踊る桜

スヴェン

第1話

 庭の桜が満開。瑠璃は茫然と眺めていた。

 半分だけできている浄土式庭園である。瑠璃の父が中世武士特有の豪胆さを発揮して、つまり庭師と大喧嘩し、庭師は、けっあばよと叫んで出奔し、そのままになっている。

 極楽往生はこの家の者には難しい。

 桜は庭の造作をちっとも気にかけず、ピンク色にふくふくと咲いて、満足げだ。たまさかに二、三片の花びらが微風に誘われてほろほろと散る。

「ぼけっとしてると無駄に年を取って死ぬだけですよ、お嬢様。歌でも詠んだらいかがです。なんぼうかマシですよ。」

 はばからない足音を響かせて闖入してきた侍女がつけつけ言った。

 この、少女をほんのわずか脱却したばかりの侍女の名を蘭菊という。

 美貌といえば難しい、でももののわかる人が必ず熱気を孕む、癖のある魅力を湛えた不思議な雰囲気。

「染井吉野は、まだ出現していないこの今、桜はあったかい大気にのびのび咲きます。ばっと散ることもなく花の命も豊かに色づき、まあまあ長い。生かさないでどうします。」

 蘭菊は、またいつものようにわけのわからないことをとうとうと述べた。

 蘭菊は、瑠璃の父の拾いものだ。

 人売りに買われて暴虐に曝され、ゆくすえは遊女であればまだいいほう、という境遇だった彼女の才を、瑠璃の父である中納言は見抜いた。人商人の言い値に、手切れとしてさらに色をつけて買い取った。

 蘭菊は、誰も知らないことを見てきたようにまざまざと語る。それが近況であれば、必ず当たる。

「そりゃ、知ってますから。」

 蘭菊は、なぜ、と問われれば言葉少なくそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る