俺は美少女助手の、傀儡探偵

@sinotarosu

第1話 令和大学 探偵サークルのホームズとワトソン

「私のバスパンが盗まれたの!」

 それがバスケサークル所属の依頼主が発した一言目だった。

  

 季節は冬。ここは令和大学「探偵サークル」の部室内。

 テーブルを挟み、椅子に座りながら依頼主の言葉に耳を傾ける、探偵と助手。

 部員は探偵役の俺、探口 推(さがぐち すい)と助手役の百山 零夢(ももやま れむ)の二名のみ。

 彼女は今、俺の横で依頼主と俺の会話を首肯しながら聞いている。

 零夢(れむ)は黒髪ロングで、雛祭りの人形のように可憐な美少女大学二年生。去年までこの大学の四年生だった俺の兄貴と共に、助手と探偵の関係でサークル活動を進めていた。兄貴が就職して部員が彼女一人になってしまうという理由で、一年生の俺は兄貴の命令により入学早々、無理矢理この部に入れられた。

 しかもいきなり探偵という職務に付けられた。普通、零夢(れむ)が探偵に格上げされて、俺が助手役に収まるものだろうに。先輩と後輩の関係的に。

 零夢(れむ)が言うに、「スイくんの推理力の凄まじさはお兄さん以上だと以前からお聞きしていました!」だとか。あの馬鹿兄貴何を彼女に吹き込んだのだろう?


「どうですか? 今回の依頼は?」

 依頼主が帰り、棒立ちの零夢(れむ)が椅子に座る俺に問う。

「んー、まぁ、普通だな」

 零夢(れむ)曰く、助手と探偵という関係である以上、タメ口で接して欲しいのだと。

「慣れていらっしゃる感じでしたよ。流石ご実家が探偵事務所なだけありますね!」

 そう、俺の実家は探偵事務所。子供の頃から俺と兄貴は、親父が依頼を解決する姿を見て育った。親父は将来、自分の稼業を俺達に継がせる気だ。ちなみに兄貴は親父の事務所に就職した。

「探偵、か」

「どうされました?」

「本物の探偵は浮気やらストーカーやら社会の闇の部分と接する仕事なんだよ。決して綺麗な仕事じゃない」

「流石、お詳しいですね」

「親父の背中を見て十九年間育ったからな」

 先輩である零夢(れむ)に対してタメ口を使うのが申し訳無く思う事がある。だが彼女の纏う「愛嬌オーラ」が、俺を無遠慮にさせる。失礼な物言いをすると、「助手の纏うオーラ」……というべきか。少なくとも、「探偵の威厳」を彼女から感じ取る事は出来ない。

 兄貴が一年生の時、このサークルを立ち上げた。兄貴なりの理由としては、将来的に探偵職につくのを見越してとの事。その兄貴が四年生になった時、入って来たのがこの零夢(れむ)。それまで兄貴一人だった部が、二人になった。

 彼女について、高三の時から兄貴に聞かされていた。おしとやかな女性だと。探偵という主役より、助手というサポーターとして、とても優秀な女性だと。  

 今だって、いつの間にか緑茶が俺の前に淹れられている。部室の掃除すら、気づいたらいつの間にか彼女が済ましてしまっていて、「手伝おうか」と声を掛ける暇すら与えてくれない。

 

 ……一応断っておくが、俺だってちゃんと彼女の役に立っている。この大学に入学してから約九か月、俺は探偵役として学内の事件をそれなりの数、解決に導いた。

 探偵役の俺、助手役の零夢(れむ)……互いに相互補完しあえている関係だ。

 

「これがバスケサークル部員七名の情報です」

 零夢(れむ)がクリアファイルを俺の前に置く。開くと、部員一人一人の顔写真と学年、学部、趣味等の情報が載っている。

 メンバーは「月牙(げつが)」「火室(ひむろ)」「水橋(みずはし)」「木絵(もくえ)」「金木(かねき)」、そして「土井(どい)」という双子。

 男子四人、女子三人。何の因果か全員、曜日の入った苗字だ。

 俺は咳払いをしてから、

「依頼主は土井(どい) 幸子(さちこ)、三年生。バスケサークルのキャプテン。身長は平均。性格は誰にでも優しく、時に厳しい――だが愛情の籠った厳しさ。頼りがいのあるキャプテンにして、サークルのマドンナ。

