第2話 駅前広場で
「行かないって言ってるでしょ。あんまりしつこいとそのにやけた唇、剥ぎ取って捨てるよ」
アイドルみたいな可憐な女の子の突然の豹変に、俺とA太は「ひっ」と声を上げて後ずさる。
「あたし、今ちょっと苛ついてんの。ほら、どっちが先でもいいよ。顔出しな」
女の子にそう凄まれて、俺たちは顔を見合わせてふるふると首を振る。
「す、すみませんでしたー!」
きれいにハモった叫び声とともに、俺たちは駅前広場から這う這うの
流れるようなコンビネーション。
相変わらず、俺とA太の連携は完璧だ。
この這う這うの体ってやつがまた難しいんだ。これぞ這う這うの体!って満足のいく這う這うの体ができるようになったのってつい最近の話だね。
逃げていく途中で、眼鏡をかけたクールなイケメンとすれ違う。
あ、こいつがこの物語のヒーローだな。
この線の細そうな彼が、あの凶暴な美少女とこれからどんなストーリーを展開するんだろ、なんてちらっと興味が湧いたが、俺たちにはもうそれ以上の出番は与えられていない。
彼らの視界から外れたところで、物語からフェイドアウトする。
「お疲れ」
「お疲れ」
どちらからともなくそう言い合って、時間を確認する。
これで二件完了。いいペースだ。
この時間帯にこなすのは残りあと一件だ。
最初の一件目は、彼氏と一緒に歩いている女の子をナンパするという、かなり無理のある展開だった。
仕方なく俺たちも少しヤカラ度合いを上げて対応した。
「うっわ、マジ可愛い! エロい! ゲーノージンみてえ!」
「ねえ、そんなダサい彼氏ほっといて俺たちと遊ぼうよ!」
そう叫びながらカップルの周りにまとわりつく。
白昼堂々駅前でこんな野蛮なナンパを敢行するモブが、その後も物語に留まれるわけはないので、俺たちは普段は大人しくて優しい彼氏の実は男らしい一面を彼女に披露する場面と引き替えに退散した。
そして二件目がさっきの凶暴お嬢さん。
さて、三件目はっと。
「あ、わりいB介」
スマホを確認したA太が言った。
「次、単独だ」
「単独?」
マジか。
ナンパ野郎はなぜかだいたい二人一組で行動しているので、そういった形での依頼が多いのだが、まれに一人とか五人グループとかそういう依頼もある。
単独ってことは、一人でナンパする仕事なのだ。
「俺、今日この後別のバイトがあるんだわ」
申し訳なさそうな顔をしたA太が、俺に片手で拝んでくる。
「B介、頼んでいいか?」
「ああ、いいよ。別に」
こういうことはお互い様だ。
「ちゃちゃっと振られてくるからよ。A太はあがっていいぜ」
「わりい。今度おごるわ」
そう言ってA太が去った後、俺はまた駅前広場に戻った。
もうここはさっきとは別の物語世界だ。
たまに服装指定が入ることもあるが、モブのナンパ野郎はだいたいヤカラっぽい服を着ておけば間違いない。
その証拠に、この三件とも同じ服装だが作者からの修正は入らなかった。地の文にナンパモブの服装を詳しく描写したところで読む人間もいないということだろう。
ナンパのターゲットはすぐに分かった。
大きなスーツケースを持って、一人で所在なさげに立っている女性。年齢は二十代前半くらいだろうか。
誰かと待ち合わせしているという感じではない。
物語のヒロインだけあって整った顔立ちだけど、どこかの田舎から出てきたばかり、という感じの垢抜けなさがある。
なるほど。これは、都会に出てきたらいきなり訳の分からないナンパ男に迫られて「ふええ」ってなってるところをヒーローに救われるというパターンと見た。
俺はよく物語の展開をそんな風に勝手に予想するが、実際に自分の出た物語の顛末を聞いたことは一度もない。会社からも教えてはもらえない。
モブに余計な知恵を付けさせてはいろいろと面倒なのだろう。
ただ、どの作者からもクレームを受けていないので、物語の歯車としてナンパ野郎の役割はきちんと果たせているのだろう、とそう思うだけだ。
さあ、それじゃあ今回も俺の役目を果たしましょうか。
俺は軽いにやけ顔を作ると、跳ねるような足取りで彼女に近付いた。
「こんにちはー」
語尾に音符マークがくっ付くくらいの軽さ。
これも日頃の訓練の成果だ。
「おっきい荷物持って大変だね。どこ行くの? 手伝ってあげよっかー?」
ここで彼女は「え?」と警戒心も露わに俺から離れようとするか睨みつけるかしてくる。俺はそれにも構わずさらにしつこくナンパを……
「いいんですか?」
え?
「よかったあ、親切な人がいて」
太陽のような笑顔。
「こんな大きな駅で降りたことないから、困ってたんです。出口がいっぱいあるんだもの」
待て。
待て待て待て。
ちょっと作者の人?
「あの、それじゃ私あそこの地図見てくるので、これ見ててもらっていいですか?」
彼女はそう言うが早いか、俺にスーツケースを預けて駅前の案内図に向かって走っていってしまった。
「え、あの」
ヒロインがモブに大事な荷物を預ける謎の展開。
なんだこれ。
手元には、あの子の水色のスーツケース。
まずいって。
こんなに主人公の子と絡んじゃやばいよ。
これ以上は、名前のある奴の仕事だって。
かといってスーツケースを放り出すわけにもいかない。
俺は呆然と彼女の背中を見送った。
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