第25話 【チームとしての本気度が試される】


 6月3日(土)大会のスケジュールが届いた。6月17日(土)開会式の直後、14時から韓国戦、18日(日)11時から台湾戦、19日(月)13時30分からフィリピン戦、20日(火)インド戦、最終日の21日(水)日本戦であった。

 日本で高校野球の顧問をしている時、対戦相手が決まると選手たちの目の色が変わって、闘争心をむき出しにしていく選手たちを頼もしく感じていた。しかし、タイナショナルチームの選手たちからは、そういうものが感じられなかった。国民性なのか、野球という経験値が少ないところに原因があるのか。

 真は韓国戦を想定すると、気持ちが一段と高まっていたが、練習中にもそんな気持ちが感じられないのでついに選手たちに大声で話をした。「この練習は誰のための練習なんだ!俺は肩が壊れていて、痛くても一生懸命投げているんだ!もう少し考えて練習しろ!」と、それぞれの自分の役割を、もっと真剣に考えて取り組むように強く促した。

 真1人が気を吐いているようで「笛吹けど踊らず」という状況が続いていった。朝は寝坊する選手が増えてきた。その分、朝ごはんの時間が遅くなる。練習はだらけている。こんな状況に真は、危機感といらだちが増して行くのであった。

 6月4日(日)、日本人チームとの練習試合の日だったが、朝からあいにくの雨であった。赤山さんと連絡を取って、このまま雨が降り続けば今日は中止にすることを確認していた。いいチャンスだと思って、緊急のミーティングを開くことにした。

 大会の日程も決まり、いよいよ練習にも力を入れていこうとしているのに、最近の集中力を欠いたチームの雰囲気に対して、嫌々やらされているとしか思えない、本気でやる気があるのかどうかを問い正した。選手たちは戸惑っているようだった。

 タイ語がうまく伝わらなかったと思っていると、ブルー監督が即座にフォローするように選手たちに檄を飛ばしてくれた。いつも冷静な彼が「スー!」というタイ語を連発していた。勝つという意味である。強気な気持ちをもってのぞまなければいけないことを再確認してくれた。選手たちはうなずいていたので、ひとまずこちらの気持ちが伝わったことで少し安堵できた。

 雨は降ったりやんだりだったが、グランドへ行くことにした。すると日本人選手の皆さんは全員がそろって、水抜きとグランド整備をしてくれていた。その意気に感じて練習試合を強行したが選手たちのやる気が半減していたために、その内容は惨憺たるものであった。

 試合後、これが大会前最後の機会になるので、日本人選手の方々から一言ずつ温かいメッセージ激励の言葉をいただいた。大学時代、ピッチャーで大手商社の責任者として赴任されている諏訪さん、タイ在住の赤山さんから心の温まる言葉をいただいた。

 日本人の方々の中は、タイの中学生世代の子どもたちが野球をやっていることに感動を覚えた人がほとんどだったが、アジア3強と真剣勝負を目前にした真にとってはあまりにも不甲斐なく納得できない内容だったので、練習を続行した。選手たちは帰るとばかり思っていたのか不満そうな顔をしていた。

 そんな雰囲気を感じとった真は練習前に選手たちの前に立ち、練習試合をふり返った。「最後の攻撃はよかったと思う。ウイッのライト前ヒットは気持ちで運んだヒットだった。最初から最後まで、一番声を出していたのはロットだが、他の者は全然声を出していなかったじゃないか。ピッチャーは1人で頑張っているのに、誰も声をかけない。

 つまりバラバラなんだ。1人1人がバラバラで、フィリピンにだって勝てない。なぜなら向こうはチームだからだ。しかしうちはチームとは言えない。チームで戦うのだからピッチャーを1人で投げさせてはいけない。18名全員で投げるのだ。もっといい声で盛り立てて褒めてあげるんだ。」と伝えた。

 そして2チームに分けて、紅白戦を行った。少しは気持ちが伝わったのだろう。選手たちは元気いっぱいにやったこと、懸案事項だった上位3チームに対しても勝負をするという選手たちの総意も確認できたため、3回で終了させて合宿所に戻ったのである。

 子どもたちと寝起きを共にしながら育成する。これこそ理想的な育成方法だ。1ヵ月以上、彼らと寝起きを共にしての合宿を通じて、選手1人1人の特性もわかってきた。練習の中でいろんなことを試してみると、隠れた才能を見いだすこともあった。

 足が速いヨーッ、守りは苦手で足は遅いが1発が期待できるローサン、それぞれに合ったアドバイスをしていった。バッティングピッチャーで投げさせてみると、ペーンがいい球を投げることがわかった。最終確認をするためにスパーンブリーの体育学校に練習試合を組んでもらい、投げさせてみることにした。

 結果的には、第1試合ペーンの先発は16対10で敗戦、第2試合はエースのジーの先発で9対9の同点であった。第1試合に負け、第2試合も9対1と負けていたが、5回にビッグイニングを作り同点に追いついた。

 この追い上げがなければ、内容の不十分さを引きずったまま大会に突入しなければならなかったと思う。冷静に思い返してみると、1ヵ月前に比べると明らかに成長をしてくれた選手たちの姿に、真は内心手ごたえを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る