大文字伝子が行く91

クライングフリーマン

大文字伝子が行く91

 午前10時。海部署。生活安全課。福本が松下に付き添ってやって来た。

 「あおり運転未遂?あおり運転で危害を加えられた訳ではないんですか。しかも、ドライバー本人ではない。話にならんなあ。あなたが『シンキチ』でもないんですよね。」

 そこへ、通りがかったのがあつこと久保田警部補だった。

 「福本さんじゃないの?」「ああ、警視。」「今、シンキチって聞こえたけど。」

 「はい。実は、仲間の松下の勤務先の会長さんが『シンキチ』で、社長さんが会長さんと間違えて狙われた可能性があるんです。」

 「分かったわ。あなた、事情を聞いておいて。私は署長に掛け合ってくるわ。」と、あつこは久保田警部補に言った。

 「分かった。」あつこが去ると、久保田警部補は生活安全課の巡査に「会議室、ちょっと借りるよ。」と言った。

 午前10時半。会議室。あつこがノックの後、入って来た。

 「署長に、この案件は預からせてくれって言ってきたわ。」

 「さっき、福本君が要領よくかいつまんでくれた通りだった。社長さんは、普段『旦那さん』と呼ばれていて、会長さんも『旦那さん』と呼ばれているらしい。それで、間違われて殺されかかったと、松下君は言っている。松下君、ドライブレコーダーはあるんだよね、クルマに。」「はい。」「会長さん、本当の『シンキチ』さんの お名前カードがいつ作れたか聞いておいてくれる?」「はい。あっちゃん、EITOの出番だな。ああ。会長さんは今、介護施設に入っておられるそうだ。」「了解。まこっちゃん、おねえさまに連絡するわ。」

 午前11時半。伝子のマンション。

 チャイムが鳴った。高遠が出ると、福本と松下が立っていた。

 「ホントに前と変わらないな。」と、入って来るなり、松下は言った。

 「大体のことはあつこから聞いている。EITOには直接行けないから、ウチでテレビ会議をする。学、用意してくれ。」

 高遠が、PCルームのEITO用のPCを起動させると、画面に理事官が映っている。

 「何度も話させて恐縮だが、事件の経緯を話してくれたまえ。ええと、松下君。福本君の友人だね。以前、事件解決に間接的に協力して貰った。改めて礼を言います。」

 画面の向こうの理事官が頭を下げたので、松下も頭を下げた。

 正午。

 「つまり、あおり運転なら、ドアや窓やフロントガラスを叩いて脅す筈が、同乗者に呼ばれてクルマに戻って発車したと言うんだね。同乗者があおり運転を咎めて、という風には見えなかったと。」理事官の言葉に、松下は頷いた。

 「実は、僕も社長のクルマに同乗していたんです。社長は、変なやつらだが、助かったって言ってました。でも、思いだしたんです。社長は、よく会長と間違われる、って。元々は矢追シンキチ酒店だったのが、婿入りした社長はシンキチじゃないから、社名変更して矢追酒店になったんです。でも、組合では『シンキチ』で通っているんです。屋号なんですよ。」

 「なるほど。シンキチの旦那か。誰でも間違うな。いつかの手を使うか。学。栞に連絡してくれ。私はくそババアに、母さんに頼む。それと、福本。」

 「身代わり作戦ですね、先輩。一応、叔父に連絡します。決行日はいつに?」

 「取り敢えず、明日だ。」

 翌日。午前9時。伝子のマンション。PCのある部屋。伝子が懸念していた通り、状況が動いた。使い魔から、テレビ1に予告のメールが届いたのだ。

 《やあ、待たせたね。準備に戸惑ってねえ。日本人はやたら細かいことに拘るからね え。でも、繰り上げてあげるよ。今日は『成人の日』という祝日だってねえ。何故か固定の祝日と、移動可能な祝日があるなんて、ねえ。日本人は勤勉だと聞いていたが、そうでもないのかな?シンキチが3人以上死ぬよ。明日午後3時に。ヒント?そうだなあ。新年だし、『お年玉』とかいうスペシャルプレゼントをあげよう。私は、悪口が嫌いだ。健闘を祈る。》

 「3人以上・・・矢追シンキチさんも入るのかな?」と高遠が言うと、「午後3時に、は3人以上とセットの言葉だよな。ヒントは『悪口が嫌い』。矢追シンキチさんは、悪口を言っているのか?です・パイロットや使い魔に。」と、伝子は言った。

 「詰まり?」「つまり、悪口を言っているのは3人だ。矢追さん以外にも悪口を言っていないシンキチさんもいるかも知れないが、悪口を言っているのは3人だ。それだけでは、絞れないかな?」

 「悪口を言ってはいないかも知れないが、矢追シンキチがお名前カードを作ったのは、流出事件より前だそうだ。社長が気を利かした積もりで、自分のカードと一緒に手続きしたらしい。委任状があれば作れるからね。」と、久保田管理官が言った。

