米良義輝(めらよしてる)は平穏に暮らしたい

@sinotarosu

第1話 殺人鬼VSニート……そして同僚

「米良(めら)さん! 良かったらこの後お昼一緒に食べませんか?」

 秋葉原の某ビル。会社の昼休み、ビル入口自動ドア前にて。

女性社員が私に声を掛けてきた。

「済まない。私はこれからこの書類を郵便局に届けなくっちゃあならないんだ」

 そう言って女性社員を振り切る。

「待ってください、米良さん!」

「やめとけやめとけ! アイツは付き合いが悪いんだ」

 背後から私の同僚の声が聞こえる。

「アイツの名前は米良(めら) 義輝(よしてる)、三十三歳独身。仕事は真面目で卒なくこなすが今一つ味気の無い男。クールキャラとして女子社員達からは密かに人気があるが、影の薄くてつまらない男さ」

 おお、同僚よ。流石、私の事を良く知っているな。

 そう、私は平穏に日々を過ごしたいだけの男なのだ。

「血液型はA型。身長百七十センチ、体重は六十二キロ。私立K大学卒業後、この丸亀製薬会社に十年勤めている。自宅は埼玉県越谷市にあり、一人暮らし。結婚はしていない」

 ……ん? 私、アイツにそこまで話した事あったか?

「常に心の平穏を願って生活しており、勝ち負けだとかトラブルだとかを避けて通る事を信条にして生きている。最近の趣味はジムでトレーニング。寝る前にコップ一杯のミルクを飲む事を習慣にしているから、睡眠状態は至って健康だ」

「へ、へぇ~……お詳しいんですね……」

 お前……女子社員が引いているじゃあないか。ていうか、なんでそこまで私の事知っているのだ? どこで手に入れたんだその情報。

 

 ヤツは危険だな。そのうち、殺してしまわねば……。


 今の同僚の、私という男を表す説明として、二点だけ足りない点がある。

 一つ目は、私が異能力者である事。

 二つ目は、私が殺人鬼である事だ。


 だが私は理由なき殺人鬼ではない。ちゃんと理由があるのだ。

 人間の「脚」がたまらなく好きなのだ。

 殺した女性の「脚」だけを持ち帰って、彼女にしている。

 今もバッグの中に「彼女」を連れている。

 私のこの性癖は誰にも知られるワケにはいかない。故に、私の事を深く知る者を生かしておく訳にはいかないのだ。


 埼玉県越谷市内の、家々並ぶ住宅地。時刻は平日の昼十一時……出社前。

 なんやかんやあって、私はとある「異能力者の集団」に殺人鬼としての正体がバレてしまった。

 私は現在スーツ姿のまま、その「異能力者集団」の一人と一対一の決闘をしている。

 追手の名はリョースケ。モヒカン頭の不良高校生だ。身長は百九十センチと高身長で、如何にも喧嘩慣れしている風貌の男だ。改造した制服に鎖なんかを巻き付けている。

 ヤツは今、この住宅地内に逃げ込んだ私を追ってきている。

(さて、どうしたものか)

 顎に手を添えながら、作戦を考える。

 リョースケの異能力は「身体能力を強化する」能力。奴の拳は岩をも砕く。

 それに対し、私の異能力は「触れたものを爆弾にする」能力。

 異能力の質としては五分五分。だが高校生の奴と三十三歳の私とでは、基礎的な身体能力で劣る。壮年男性が若い男に肉弾戦で勝てるワケが無いのだ。

 故に、奴との接近戦は避けたい。何か長距離攻撃を仕掛ける必要がある。

 ————等と作戦を脳内で練りつつ、ふと前方を見やる。

 他人の家の柵越しから、中が覘(のぞ)ける。ベランダに干された衣類なんかが。

 赤いハートマークの付いた、女性用のパンツが干されている。この家の持ち主はどうやら女性のようだ。

 不用心だな。女性用衣類をこんな人目に付く場所に堂々と干すなんて————。


「ちょ、ちょっとアンタ!」


 誰かが私の名を呼んだ。

 振り向くと、ダボダボのズボンと鼠色のパジャマを着た、肥え気味な体をして不健康そうな男が立っていた。年は二~三十代当たりと見える。

一言で言って、「ニート」という印象。

「ひ、人んちの敷地に入って何やってんだ?」

「……」

 私は自身の足下を見る。私は住宅地内に脚を踏み入れているが、他人の家の玄関内に踏み入れてはいない。私有地ではない筈だが?