 事件概要は、『彼女がサークル活動後に体育館から更衣室に戻り、ロッカーを開けた所、バスパン……バスケ専用のズボンが盗まれていた』。ズボン泥棒が誰か、見つけ出す事が今回の依頼内容だ」

「ロッカーに鍵をかけていなかったのですか?」

「この大学の更衣室のロッカーに鍵は無い。正直、大学側の防犯意識に甘さを感じざるを得ないな」

「土井さんは部員の中に泥棒がいるとお考えなのですよね?」

「ああ。犯行当日は体育館にバスケサークルの部員のみしかいなかったらしいからな。そして活動時刻も九時~十二時の三時間……一限と二限のある時間だ。大体の学生は授業に出ていた筈の時間」

「土井さんの主張だと犯人は……」

「火室(ひむろ)という一年生の男子生徒。彼だけが唯一、三時間のサークル練習中にお手洗いを理由に体育館から姿を消した」

「犯行当日、部員は全員揃っていたのですか?」

「いいや、一人足りなかった。土井さんの双子の妹、土井(どい) 幸枝(さちえ)さんだ。明るい姉と違って、引っ込み思案な性格。……仮に『土井妹』と呼ぶ事にしよう。土井妹はその日、中国語の授業でサークル活動に参加していなかった」

「常識的に考えるならば、下着泥棒は男性である可能性が高いですよね。二人の女子が犯人である可能性は低い」

「うむ。それに零夢(れむ)、お前の調べでは……」

「はい。部員全員が土井さんに好意を抱いています」

 兄から聞いていたが……この百山 零夢(れむ)の調査力は半端じゃない。依頼主の人間関係を徹底的に調べ上げるのだ。

「このままだと、火室君が犯人扱いになってしまいますね。既に部員間で、彼は下着泥棒の烙印を押されてしまっています」

「濡れ衣であろうと、彼が本当に犯人であろうと、俺達が解決しなければサークルに亀裂が入ったままになってしまう。互いに互いが疑心暗鬼のまま日々を過ごす事になる。重要なのは、『解決に至る』事だ」

「犯人を見つけ出してしまえば、どのみちサークルに亀裂が入ってしまいませんか?」

「現状よりはマシだ。今、バスケサークルは『傷口に針が刺さったまま』の状態だ。針を抜いてやらなければ、回復にすら至らない。

『未解決に終わる事件は、生涯の心の傷となる。カサブタとなる事は永遠に無い』」

「そのお言葉……スイくんのお父様や、お兄様の教えですか?」

「俺の持論だよ」


 その後、俺達二人は部室を出て、更なる証拠集めの為に学内を駆け巡った。


 ☆

 三日後。

「犯人が見つかったって、本当?」

 土井姉が俺に問う。

 部員七名全員に体育館に集まって貰った。

「火室が犯人だろ?」「そーよ。他のメンバーにはアリバイがある」「こんなヤツ、警察に突き出しちまおうぜ」――他の部員が一様に火室君を犯人だと主張する。

「ぼ、ぼくじゃない!」

 そう叫ぶ火室君は……顔色が悪そうだ。

 彼は背が高く、目鼻立ちも整っている。しかしどこか頼りない顔つき。眼鏡をかけ、平均的な男子の髪の長さを越えて、長い。肌は白く、体の線は細い。筋肉の無いその体から、スポーツ系男子というより文系男子を彷彿とさせる。女子が守ってあげたくなる男子というのは、こういう男子の事を言うのだろうか?

「単刀直入に言います。犯人は――」

 人差し指と中指をピンと立て、「チョキ」を形成したまま、俺は右手を高く上げる。

 そして勢いよく――降ろす!


