改訂版)届ロケ言葉の命綱〜言の葉の校舎〜
衣草薫創KunsouKoromogusa
第1章 作り置きの晩御飯
第1話
ズボンのポケットに両手を突っ込んで、馬鹿みたいに笑う男達が左斜め前方に見える。秋風が山の木々の枯葉とスカートの裾揺らして、素肌をなぞる。徐々に冷えていく空気はまだまだ上着を着なくても耐えられる程で、太陽の日差しは中々、夏が終わったことを感じさせてはくれない。夏は嫌い。だから本格的に秋になることを願う。理由は暑いから。本当に暑かった日々を思い出すから。
後ろから「おはよ。」という声がして振り返った。友達は笑顔をこちらに向けたので反射的に私も笑顔になって「おはよ。」と返す。するとまた友達の笑顔はより明るくなって「そういえばさぁー。」という決まりフレーズから始まって教室に入るまで会話が続いた。でも、友達には悪いが心の中では別のことを考えていた。家でのこと、テストのこと、過去の記憶、晩御飯は何作ろうかとか、そんなこと。そしてふと思う。
『心の声に素直でいれたら何かが変わっていたのだろうか。』と。
今後どうすれば良いのか分からずにいる。私は何を感じて何がしたいのだろうか。そもそも私は、心の声が聞こえないのだから素直にもなりたくてもなれない。変わらない毎日。退屈で、何も変わらない毎日だ。色の無い素晴らしい世界。それが、ジオラマのような窓の外を眺めた感想だった。
「大丈夫?ぼーっとして。何かあった?」
教室に入り、自分の席に座って一息ついた頃、先程とは別のクラスメイトが私の顔を覗いて心底心配しているような顔をして言った。彼女の声を聞いて我に返った私は意識的に口角を上げて「大丈夫よ。」と言った。それでも彼女は疑いの目でこちらを見る。正直居心地が悪いと感じた私は心做しか額に冷や汗が滲んだ。
「そう?最近、顔色が悪いから心配になる。何かあったらちゃんと相談しなさいよ!」
私は
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。」
と言ってその場を後にした。
―――・・・
部活に入っていない私は家族の中で1番早く帰ってくる。両親は共働きで、双子兄弟である兄はサッカー部に所属している。私は1人になれるこの時間帯が1番ホッとする。たまに切羽詰まったときはひとりで泣ける唯一の時間。自分の部屋はあるけど、かなり声を殺さなければ家族に聞こえるような気がして思うようにはいかないものだ。
「今日はどうしよう。」
独り言を呟きながらレシピ本をペラペラ捲ったり、スマホで検索したりして晩御飯を決める。母は普段忙しいので晩御飯は私の役割だ。
「そうだ。昨日、肉が余ったんだ。シチューに入れよ。」
と、また独り言を呟いて冷蔵庫の中を漁ったのだった。
―――・・・
夜の8時時頃に玄関が開く音がした。
「おかえり。」
双子の兄、
「またやってんのか。」
そしてまた歩いて自室へ行ってしまった。私はため息をついた。顕斗が呟いた意味は、「また夫婦喧嘩してるのか」。という意味だ。玄関で1人立ちつくす私は重い足取りで騒がしいリビングへのドアを開けて晩御飯の用意を済ませ、また顕斗の元へ行った。
ドアの前に立ってコンコンと叩くと返事はなかったが、黙ってドアをガバッと開けた。
「ご飯できてるわよ。」
顕斗はまた素っ気なく「おう。」とだけ返して机に広がっているノートを見ていた。
「顕斗、早く食べてくれないとご飯が冷めるわ。」
それでも顕斗はこちらに顔を向けずに言った。
「誰があんな騒がしい親の元でご飯食うかよ。ご飯なんか温めれば食えるし、後で食べる。」
「あのねー。」
私は胸の奥底からフツフツと熱か籠るのを抑えながら言う。
「晩御飯美味しくないなら食べなくていいよ。」
それを聞いた顕斗は顔を顰めて初めて私と目を合わせた。その目はまるで「何を言っているんだ?」とでも言いたそうに。
「朝の話聞こえてたわよ。」
顕斗はより顔を顰めた。でも、今度は目を逸らして「別に普通だよ。」と低音で静かに言った。喧嘩にもならない今の空気に怒りが勝ったまま「あっそ。」と強く言ってドアをバタンッと音を立てて閉めたのだった。
―――・・・
俺はさっきまで書いていた部活の日誌を閉じて階段を降りた。夜の10時頃になるとリビングには両親の姿は見当たらない。両親は両親の部屋で夜は過ごしている。妹である
『反発して、体当りして、抗って...』
レンジのチーンという音と共にガチャッと蓋を開けて中のものを取り出し、火傷しそうになりながらもラップを剥がす。
「美味しい。」
ちゃんと思っている。「美味しい」て。ちゃんと声に出している。でも、本人には言えないのは何故だろうか。俺は空になった皿の上に箸を乗っけて手を合わせて「ご馳走様。」としっかりと晩御飯を締めくくった。
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