異世界転生すべき40男でも絶対転生したくない件

星一悟

第1話

 鬼灯博ほおずきひろし

 40歳、ニート、男。

 これまで時間たっぷり生きてこれたので幸せで一杯だ。


 俺は前世では異世界の奴隷だった。

 首輪をつけられていたから、今でも本能的にマフラーを首に巻けない。

 戦争で負けて奴隷にされた俺の種族は、女は尊厳を捨てられ慰み者にされ、男は奴隷労役に喘ぐ道具になった。

 俺は前世でも男だった。

 山の採掘工事の途中で過労死した。


 その後、俺は転生の女神からふるいにかけられ、鬼灯ほおずき家の赤ん坊として生まれ、浪人経験ばかりが矢鱈と多い人生を送り、色々あって40年たった。

 30代まで過敏な神経に苦悩ばかりが先行し、医師からは常にうつ病と扱われた。

 40になってコロナを発症してから、いきなり病床で前世の全てを思い出したのだ。

 40は前世の俺が鞭打たれながら死んだ年齢だ。偶然とは思えなかった。


 そして、転生の女神の夢をみて、今は最悪の幻覚を見ることになる。



「なにブツブツ言ってるのかしら?」

 ピンクのふわふわしたツインテール頭の巫女妖精チカが呟く。

「頭がイカれてはないはずよ。まだ。」

 黒のオカッパ頭の巫女妖精アイが首を振った。

 引きこもった部屋の中で、体の小さなミカがふよふよ飛びながら俺に迫ってくる。

「じたばたしないで転生しなさいよ!あんたは胎内からやり直せ!社会のダニ!」

 チカが眉間に皺を寄せるも、子どもの顔では迫力もない。

「嫌だ。嫌だね。頑張って浪人して大学いって、頑張って浪人して資格試験落ちまくってる今でも、まだ俺は未練があるの。」

「未練なんてないでしょ。世の中で必要とされてないのだから、さっさと死んで転生なさい。」

「なんてこと言うんだ。それでも神様の使いか。メガテンのロウサイドは碌なこと言わねえ。」

「メガ?はぁ?」

「そりゃ、39までは死にたい死にたいの連続だったさ。中学からいじめも受けたし多浪したし〇〇大学医療系学部を卒業できたが国家試験受からなかったからツブシの効かない只の人で終わってるし。でも、」

 俺は下を向いた。

「前世思い出したんだ。生まれながらの奴隷だから両親とは死んでも会えず、肉体労働させられ、女も知らず死んでいった時を思い出せば、年老いた両親から愛されて働きもしないで親のスネをえぐりながら、女も知らず温々とこれまで生きてきた幸運を噛みしめるべきだ、てな。」

「やっぱり未来とか将来ないじゃない。このまま生きても良いことないよ。だからさ、」

チカはクイッと親指で外を指さした。



「ちょっと角のコンビニまで水買ってこいよ。」



「…今どき交通事故で転生とか痛すぎる嫌すぎるだろ。」

「じゃ、カッターで気合い入れて」

「自殺はしないよ。勘弁してよ。」

 俺がピンクの毛玉にツッコミを入れるとチカはケッという顔をした。

「そこらへんの雑霊より今の世界にしがみつく理由ないのに、何故生きるの?」

 市松人形のような髪型のアイが俺に物騒なことを尋ねてきた。

「お前たちの御主人の女神、俺に何といったと思う?『何者にもなれなかった貴方』だ。そう。俺はまだ何者にもなっていやしないんだ。何者かになってから死んでも遅くはないだろう。」

「私達が見えてる時点で貴方じゃ無理よ。ジタバタしないで転生して。」

「い、嫌だ。ジタバタするんだ。最後の最後まで!」


 カランビットナイフを手に襲いかかるアイから逃げ回りながら、子供部屋で俺は拳を挙げた。

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