「アナタ『達』だ!」


 二本の指先が指すのは――、

 土井姉妹を除いた残る女子メンバー『金木(かねき)』さんと、

 土井、『姉』。

「はぁ?」「何でウチらぁ?」二人が同時に頓狂な声を上げる。

「待って、何で私?」

 依頼主が俺を詰問する。

 鼻息立てる彼女に向かって、「順を追って説明します」と宥める。

「事件当日、火室君が体育館から出たのは、十時半から十一時の三十分と言っていましたね?」

「そ、そうだけど?」

「その時間、彼が女子更衣室に入る事が出来た筈が無いんです。あの日、あの時間、女子更衣室は清掃員の方が掃除する為、入室禁止状態だったのですから。彼が体育館を出たのには、他の理由があった。お手洗いでも、衣服を盗む為でもなく、それは――」

 俺は、土井妹を指さし、

「アナタに逢う為に」

「……え? え? わ、わたし?」

 土井妹がアタフタする。その姿は、リスのような小動物を彷彿とさせる。

「正確には、アナタに成りすました土井姉に逢う為に」

 そう付け加える。

「あの日、アナタと依頼主である土井姉は、『入れ替わり』ましたね?」

「……え?」

「お姉さんがアナタの授業に出席し、姉の代わりにアナタがサークル活動に出た……という意味です」

「ど、どうしてそれを?」

 次の瞬間、「しまった!」と言わんばかりに、両手で自身の口を塞ぐ土井妹。嘘の付けない性格なようだ。

「中国語担当の教授に聞いたのです、あの日のアナタが、異様に中国語が堪能だった事を。その日行われた小テストの成績も、教室内に三十人いた学生の中でダントツの一位。普段のアナタは、下から数えた方が速い程の成績だというのに。反対に土井姉は、令和大学随一で中国語が上手い。聞けば、高校は中国の方の高校にいたとか」

「『聞けば』って……いったい誰から?」

『誰から』の答えは、『零夢(れむ)から』、だ。彼女の情報網がどうなっているのか、こっちが聞きたい。

「一限の時間は九時から十時半。サークルの活動時間は九時から十二時。土井妹に成りすまして中国語の授業に出た土井姉は一限が終わってすぐ、火室君と密会した」

「え……あの時ボクと逢っていたのは幸枝(さちえ)さんじゃなくて、幸子(さちこ)さんの方だったの?」と驚嘆する火室君。だがすぐに「しまった!」とでも言うかのように、両手で自身の口を塞ぐ。先程の土井妹と同じ反応。おおかた土井妹(のフリをした土井姉)に、「この事は二人だけの秘密だよ?」とかなんとか言われて、皆に黙っていたのだろう。

「妹のフリをして火室君の前に現れた土井姉。それは火室君を体育館外へおびき出す、土井姉と金木さんの作戦でした。火室君に下着泥棒の濡れ衣を着せる為の作戦」

「ウチら二人が何で火室君を下着泥棒に仕立て上げなきゃなんないのよ?」と金木さん。

「それは……アナタ達二人が、土井妹に好意を寄せているから、です」

 俺はふと思い出す。零夢(れむ)が三日前に言った言葉を。


《はい。部員全員が土井さんに好意を抱いています》


「そして土井妹さん。アナタは……火室君に好意を抱いていますね?」

「な…………な、な、な、なんでそんな事まで知ってるの?」

 土井妹の、顔を真っ赤にしながら叫ぶ声が、体育館中に木霊す。

「金木さんとお姉さんは、両想いであるアナタと火室君に結ばれて欲しくなかった。だから火室君を下着泥棒に仕立て上げる事で、幻滅させたかった。……俺の推理、当たっていますか?」

 土井姉と金木さんに答えを求める。

 暫くの沈黙を経てから、土井姉が口を開く。

「……イエスよ」





 ☆

「今回は、百合の事件だったという事でしょうか?」

 事件を解決し、部室でくたびれている俺に対し、零夢(れむ)が問う。

「百合の事件、か。女性同士の恋心が起こした事件……というよりは、魅力的過ぎる人間への想いが引き起こした事件、なのだろう。何せ、部員全員が一人の女性に好意を抱いていたのだから。恐るべきは、土井妹の魅力……」

「何にせよ、お見事な手腕でした! 改めてスイさんの事を見直しました!」

「……」


 天真爛漫な笑みを俺に向ける零夢(れむ)に対し、俺は思ってしまう。


 今回の事件「も」、お前が解決したようなものではないか?

 あれだけの情報を、いったいお前はどこから手に入れたんだ?

 お前は何故、俺の兄貴が作ったこの探偵サークルに入ったんだ?

 俺はお前に、傀儡(くぐつ)にされているような気がする。事件解決に至る為の傀儡(くぐつ)に。

 百山 零夢(ももやま れむ)よ……俺は、どんな事件の真相より、「お前の正体」の方が、気になる。



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