇っていないリュカは子爵家出身のエマに貰った学園の教科書で十分だった。剣術もパルサパンと契約し、能力が2倍になったのでこのところ指南役にも互角の勝負を挑むようになっていた。
「エマ、そういえば近々お父様の誕生日だったよな?」
「そうですね。あと3日後に誕生日です。」
「俺がよく接している使用人に誕生日が近しいやつはいるか?」
「執事見習いのジョンが旦那様の2日後、メイド長のアリサが2週間後です。」
リュカは美しい装飾がされた羽根ペンでカレンダーに書き込んだ。しとしとと降る雨が日光をさえぎっており、館の時間が分からないような不思議な雰囲気がリュカは気に入っているのだ。カーテンは開けられており、時折光る落雷が落ち着いた空間にたまにキズだが、全身を劈つんざく音は気持ちがいい。
窓に写った自分は今までと全く違っていた。パルサパンと契約する前から『雅人』とは全く違う少年の美しい顔だったが契約してからは“能力が2倍”。そう、魅力という部分でも2倍になっていた。反射する己の顔は彫刻のように整っており、『雅人』の生気のない目と相まって人形のように見えた。肌も髪も時が経つ事にツヤをましている。ワインレッドに輝く瞳とキラキラと銀の糸のように細い髪は人を惑わす吸血鬼のようだ。
真っ白な指に輝く金の指輪にはパルサパンが入っている。緊急時でも契約できるようにしているのだ。
リュカはこの偶像のように美しい顔を見る度に虚しくなっていた。パルサパンから貰ったものであり、契約した直後から『リュカ・アルシオン』では無くなったかの錯覚を覚えていたからだ。
(悩んでいても仕方がないな。誕生日には日頃の感謝を込めた手紙と菓子を送ろう。)
この世界には誕生日はお披露目の10歳と成人の18歳以外祝わない。そのため前世の記憶から学んだ感謝を伝える方法としていいと思ったからだ。
リュカは少し憂いを感じさせる足取りで調理室に向かったのだった。
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