 「うむ。悪口を言っているシンキチが3人で、矢追さんは4人目のシンキチということか?大文字君。」「いや、悪口を言っている人間が3人で、4人目のターゲットが、『シンキチ』である矢追さんです。」

 「ややこしいな。悪口を言っている人間って、一体誰の悪口を言っているんだ?那珂国か?です・パイロットか?使い魔か?EITOか?」

 「です・パイロットの悪口ですよ、勿論。草薙さん、そろそろ絞れた頃では?」と、伝子は画面越しに草薙を呼んだ。

 「何でも、お見通しですね、アンバサダー。悪口を言っている3人、です・パイロットのね。1人目は、ニュースキャスターの新井道満。ワイドショーが無くなったから、辛口コメンテーターも消えた。でも、世相を斬るキャスターとして、彼は人気です。2人目は、ミュージシャンの瀬田さん。3人目はNew tubeで有名な知念つばさ。3人とも、毎日、無差別に『シンキチ』さんんを狙う、です・パイロットの悪口を言っています。3人目の知念は、明日午後3時にNew tubeのライブ放送です。後の二人のスケジュールは分からないけど。」

 「至急、調べてくれ。」と、理事官は指示した。

 「矢追さんの件はどうするね?」と、理事官は伝子に尋ねた。「勿論、作戦実行します、明日。」「じゃ、悪口3人の班分けをしてくれ。」

画面が消えると、「学。福本に連絡してくれ。明日だ。」と伝子は言った。

 翌日。午後3時。矢追シンキチの入居している、しあわせ一杯の里。

 受付に、1組の男女が制服で現れた。介護用品設備の会社の制服だ。車椅子の点検だと申し出た。2人は、シンキチの部屋に上がった。シンキチは、車椅子に座って、窓に向かっていた。

 2人は、窓を開け、いきなりシンキチの車椅子を窓に向かって持ち上げた。「何をする?」2人は車椅子から窓の外へ、シンキチを放り出した。

 「きゃー!!」ドアから入って来た介護士二人が悲鳴を上げると、点検に来た筈の男女が逃げ出した。介護士は綾子と栞だった。

 同じく午後3時頃。半蔵門近くにある、スタジオでNew tubeのライブが始まった。

覆面をし、拳銃を持った2人の男が知念に近づいた。知念の頭に拳銃を突きつけた。  小さなスタジオのディレクターが、「すみません、悪質ないたずら、止めて貰えませんか。今、生本番なんです。全国のファンが観ているんです。お願いです。堪忍です。止めて下さい。」

 狭いスタジオのどこかからラジコン飛行機のようなものが飛んできた。ドローンだった。

 男達の拳銃が床に落ちるのと、ほぼ同時に、エマージェンシーガールズが現れた。

 同じく午後3時頃。テレビ1。新井道満がMCをするニュース番組「おやつ時ニュース」が始まった。そこへ、日本刀と銃を持った数人がなだれ込んだ。

 「テレビ局ジャックが始まりました。」新井は冷静にマイクに聞こえるように言った。

 すると、どこからともなく、ブーメランが飛んできて、男達の顔面を直撃した。金森の放ったブーメランだった。

 そして、同じく午後3時頃。渋谷区の、ある野外ホール。

 『成人の日じゃないけど成人式』が行われていた。

 MCは、依田と利根川だった。「本日は、ようこそお越し下さいました。司会を務めさせて頂く、私依田と。・・・。」

 「ご存じ、利根川でお送りします。そして、本日は、後ほど、スペシャルゲストとして、小渕剛さんをお呼び致しております。では、まず、主催の企画会社念通の宮部様より、本日の開催ご挨拶を頂きたいと思います。宮部様、どうぞ、こちらへ。」

 利根川の声かけで、宮部が登場し、依田がエスコートした。

 「えー。ご案内状で連絡させて頂いた、『成人の日』に成人として参加出来ない方に参加して頂くイベントでございます。皆様は、お仕事またはご家庭の都合で成人の日に止むなく参加出来なかった方と存じます。私事ですが、私の場合、役所の手違いで参加出来ませんでした。まだ、成人じゃありません。」

 会場に笑い声が起こった。

 そこへ、「ちょっと待ったー。」と機関銃を持った30人の男達が現れ、観客席の回りを取り囲んだ。

 「待つのは、そっちだ!」上手下手舞台袖から、エマージェンシーガールズが現れた。

 なぎさが言った後、依田がマイクで叫んだ。「みんな、逃げて!!」

 依田と利根川は、エマージェンシーガールズと入れ替わりに、舞台袖に避難した。

 男達の数人は、観客を追おうとしたが、出入り口からホバーバイクが現れ、男達にペッパーガンで撃った。ホバーバイクとは、民間の発明品をEITOが採用した、空中を移動できるバイクだ。男達はむせ返った為、身動き出来なくなった。