「な、何だよ、敷地には入ってないってのかい? こ、言葉尻捕まえないでよな、お利口さん!」

 ニート風な男はどもりながら、私を睨め付ける。

「君の家か? いつから見ているんだ?」

「ちょ、ちょっとぉ~!、『質問を質問で返すな』って学校で習わなかったのかい?! 隣のモンだよ! 昼過ぎまで寝てようと思ったんだけど、なんか物音がしたから起こされたんだよ!」

 なんだ、やはりニートではないか。

「隣のリオちゃん、最近よく下着が盗まれるって言ってたからなぁ! この時間、皆出かけているからなぁ!」

 私を指さしながら、大声で喚く男。

 私は「フゥ~ッ」と大きくため息をついてから男に背を向けて、

「羨ましいな……暇そうで」

 そう言い残し、出口に向かって歩を進めた。


「逃げるのかぁ!? おい?!」

 ニート風な男は、立ち去っていくスーツ姿の壮年男性の背中に向かって、そう叫ぶ。

「ちくちょう……ムカつくぜぇ……。リオちゃんの事狙いやがって……」

 顔を歪ませ、思わずそう呟いてしまう。

 ムカついているのは、スーツ姿の壮年男性のスカした態度にだけではない。己のこれまでの人生に対してもだ。

己の小学校、中学校、高校と歩んできた人生……そして幼馴染のリオちゃんに「気持ち悪い、もう二度と関わらないで」と言い放たれてしまった事実に。

 小、中、高と同じ学校に通っていたリオちゃん。彼女と結ばれるのは自分だと確信していた。

 何回も告白した。なのに何回もフラれてしまった。

 何故だ? この太っている体型がいけないのか? でも運動するのはダルイし……。

 勉強が出来ないがいけないのか? でも勉強するのもダルイし……。

 そんな人生を歩んできた男が唯一リオちゃんの為に出来る事は、彼女が仕事に行っている最中、彼女の家に近づく不審者を見張る事だと思った。

 リオちゃんと男の家は向かい合わせだ。だから男の部屋のベランダから、いつでもリオちゃんの家の玄関前を覘(のぞ)く事が出来る。

 高校を卒業してからの約二年間、リオちゃんの家の警備を欠かした日は無かった。

 こうやってリオちゃんの自宅警備を続けていれば、いつかリオちゃんも自分に気を許してくれるだろうと考えている。

 だから、不審者は誰一人見逃すワケにはいかない。

 さっきのスーツ姿の壮年男性は、見るからに怪しかった。

 もし奴が、最近リオちゃんの家の前をうろついている下着泥棒だとしたなら、奴を捕まえる事でリオちゃんに振り向いて貰えるかもしれない。

 そう考えると、あのスーツ男を逃がすワケにはいかない。手柄を立てる絶好のチャンスだ。


 既に視界からいなくなってしまったスーツ男を追う為、ニート風な男が脚を前方に運ぼうとしたその時————、

「ハゥアァ!!」

 ニート風な男がその目に焼き付けたのは————、

 リオちゃんのパンティだった。

 桃色のパンティが、柵に引っかかっている。

 リオちゃんのお母さんの物ではない。間違いなくリオちゃん本人のパンティだ。リオちゃんのお母さんは、もっと年相応な物を履く。

「リ、リオちゃんの……パンティィィ……」

 首を左右に振って人気を確かめる。

 スーツ姿の男はいなくなり、今ここには自分一人しかいない。

 ここでパンティに手をかけても、誰にも見られる事は無い。

 ジュルリッと、ベロで唇を舐める。

「リ、リオちゃんの……」

 次の瞬間素早い動作で、ニート風な男はリオちゃんのパンティを右腕で掴んだ!


 爆発。

パンティが、爆発した。


「ゴォワ!!」

爆発したパンティが、ニート風な男の体を粉微塵に吹き飛ばした。

体が吹き飛び、チリとなる間も、男には意識があった。

何が起こったか分からない。何故パンティに触れただけで爆発が起こったのだ?

 消えゆく意識の中、男が残した最後の一言は————、



(やったぁぁぁ、ラッキーィィィ!!)


 ————好きな女の子のパンティに触れて死ねる————。その極上の喜びの中、男は天に召された。


「クッソ……米良 義輝ぅ!」

 住宅地を抜け、路上に出た私の目の前にいるのは、右肩を裂傷したモヒカン頭の高校生、リョースケ。

 激闘の末、私はリョースケの右肩に爆撃を喰らわせる事に成功したのだ。

「ほぉ、私の名前を憶えてくれたのか。そう私の名は————」

「「米良 義輝」」

 私の声と、誰かの声が被った。

 聞き覚えのある声だ。馴染みのある声。どこで聞いた声かって?

 ……職場だ。

「米良 義輝、三十三歳独身。仕事は真面目で卒なくこなすが今一つ味気の無い男……」

 振り向くと、そこに立っていた男は————、

 スーツを着た壮年男性。歳は私と同じ。顔は、初見では誰もがすぐに忘れ去ってしまいそうな、「モブキャラ」を体現したような顔。

「どう……りょう……」

「やめとけやめとけ! お前は接近戦の突き合いが弱いんだ」


 まさか……初めから正体を見破られていたというのか⁉

 リョースケ達とのこれまでの戦い……全てこの同僚の掌(てのひら)の上で弄ばれていただけだというのか⁉ 

リョースケ達を率いて私を追跡していたチームのボスは、同僚だったというのか⁉

「アンタ……」

 予想だにしていなかった新手の登場に私が硬直している中、心強い味方の登場にリョースケが唇を震わせながら、一言漏らす。


「アンタ誰だ?」


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