今際からその先へ

「おーい!新也!買い物行ってこんかい!」


 そんな爺さんの声で今日も起きる。なんて事ない、いつものことだ。俺は自転車に跨り商店街へ向かう。


 今日もいつも通り、太陽はバカみたいにカンカン照りだ。そしてこれからもそれは変わらないだろう。俺がこの街にいるのと同じように。


「よう新也!今日も買い物か?」


 そう、いつも行く魚屋のおっちゃんに聞かれる。俺は少しの自虐を交えて答える。


「よく言えばそうですね。悪く言えばあんなのパシリですよ」


「ガッハッハッハッ!そりゃあ違いねぇ!で?今日は何買いに来たんだ?」


 そう言われて俺はメモを出掛ける用の小さなショルダーバッグに入れただけで、買い物カゴを忘れた事に気がついた。仕方ない、袋貰うしかないか。そう思いながら俺はバッグからメモを取り出す。


 すると、その拍子に何かが落ちた。


(イルカの人形・・・?)


 そんな物を入れた記憶は無い。俺は何となくその落ちた人形を手に取る。その瞬間激しい頭痛が俺を襲う。


「ぐっ!?いっっっ!?」


「だ、大丈夫か!新也!」


 何だ!何なんだ!?ただ痛いだけじゃ無い、別の何か、そう、大事な何かが頭の中でうごめいてる!けど、その何かはダムに堰き止められた水みたいにびた一文も出てこない。


「何だよ!何だってんだよ!」


 そして、俺が苦しむ中、ある言葉が俺の頭をよぎる。


「今際エヴァです、あなたは?」


 その瞬間、頭の中の何かがダムを壊して一斉に流れ込んできた。


「エヴァ・・・エヴァ!」


 そうだ、何で俺はこんな大事な人の事を忘れていたんだ!俺は急いで自転車に乗る。


「おい新也!大丈夫なのか!」


「大丈夫だよおっちゃん!それより俺、大事な用事思い出した!また!」


 そう言って俺は全速力で自転車を漕ぐ。


 そうだ!今際エヴァ!俺の大切な人!そして、命を賭して俺を愛してくれた人!


 俺は全力で自転車を漕ぎながら、あの時の言葉を思い出す。


『関わった人間の記憶を消して自分も消える、それがこの世界の決まり』


 そうエヴァは言っていた。その言葉はきっと本当だ。けど!俺は今、全てを思い出した!それならきっと・・・!


        ・・・・・・

 全力で自転車を走らせた俺は、あの海辺へと辿り着いた。普段は無人の穴場だけれど、今日はそうでは無かった。


 美しく、甘美で穏やかの歌声が岩場の方から聞こえる。


 俺はその声の元へ向かいながら考えていた。


 人生は、自分のいる環境を超えてどこまでも自由になれる。そして世界には、創作の中にあるような唯一無二の出会いや運命とか、そんなオカルトみたいなもので溢れてる、少なくとも今の俺にはそうとしか思えない。


 そして俺が歌の聞こえる岩場に着くと、そこにいた綺麗な茶髪の少女は俺の方を向くとその美しい声で言った。


「また会えましたね、新也さん」


 その声と姿に俺は涙を堪えながら言った。


「うん、おかえり。エヴァ」




     〜海辺の少女エヴァ〜


       



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海辺の少女エヴァ 神在月 @kamiarizuki10

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