おばちゃんのシャボン玉

紫陽花の花びら

第1話

 私の五歳の娘が、大きな声で主人と歌っている。「シャボン玉の歌」だ。


シャボン飛んだ! 屋根まで飛んだぁ。屋根まで飛んで壊れて消えた。


 あぁ懐かしい歌。叔母が良く口ずさんでいた。小学一年生の私は、その歌が大好きで、何度も歌って、歌ってとせがんでいた。子供のいない叔母は、とても優しくて、私のリクエストに笑いながら答えてくれるのであった。


 ある日夏の昼下がり、私は午睡から目覚めると、叔母が縁側でひとりシャボン玉を吹いていた。

「綺麗だね。ほらほら、小さな小さなシャボン玉だよ。じゃあ、今度は大きいの作ろうね。上手く行くと良いね」

蝉がジジジ、ジジジと返事を為ているようだった。

 私はそっと隣に座った。

「あら、りっちゃん起きたの? シャボン玉吹く?」

そう言うと、シャボン玉の歌を歌いながら、おもちゃのバケツに作ったシャボン液をプラスチックの容器に少し移してくれた。

「ストローもここから選んでね。長さも色々あるから。さて、どんなシャボン玉がで来ますのやら。こう御期待!」

それから、二人で沢山のシャボン玉を飛ばしながら、色々とお話しもした。


「おばちゃんはね、夏が大好きなんだ。肩を竦めなくて良い季節だから。肩を竦めていると、何だか悲しくなるの。それにシャボン玉は、青空に向かってとんで行くのが似合っているもの。そう思わない?」

「じぁゃ、夏はシャボン玉で。冬は雪合戦だ! うふふ、いっぱいおばちゃんと一緒に遊べるね」

叔母はニコニコしながら頷き、私の話を聞いてくれている。

「おばちゃん! 見て見て! 大きい大きい!のが出来た!」

「本当! 中に虹が見えるよ。キラキラ為ているね! りっちゃん上手い!」

「へへぇ~ 飛んでいけ! 空まで飛んでいけ!……あぁ壊れたぁ」

「良~しおばちゃんも大きいの作るよ! 見ててね」


日が暮れるまで、二人は何度も大きいシャボン玉作った。慎重に慎重に。


 それから数年後、私は部活や友達と出かけるようになり、叔母とは少しづつ距離が出来てしまった。


 夏休み、たまに縁側から叔母の歌が聞こえてはいたけれど。


シャボン玉壊れて消えた。風、風吹くな、シャボン玉飛ばそう。


あの頃は気づかなかったが、叔母の歌声は少し寂しさを漂わせていた。


 それからまた数年経った、ある夏の終わり、叔母は病に倒れ、紅葉に彩られながら、川を渡って行った。

 私は叔母にシャボン玉を持たせてあげた。


 叔母の遺品を整理為ていたときだった。箪笥の引き出しの奥に、何冊かのノートがしまわれていた。

「おばちゃん、ごめんね。なか読むね」

私はそう言ってノートを開いた。

そこには、その時々思ったこと、感じたことが記されていた。


 例えば、

『何時まで、りっちゃんと遊べるのかな。少しでも長く傍にいて欲しいなあ』


『私は、二度流産を為た。主人とは

最早全くの他人になってしまった。

名前も決めていたと言われても。私に何が出来たのか。謝って事が済むのなら、一生謝りま続けるけれど、それでなにが変わるというのか。実家に戻り少しホットしたけれど、日が経つにつれ、何処にも居場所がないのだと痛感する。ひとりシャボン玉を吹いていたら、ふとあの子たちと三人の世界に這入り込んでいた。


誰もいない。三人だけで、静かに吹く孤島のシャボン玉は、見事に膨らみ、風に吹かれても壊れず、青空に向かって生き生きと飛んでいく。キャッキャと笑いあっている私達。どんなに幸せな時間だったか。現実にはあり得ないけれど』


 今なら私にも少しだけ判る気がする。その切なさが。その嬉しさが。


 おばちゃん、シャボン玉吹いてね。

シャボン玉いっぱい飛ばしてね。

ストロー三人分入れてあるからね。



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