ペッパーガンとは、EITOが開発した武器で、こしょう等の主成分で出来ている弾を撃つ銃で、火薬は入っていない。ドライバーの青山警部補の希望でホバーバイクはペッパーガンを実装して、手元で撃てるようになった。

 午後4時。しあわせ一杯の里。

 普段、総理の警護をしているSPチームから派遣されたSP達が用意した、トランポリンから、偽の『シンキチ』こと福本日出夫が、もがきながら、やっとトランポリンから這い出てきた。

 「大丈夫ですか、福本さん。」と、綾子がやって来て、声をかけた。

 「ええ。大丈夫。」と福本日出夫が返事をすると、今度はSPの隊長に向かって 「どうも、ありがとうございました。」と綾子は頭を下げた。

 「いいえ、これくらい。」

 隊長が返事をすると、愛宕と橋爪警部補が現れた。

 「あっけなく捕まるとは、夢にも思わなかったでしょうな。」と、橋爪は笑った。

同じく午後4時。

 「ありがとうございました。アクシデントがありましたが、予め連絡を頂いていたので、ほぼ予定通り放送出来ました。」と、エマージェンシーガールズ姿の増田と、田坂に知念は頭を下げた。

 「ところで、あのドローンは?」金森が窓の外を指すと、手を振っている学生が二人いた。

 「餅は餅屋。チャンピオンです、ドローンの。」「成程。」

 同じく午後4時。テレビ1。

 新井が、エマージェンシーガールズ姿の金森と大町に礼を言っていた。

 「いや、助かりました。エマージェンシーガールズは柔道、剣道、合気道ですか。色んな特技を持った方がおられるんですね。」

 「まあ、お怪我をされた方がおられなくて良かったです。」と金森が言うと、「どうしてここが狙われると?」と新井が尋ねると、「さあ。ウチのエーアイに聞かないと、我々では分かりませんね。」「はあ・・・。」

 同じく午後4時。野外ホール。

 ホバーバイクとエマージェンシーガールズのチームワークで、武器を落とされた男達は、忽ち制覇され、駆けつけた久保田管理官率いる警官隊が逮捕連行した。

待避していた観客に、依田から連絡を受けた物部が「もう大丈夫です。戻っていいですよ。剛さんの歌を聴きましょう。」南原。物部、服部は誘導して、彼らを客席に戻した。

 舞台上で利根川が合図をして、上手舞台袖から小渕剛が登場し、歌を歌い始めた。

 舞台下手袖。歌に見入っていたが、いきなり警察官姿の結城に手錠をかけられた。

 伝子は、久保田管理官の合図で話し始めた。

 「念通の如月診吉さんですね。あなたが使い魔でしたか。まさか、50人の『シンキチ』の一人が使い魔だったなんて。病院での襲撃失敗は取り戻せませんでしたね。酒屋の旦那殺しも失敗しました。です・パイロットの悪口を言っている3人も襲撃失敗でした。この、『成人の日に出られない人の為の成人式』は、本当はあなたの企画だった。そうですね。宮部に確認しました。あなたは、宮部に復讐する為に、いくつもの計画を立てた。酒屋の旦那以外は殺す積もりはなかった。酒屋の旦那は、彼自身が死にたいと言っていたから、旧知のあなたは、他の事件に紛れ込ませた。事件が多いので、です・パイロットが手配してくれた事件以外は、あなた自身が用意するしかなかった。介護施設の男女も看護師もあなたの知り合いだった。あなたを加害者として見直さなければ、事件の深層まで辿り着けなかった。どこで、です・パイロットに出逢ったんですか。まあ、いいか。あなたは、最終的に自分も葬ろうとしていたのですね。」

 「あなたの楽屋から見つかりました。」と、あかりがハンカチに巻いた拳銃を診吉に見せた。

 「何もかもあなたのおっしゃる通りです。ところで、あなたは誰ですか?」と診吉は尋ねた。

 「平和への『案内人』です。内緒ですよ。」そう言って、伝子はウインクをした。伝子が診吉から離れるのを見て、久保田管理官と、結城、あかりが去って行った。

 待避していた、エマージェンシーガールズの、なぎさ達が着替えて舞台下手袖に現れた。

 「宮部のような奴は許せないけど・・・。」と言いかけたなぎさに、「許せないのは、です・パイロットさ。人の弱みにつけ込んで利用する。日本人だろうと、那珂国人であろうと。ゲームの駒でしかない。」と、伝子は応えた。

 「おねえさま。今日、泊まってもいい?」と、なぎさが甘えて言った。

 「前言撤回!一番悪いのはお前だ。夫婦仲を裂こうとするな。宿泊は当面禁止!!」

 伝子の剣幕に、皆は笑った。

―完―


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