泉黄(みよ)ちゃんとの文通

@sinotarosu

第1話「だってミヨは『竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ』だろ?」「ハア?! ミヨが『竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ』な訳ないだろ?」

 高校二年生のボク————中川(なかがわ)ユウトには、一年生の時から付き合っている彼女がいる。泉黄(みよ)って言うんだ。

 小学三年生からの、いわゆる幼馴染。こんな勉強も運動も出来ないボクをいつも大切にしてくれる、黒髪ロングの女の子。誰にでも優しい泉黄(みよ)は、昔からクラスの人気者だった。

 そんな彼女に告白してOKを貰えた時は、心が舞い上がってしまった。あれ程幸せを感じた瞬間は無い。

 もちろん、今だって。彼女と付き合い始めてから、勉強の成績がうなぎ登りで上がったんだ。

恋の力って、凄いな。頑張って良い大学出て、将来彼女を幸せに出来る男になりたい。


 ボクは自室のベッドに寝転がり、口元を緩ませながら、桃色の封筒を見つめる。

今日も彼女から手紙が届いたんだ。一年生の時から、毎日のように文通している。

 開けてみると、こう書いてある。

【こんにちは、ユウちゃん! もう二学期だね。勉強の調子はどう?】

 手紙の一文一文が、彼女の可愛らしい声で脳内再生されてしまう。

 にやけながら、引き出しから白紙を取り出してから、ペンで、

【順調だよ! ミヨはどう?】

 と書く。

 それをすぐさま、彼女の家のポストに投函。泉黄(みよ)の家とボクの家の距離は、歩いて五分もしない。

(返信、待ち遠しいなあ!)と、胸を高鳴らせてその場を去る。


 泉黄(みよ)は生まれつき体が弱い。だから、あまり直接ボクと会えないんだ。普段はこうして手紙越しでしか、会話できない。


 三日して、返信が来た。

 桃色の封筒を開け、中を確認。

【あんまり上手くいっていないかな? 体の調子、悪くてね。ごめんね、いつも心配させちゃって】

 体の調子が悪い、か。

 やっぱり、泉黄(みよ)はボクが守らないとダメなんだ。

 彼女の病気の原因は分からない。だからこそ、ボクが医者になって彼女を治してあげないと。

 医者になるには、医学部のあるような頭の良い大学に行かなきゃならない。頭の良い大学に入るには、沢山勉強しなくちゃいけない。

「泉黄(みよ)の為」という考え方をすると、受験勉強にとても身が入る。


 泉黄(みよ)から来た手紙を眺めていると、ふとスマホがバイブした。

 開くと、LINEに一通の着信が来ていた。

 泉黄(みよ)とボクの幼馴染の男の子からだ。

『よ、久しぶり! 明日駅チカのマックで会わない?』

 すぐさま、返信。『久しぶりだね! いいよ!』、と。


 最寄り駅のマクドナルドで独り、勉強するボク。今日は雨が降っている。

 教科書を開き、ノートに向かってペンを走らせていると————、

「お、ユウト久しぶり、元気してた?」

 誰かがボクの名を呼んだ。

 声の方に向くと、学ラン姿の、スラリと背の高い好青年が立っていた。

長すぎず、短すぎない髪の長さ。モデルのような線の通った体型。

小学校、中学校時代の同級生、リョウヘイだ。

 学業優秀、スポーツ万能、そして生気のある顔立ちの、優等生を絵に描いたような男。

 しかも嫌気の無い優等生。他人を決して蔑まない、人格者。

「ああ! 久しぶり! リョウヘイは元気?」

「元気だぜ! ……なんかユウト、昔より顔がやつれてるな」

「え? そう?」

「ああ。目にクマとか出来てるし。ちゃんと眠れてるか?」

「眠れてるよ? むしろ快眠なくらいだよ?」

 ……なんだろう? ボクの顔、眠れてないように見えるのかな? 泉黄(みよ)の事考え過ぎて眠れない事、結構あるのかも。

「高校に入ってから彼女出来たから、緊張で眠れてないのかも」

「おお! マジか! おめでたじゃん。誰と付き合ってんの?」

「……驚かないでよ?」

「え? 誰?」


「ミヨだ」


 爽やかなリョウヘイの顔色が、青褪めていく。

「お前……何言ってんだよ?」

「え? 何って?」

「だってミヨは『竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ』だろ?」

「……ハァ? ミヨが『竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ』だって? リョウヘイの方こそ何言ってるんだよ!」

 それからしばらく口論になって——、

「お前、気持ち悪いよ。じゃあな」

 リョウヘイがボクに背を向けて去っていく。


 ミヨが『竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ』だなんて、アイツは何を言っているんだ?


 夜、自室にて。泉黄(みよ)宛の返信内容を考えて、机の上に真っ白な手紙を開いたまま、ペンを握っていた。

(そろそろ、泉黄(みよ)に直接会いたくなってきたな……)

 彼女と会う頻度は、月一と決めている。いつも、ボクらの家の間にある森林公園で会うのが習慣となっている。

【日曜日の夜に、久しぶりにいつもの公園で会わない?】

 手紙を認(したた)めてから、家を飛び出し、すぐさま彼女の家のポストに直接投函。


 返信はすぐ来た。【いいよ】、と。


 時刻は日曜、二十時。夜の森林公園は静寂で包まれている。頭上の月明りだけが園内を照らす。

 いつもながら、まるで園内を囲う木々が外部の世界とこの公園を断絶しているかのようだ。夜の森は不気味だが、二人きりでいれば心地良い緊張感で心臓が高なるだろう。

 夜闇の妖しさが、ボクらの気持ちを一つにしてくれそうだ。

 彼女が来るのを今か今かと待ちわびるボク。

 約束の時刻まで後三秒。二秒————一秒————、


 ゼロ。


 ザッ、ザッ————と、ボクの背後から土を踏みしめる足音が。

「中川————君?」

 声のする方に振り向く。

 制服を着た、長い黒髪の少女。

 月明りに照らされた彼女の黒髪が夜風に晒されて靡(なび)く。その幻想的かつ蠱惑的な黒髪が、彼女の顔、体に神秘的なオーラを纏わせているかのように、ボクの目には映っている。

「ミヨ……ちゃん……? ミヨちゃん⁉」

 久しぶりの再会に、思わず歓喜してしまう。

「中川君……あのさ……」

 彼女の顔が、一瞬で険しいものに変わり————、


「この一年でいったい、何通の手紙をアタシの家に送った?」


 怒り、恐怖————そんな類(たぐい)しか感じ取る事の出来ない表情。

「ねえ? 何通送った? ねえ、ねえ? 間違いなく百通は越えてるよ? アタシ、中三の冬に言ったよね? 中川君とは付き合えないって。なのに、何度も何度も! 何度も何度も! 何で告白してくるの?」

「————え?」

 何言ってるんだよミヨ。ボクら————ボクら————、


「ボクら、付き合っているじゃないか?」

 

 一瞬、その場が凍り付いたかのように静寂で包まれる。

 そして————静寂が強い罵声によって、砕け散る。


「言ってない!! そんな事、一言も言ってない!! アタシが付き合ってるのは————」

 その続きが、ボクの耳の奥底まで木霊する。

「アタシが付き合ってるのは、リョウヘイ!!」 


 彼女のその一言で、マクドナルドでのリョウヘイとのやり取りを、フラッシュバックしてしまった。

《だってミヨは『俺と付き合っている』だろ?》


 更に昔の記憶が頭の中で湧き上がってくる。小学生、中学生の頃の記憶が。


 小学生時代、教室内で笑い合うリョウヘイとミヨの姿を、指を咥えて眺めていたボク。クラスの人気男子と人気女子の笑い合う姿を、黙って見ているしかなかった落ちこぼれのボク。


 中学時代、男子バスケ部と女子バスケ部のキャプテンだったリョウヘイとミヨ。ボクは、ずっとバスケ部の補欠だった。後輩達に負けてしまう程の、落ちこぼれ。

 そんな二人は、中三の夏に付き合い始めた。ボクは、ここでミヨに告白しなかったら二度と後悔すると思い——思いの丈を中三の冬に、彼氏持ちの女子に向かって打ち明けた。そして、失恋した。


 それでも想いのしこりは、ずっとボクの中で残り続けた。


【好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ】

 気づいた時には、ボクの部屋はこんな内容の手紙で溢れかえっていた。

【アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ。アタシもだよ】

 気づいた時には、ボクの部屋に「ミヨからの手紙」が毎日送られてくるようになった。

 その手紙は必ず、ボクの家のポストではなく、ボクの部屋に直接送られてきた。

 あんなに————あんなに————あんなに————、


「あんなにボクに手紙送ってきてくれたのに?」

 泉黄(みよ)に詰問するボク。

「何言ってるの? アタシが中川君に手紙送った事なんて、一度もないよ?」



 ウソだ。


ウソだ。ウソだ。


ウソだ。ウソだ。ウソだ。ウソだ。


ジャンパーのポケットの中へ手を突っ込み、

〝光るモノ〝を取り出す。

「ヒッ……」

それを見た彼女が後退る。

 

そんな彼女の泣き顔も、愛おしい。


 彼女に、消えない傷を残してやりたい。彼女が、ボクの心に消えない傷を残したように————。



 自室の学習机。

 机の上でボクは、〝作業〝に没頭する。

「こ……の……あ……い……だ……は……ご……め……ん……ね……。ア……タ……シ……」

 ペンを強く握り、紙に向かって一文字一文字、丁寧に刻んでいく。

 背後からは、テレビニュースが聞こえる。

『次のニュースです。昨夜未明、十六歳の少女が、○○公園にて遺体で発見されました。被害者の名前は〇〇〇〇。遺体には激しい切り傷の跡があり————』

「……来た。ミヨからの手紙だ」

 ボクは、机の上に「いつの間にか」現れたミヨの手紙を、一文一文目を通していく。

【この間はゴメンね。アタシちょっと勉強のストレスでユウちゃんに当たっちゃったみたい……】

 あはは、泉黄(みよ)は急に怒りっぽくなる所がタマに傷だよな。

 やっぱり泉黄(みよ)は、「ボクの中にいる泉黄(みよ)」が、一番可愛い。ボクの心を癒してくれる。

 決して、ボクの心を傷つけたりしない。

 彼女の手紙にすぐさま、返信を認(したた)める。

【良いよ、許してあげる。その代わり、次はいつ会える?】

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